複雑・ファジー小説

第5話 少女こそ ( No.6 )
日時: 2013/03/10 14:44
名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)

「はぁい、光兄(ヒカルにい)っ♪」
「——薫(カオル)ッ!?」
 壮絶で凄絶なプレッシャーの持ち主。……それは、俺と血を分けた実の妹だった。
 一瞬見間違いだと思った。髪の色も目の色も、彼女とは違ったから。——だがそれでも、彼女のその笑みと雰囲気は、紛うことなき俺の妹、天音 薫(アマネ・カオル)と全くもって同じだった。可愛らしさの中にどこか含みを持つ笑顔と、穏やかさと鋭利さを持ち合わせる裏表な雰囲気。それこそが俺の妹の最も際立った特徴であり、目の前で笑む少女はまさしくその通りのモノを纏っていたのだ。
 だがその中で、ひとつだけ違うものがある。——依然俺を真正面から貫く、異様な威圧感だ。
「何でお前が、ここに……!?」
「何でって、そりゃーあたしが創造神だからだよ。何もおかしいことはあるまい?」
 茶化すように言う彼女だが、生憎俺はそうすんなりとは理解できなかった。妹が、創造神。素直に受け止められるはずがなかった。
 いや、本当に受け止められないのはそのことではない。妹が、あの可愛い妹が、これほどまでに凄まじい存在感と威圧感をもっていることが、信じられなかった。
「ご苦労だったね、レオ。ショウはもうそろそろ着くそうだ。その間に、あたしのことだけでもレクチャーしておくとしようか……補足頼める?」
「ええ」
 レオが短く答えるのを受け、妹(そうぞうしん)は改めて、とこちらに向いた。

「あたしは天音 薫、またの名をエリシエ・ミストリエ——原始、この次元そのものを創り上げた、唯一百億を生きる創造神だ」

 ——創造神。世界の全てを創り賜うた、至高にして唯一かつ永久を生きる超越者。
 それこそが、俺の妹の真実だという。天音 薫と確かに紡いだその唇は、またそれと等しく別の名をも紡ぎだした。『エリシエ・ミストリエ』という、おそらくは創造神としての名を。
「彼女こそが、光たち人間、そして私たちのような死神をも作り出した神よ。人や死神が死に、次の生へと転生するには、彼女の力が不可欠なの」
「転生はあたしにしかできないことだからね。……そんなあたしは、それでも同時に、光兄の妹なんだ」
「どういう、ことだ……?」
 呆然と呟く。頭が上手く回らない。脳内に収められ引き出された記憶と、目の前で鎮座する現実が上手く噛みあわない。薫が創造神だというのならば、今まで俺が彼女と過ごした14年は一体何になる——?
 一種絶望にも似た思いが脳内を席巻しきる前に、彼女は口を開いた。
「なんつったらいいかな。あたしはね、肉体的には百億なんざ生きてはいないんだ」
「……?」
 肉体的には。その言葉に眉をひそめると同時、少しだけ俺の理性が戻る。
「一番大元の肉体のときに、次元を新しく創るなんて大仕事をしちったもんでね。その反動で不老不死の特性を失って、やむなく転生せざるを得なくなったのさ。当然元の肉体じゃないから寿命ってものがあるわけで。だからあたしは、んと、創造神の転生体ってとこなんだ」
「……でも創造神なんだろ」
「そうだよ。でも、光兄と過ごした時間は嘘じゃないんだ。元々この体は創造神として生まれついた、……だからエリシエと薫は、等式で結ばれるモノなんだよ」
 どう説明すればいいかと、不器用なりに言葉を選びながら俺に告げる彼女——それは確かに、今までの14年間見てきた妹の姿と、全て同じだった。
「わかった、わかったよ」
「それで……え?」
 尚も説明を続けようとしていた彼女を遮り、俺はいつも通り笑んで答える。ここまで言われて、納得しない兄などいるはずもない。
「お前は俺の妹だ。そうだろ? 薫」
「……——っ」
 次いで抱きついてきた妹を、いつものように受け止める。散々俺を苛んでいたあのプレッシャーは、いつの間にか跡形も無く消え去っていた。