複雑・ファジー小説
- 第6話 選択と血の匂い ( No.7 )
- 日時: 2013/03/20 16:22
- 名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)
「さて、それじゃー講義に移るとするかね」
改めて部屋に通された俺は、これまた白のふかふかの大きなソファーに座っていた。少し離れて目の前には薫——もといエリシエの姿。レオはソファーの肘掛の部分によっかかりこちらを見ている。
「ま、死神とはなんたるかを知らないで死神になっても邪魔になるだけだしね。というわけで、基礎知識講座といきますよー」
あっさりと平静を取り戻したエリシエは、「よろしいかい?」と笑んだ。「ウィッス」と答えると、一つ目、と人差し指を立てる。
「死神の仕事っていうのは、大きく分けて3つあるの。
その1、人間に仇なす魔物の討伐。その2、人間や死神の霊魂とその転生の管理。その3、人間界(ミズガルズ)の人間と、神界(アースガルド)の神々の調停。これら三つが、あたしたちの仕事なんだ。
つっても、二つ目や三つ目は死神の中でも非戦闘員が担当する部分だから大丈夫。ま、希望すればそっちへの配属もやぶさかではないけれど——14年間光兄と付き合ってきた身としては、一つ目に携わって欲しいかな」
一つ目。つまりは、魔物の討伐。聞くだけでも他二つと違い不穏な響きを持ったそれは、だがしかし"魔物"という言葉の不可解さには劣った。テレビの液晶の向こうや、紙に記された黒インク、もしくは色とりどりのコピックで描かれた中にしか存在し得ない言葉(そんざい)。俺の怪訝な視線からそれを読み取ったか、彼女は再び口を開いた。
「魔物っていうのはね、本能に基(もと)って人を喰らう理性無き怪物のことだよ。それらは何処からか現れ、屍肉を求めて墓場を彷徨ったり人を殺して回るんだ。それを倒して倒して倒すのが、あたしたちの役目」
そう告げた彼女の瞳は、プレッシャーこそ無いものの——先ほどの闘気を全て凝縮した、戦士の様相を表していた。それこそが魔物を狩る者の目だと、言わんばかりの強烈な視線。思わずたじろぐ俺に、彼女は次いで言った。
「どうする、光兄。あたしは光兄がどちらを選んでも、それを尊重するよ」
目を閉じた脳裏に閃くのは、三年前の忌むべき過去の所業。衝動と血に塗れたそれは、無かったことにするにはあまりにも大きすぎて。そしてこのまま何もせず抱え込むことも、俺には出来ないことで。今まで逃げてきたそれに、追われ壊れてしまいそうで。もし仮に、とてつもない力を持ったソレと戦い、死ぬことになったとしても——殺戮を模したようなその"魔物"という存在を滅ぼすことで、その罪を償うことができる気がした。
「——俺は、魔物を狩る者を選ぼう」
目を開いた時、だから頷いた。
それこそが、俺に出来る唯一のことだと思ったから。その決意を彼女は感じたらしく、にっと微笑んで頷いた。
「うん、歓迎するよ。もちろん右も左もわからないうちにやらせるようなことはしないし、ちゃんと鍛錬もつけるから安心して」
彼女は、俺がしたことを知らない。それでも、そういってくれるのが嬉しかった。
ばたん、と扉が閉まる音が再び響いた。そしてレオが呆れた表情で嘆息し、「遅いわよ」と声を上げる。ソファーの背後を振り返ると、そこには。……俺をここに送った、張本人がいた。
「っ……お前ッ!?」
「仕方ねぇだろ車修理に出してたんだから。……よぉボウズ、気分はどーだ?」
絶句する俺を見、男はニッと笑った。
