複雑・ファジー小説
- 第7話 彼こそが元凶 ( No.8 )
- 日時: 2013/07/23 14:50
- 名前: 聖木澄子 (ID: qlgcjWKG)
現れたのは、俺をここへと送った張本人だった。
絶句する俺にニッと皮肉げに笑むのは、先ほどとは違い白衣ではなく白と紫のロングコートを羽織ったあの男だった。レオが呆れたように溜め息をつき、エリシエが「やっと来たね」と笑う。
「櫻川 翔(サクラガワ・ショウ)——あれが、貴方を車で轢いて殺した挙句護送を私に押し付けた張本人よ。恨むならアレを恨みなさい、光」
レオはそういうが、正直コイツを恨むつもりは特に無かった。絶句とは素直な驚愕である、そこに怨恨の入る余地は無い。むしろ、贖罪の機を与えてくれたことを密かに感謝しているくらいだった。
「こうして無事にいるってこた、エルのプレッシャーも乗り越えたってことだよな。ってんなら大丈夫だろ、あれを凌げるなら、大抵の魔物とは向かい合える」
飄々と言う彼は、コツコツと革靴の音を鳴らしてソファーの傍へと近寄ってきた。そしてわしゃわしゃと俺の髪を乱暴にかき混ぜ、
「こっちでの名前はショウ・ローゼンアイゼル。一応聖五位、紫の死神だ。よろしく、天音 光」
「……え、何で俺の名前」
「あん? こちとら医者だぞ。自分の患者の名前くらい、覚えてるに決まってんだろ」
あっさりと言われた言葉に、再び絶句。コイツが医者。いやちょっと待て、その後なんつった? "患者の名前くらい覚えてる"?
「……櫻川医院のあの医者か……ッ!!」
「覚えてたか」
そう。櫻川 翔といえば、風邪をひいた時などによく家族ぐるみでお世話になっている大病院の院長だった。俺も勿論かかったことがある。内科から歯科産婦人科、果てには心療内科まで医療全分野を修めたという医療界の鬼才、という触れ込みだったか。ただ歴代の"天才"を見る限り一人の例外も無くそうだったように、性格はなかなかのルーズで適当で破天荒。それでもその医術の正確さは他に類を見ないほど——。
それが、この櫻川 翔という男の——表の顔だった。
「そーそ、あの国内有数の大病院の院長、それがコイツってわけ。いやぁたまげたねー、そんなエリート医者が下校途中のあたしの目の前で通り魔に刺されてさー、それで勿体ねぇってんでスカウトしちゃったんだよねー」
あっはっは、と笑う妹おいてめーツッコミ追いつかねぇんだけど。何故目の前で人が刺されてそんな平然としてられる、勿体無いってなんだ勿体無いって、そんなあっさりスカウトしていいのかよおい。
諸々のツッコミの処理と衝撃的事実のせいで緩やかに回転速度を落としていく俺の脳に追い討ちをかけるように、エリシエが更に告げる。
「んじゃ、ついでだ。ショウ、死神のランクと昇格試験についてティーチングしてやって頂戴」
「何で俺が」
「だってこの状況の原因作ったの君じゃん」
「……っ、」
さしものエリートも、目の前で通り魔事件が起きても動揺すらしない妹には逆らえないようだった。我が妹ながら末恐ろしい。仕方ねぇな、とぼやきながらも口を開く。
「死神のランクは、上から創造神、聖五位(せいごい)、上位、中位、下位と分かれる。ランクがあがる度に相手にする魔物のレベルも確実にあがっていくんだ。下位が一番下っ端、そこから中位上位とランクをあげ、その中でも指折りの五人——それぞれを紅(くれない)・蒼(あお)・紫(むらさき)・碧(みどり)・煌(こう)と呼ぶ——しかなれないのが聖五位、つまり俺やレオのいるランク。そしてトップの創造神だが、これはエルしかいない。これまでも、そしてこれからもな」
そういえば、レオの自己紹介のときも"聖五位死神"とか言っていたな。あの時は思考がフリーズしていたせいで特に気にも留めなかったが、ふむ、そういうことだったのか。ということはあれじゃね?
「俺、トップスリーに囲まれてるじゃねぇか……」
がくり、と頭を抱える。何だこのプレッシャー。尋問か。あはは、とエリシエが屈託無く笑う。
「正確にはトップスリーではないんだけどね。態度としては他のメンツに当たるときも適当(こんな)だから気にしなくていいよ。あとは昇格試験なんだけど……」
彼女がちら、と扉を見た瞬間、再びそれは開かれた。今度はおっさんではなく、ほんわかした雰囲気の女性と、理知的な表情の青年を部屋に迎え入れるために。
「そろそろだと思ってたよ。マリア、アイル」
もうそろそろ登場人物の多さに脳味噌が沸騰してもいい頃合いだと思った。