複雑・ファジー小説
- 第8話 殺伐さと温かみ ( No.9 )
- 日時: 2013/03/19 16:53
- 名前: 聖木澄子 (ID: b5YHse7e)
「ふわぁ、ただいま帰りましたぁ〜……」
「マリア様を、お連れいたしました」
気の抜ける声を漏らしたのが、毛先に黄色いメッシュの入った、緩くウェーブのかかる緑髪を背に流した大層な美人さん。そして扉を開け彼女を通したのが、電灯の光に照らされ眩く光る長い銀髪を毛先の辺りで緩くまとめた、歳も近めに見える理知的な表情の青年。言葉遣いからして、青年のほうがランク的に下らしい。
「おかえり。ああアイル、頼みがあるからちょっと残って。マリア、これがショウが殺し(つれ)てきた新人」
エリシエがけらけらと笑いつつぴ、とこちらを指差す。苦い顔をするショウそっちのけで、マリアと呼ばれた女性は俺に目を留めた。その薄緑色の視線が俺の視線と交錯する——真正面から見ると尚更整った顔立ちをしていて、思わずどきりとしてしまった。
「私はマリア・クライネージュ、聖五位死神の碧(みどり)よぉ。ショウとレオちゃんの同僚ってことになるわぁ。貴方はぁ〜?」
こてん、と可愛く首を傾げる。その美貌自体は妖艶そのものなのだが、いかんせんこういう所作が子供っぽいというか、ほんわかしていてどうもそういう気になれない。恐るべし。
「俺は天音 光、かお——いや、エリシエの兄だ」
「まぁ、エルのお兄さんなのぉ?」
驚いたようにそのタレ目を見開くマリアさん。次いで全く警戒の見られない笑みで、ぺこりと頭を下げて「いつもうちのエルがお世話になってますぅ」と仰った。いや、(おそらく)年上にそう畏まられても困るんだが。
「い、いや、こっちこそうちの妹がお世話に……エル?」
「あたしの愛称だよ。エリシエって呼びにくいじゃん、だから縮めてエル」
俺こそぺこぺこ頭を下げていると、ふと聞きなれない言葉が頭に引っかかった。ふむ、妹の愛称、か。俺もそう呼ぶことにしよう。そう決めたところで、青年とぼそぼそ会話を交わしていたエルが「ちょうどいい」と呟いた。
「マリアマリアー、ついでなんだけどさー、光兄に昇格試験について簡単に教えてやってくんない? あのお医者さんはこれ以上は嫌だそうだからさぁ」
「ショウったら、ちゃんとお仕事しないとダメでしょぉ〜?」
「これは仕事に入らねぇだろ」
「後進の育成とはいつの時代も先達の急務だよー」
「本当にこの医者はサボり魔なんだから……研究だけは一生懸命なのにね」
タレ目を一生懸命きっと吊り上げつんつんとショウの胸を突きつつ説教をするマリアさん、溜め息混じりに皮肉るレオ、けらけら笑いながらマセたことをのたまうエル、そして苦虫を噛み潰したような顔をしつつも果敢に言い訳を募らせるショウ。この四人の中には、どこか死神という殺伐とした雰囲気を持つ言葉には無い温かい関係が在った。どことなく疎外感を感じていたところ、マリアさんが気を取り直した風に口を開いた。
「じゃあ、私がショウに代わって昇格試験について説明するわぁ。
昇格試験っていうのは、死神としてのランクを上げる試験のことねぇ。これは三年に一度行われて、下位から中位からの昇格ではチーム戦になるわぁ。中位から上位は個人の技術を測るために一対一の戦闘になるんだけどぉ……まぁ、それは今じゃなくてもいいわよねぇ。同じ下位死神の人たち三人でチームを組んで、エルと戦うのよぉ」
「三対一か……なかなか分が悪い勝負なんだな」
「どっちが?」
きょと、という顔でレオが問う。その問いの真意がつかめず、当たり前だろという風に「エルが」と答えた。すると、青年との会話を終えたらしいエルは「あっはっは!」と笑い声を上げる。
「分が悪いのは死神のほうだよ。あのね、創造神ナメてるでしょ光兄」
青年が部屋の中へ一礼し扉を閉める。よほどおかしかったのか目尻に滲む涙を指でふき取りつつ、エルは私物らしい机に腰掛けながら口を開いた。そしてその口が、にぃっと吊りあがる。
「創造神はね。君たちの尺度では測れないくらい——強いんだよ?」