複雑・ファジー小説
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.12 )
- 日時: 2013/03/26 20:04
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: uh7M8TG/)
何分か、何十分か、何時間か。扉の前で蹲ったまま僕は少しも動かなかった。同じように顔の熱さも少しも変わらない。着ている服は、背中から出る汗のせいできっと素肌が見えているなぁ、なんて考えた。相変わらず隣の部屋からは五月蝿いくらいに声が聞こえてくる。
「男」の大きな声と、「女」の小さな声。誰よりも静かで丁寧で、柔らかい声は「椿木」のものだと直ぐ分かった。僕は立ち上がって、扉の鍵を開ける。シーツを被ったまま一階へ行き、リビングへ入った。「母親」に不思議な顔をされたが、気にせずにキッチンへ向かう。
冷蔵庫をあけ500mlのペットボトルジュースを取る。中に入っているのがスポーツドリンクだと確認して、キャップをはずし飲む。独特のにごった色をごくりと飲みこみ、口からペットボトルを放した。シーツで口元を拭き、リビングのソファにどっかりと座る。
「二階の子達、元気よね。お母さん凄いと思うわ。××も椿木ちゃんみたいに学校行ったりしたい?」
「母親」の冗談には何も返さずにソファの上に足を乗せ、縮こまる。シーツに体全部を包んだ僕は、傍目から見たら白い置物だろう。「母親」にシーツ越しに頭をぽんぽんとされ、内心でそんなに子どもじゃないと毒づいたが、静かに目を閉じて眠ってしまった。
「いーぶーきーくーん、みんな帰ったよー」
「椿木」のその言葉に、ばっと頭を上げる。ジンとした後頭部の痛みを感じ、シーツの中で後頭部を手で押さえた。シーツの間から「椿木」を見ると、顎を押さえて蹲っている。僕は痛みをこらえながら、「椿木」の頭を撫でた。ふわふわの茶髪が自分の手に触れているのは、とても不思議で少しだけ優越感に浸れる行為だった。
優しく撫でたり、わしわし激しく撫でたりすると、段々「椿木」の髪の毛がボサボサになっていくのが見れて少し嬉しい。「椿木」はされるがままに撫でられていて、時折小さなうめき声が聞こえた。だけど僕は止めないで、うなり声が聞こえるたびに優しく撫でるようにした。
「ちょっ、伊吹くん! 髪っ、髪ボサボサじゃない!?」
出そうで出ない言葉を飲み込んで、ボサボサになった「椿木」の髪の毛を整える。
言葉が伝えられなくて、ごめんね。
「椿木」の望んでいる答えをあげられなくて、ごめんね。
気を使わせたら、ごめんね。
そう、心の中で僕は謝る。どうやっても「ごめんね」がありがた迷惑に引っ付いてきて、どうしようもなかった。顔を見せないようにシーツで全部包まってから、「椿木」の頭をいじっていた手をしまう。
「……伊吹くん?」
心配そうに声を出す「椿木」に、「母親」が楽しそうにクスクスと笑った。その笑いの対象が僕だとは分かったけれど、何も言わなかった。言えなかった。悔しかったけど涙は出なくて、そのことも容易に想像ができているだろう「母親」は何も言わない。
何が原因なのかもきっと分かってる「母親」は、敢えて僕をほうっておく。僕が伝えるか、「椿木」が気付くかを少しだけ試しているようなその態度が好きじゃなかった。
「ね、伊吹くん。どうか……した?」
「椿木」への言葉は、全部「ごめんね」で埋め尽くされた。