複雑・ファジー小説

Re: 君を、撃ちます。  /保留解禁 ( No.24 )
日時: 2013/04/06 22:59
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: zNloJ7/F)
参照: スクロールが短くても、書いているのは1500字オーバーです。


 「母親」と「医者」「看護師」が部屋を出て行ってから、僕は一滴ずつポタポタと落ちる点滴を見つめていた。「椿木」はベッドのそばの椅子に腰掛け、僕の左手をぎゅっと握っている。何時も以上に冷え切った体は、「椿木」の温かさの侵食を拒んでいるみたいだ。
 普段なら「椿木」に少し触れられただけで、触れられた部分が熱くなる。けれど今は何もならないのが、不思議だった。それ以前に、どうしてこの時間に「椿木」が病院に来ているのかが分からない(時刻は午前十一時五分前後)。

「伊吹くん、死んじゃいたかったの……?」

 か細く震えた「椿木」の声。初めて聞いた弱弱しい声に連動するかのように、僕の左手を握る「椿木」の両手も細かく震えていた。俯いていて、表情までは分からないけれど、きっと泣きそうなんだろう。
 僕は握られたままの左手を、「椿木」の両手から遠ざけた。不自然なくらい大人しいまま、「椿木」は両手を自分の膝の上へと置く。小刻みに震えたままたまにぴくりと動く肩が、「椿木」が泣いていることを示していた。

「……伊吹くんが死んじゃったら、伊吹くんのお母さんも私も悲しむんだよ? 伊吹くんが居なくなったら、伊吹くんのお母さんは一人ぼっちなんだよ? 愛されてるんだから、伊吹くんは。だから、死んだらだめなんだよ?」

 今僕が言葉をしゃべることが出来たなら、きっと感情を抑えることが出来なかったと思う。“君に、一体何がわかるのか、僕に教えてくれないか”と、言いかねなかった。僕の闇の何をしって、気休めを言ってるのかが理解できない。
 僕は無表情のまま、左手を右上の針のところへと持ち上げた。腕が少しだるいのは、首を絞めたときに満足についてもない筋肉を無理やり使ったから。右腕に張られたテープをはずし、ゆっくりと針を抜く。気づかれないように、痛みに耐えながら。

 針を抜き終わると、刺さっていた場所から血の滴が顔を覗かせた。針からは体内に入るべき液体が、一定感覚で垂れている。僕は血にも、針からでる液体にも興味を示さず、人工呼吸器のゴム紐に手を掛け、はずした。

 決して新鮮とは言いがたい空気ではあったが、久しぶりに呼吸をしている感覚がする。無理やりに吸わされる空気ではなくて、生きるために必要だと感じて吸っている感覚。嬉しいような、悲しいような複雑な感情が僕の脳内を占領した。

 僕はゆっくりと上体を起こし、腰をひねり「椿木」を見る。僕より少しだけ小さな体が、何時も以上に小さくか弱く見えた。そっと僕は首を触る。きつくしめていた包帯は取り払われていて、肌が露出したままだった。
 残ったままの「誰か」の傷を気持ち悪がられても、別に構わないと思った。頭で色々思うことは置いておき、ふわりと「椿木」を僕は抱きしめる。言葉が出せない僕に出来る精一杯だった。

 驚いて顔をあげた「椿木」に、首のソレを見せないようにぎゅっと抱きしめる。“ありがとう”とも、“ごめんね”とも伝えられない代わりに、今までの感謝を込めてぎゅっとした。
 数秒しか経っていないはずだけれど、僕と「椿木」の周りだけは時間が延びている錯覚があった。数十秒、もしかしたら数分近く僕が「椿木」に抱きついていたかもしれない。けれど、今はもう、どうでもよかった。


 「椿木」から離れ、僕は申し訳なさそうに笑う。謝れない僕の精一杯だ。真っ直ぐに僕を見つめる「椿木」は、僕が支えられるほど小さな存在ではなくて。それでもまだ、僕は「椿木」を支えなくてはならないと心のどこかで思っていたみたいだった。
 突然のことで、何がなんだか分かっていない「椿木」の頭を優しく撫で、僕はまたベッドに横になる。布団は掛けないまま、ただじっと天井を見つめた。「母親」の声も遠すぎて聞こえないのか、もう病院に居ないのか分からないが、「母親」が迎えに来てくれることを只管願う。


 もう、あの日のデジャヴはいらないんだ。


 心の中で吐き出した声は、僕も気付かないうちに空中分解してしまった。