複雑・ファジー小説
- Re: 君を、撃ちます。 ( No.51 )
- 日時: 2014/01/26 03:24
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 0.f9MyDB)
春達が持ってきてくれた上着を羽織り、カバンを背負う。ずっしりと重たいカバンだけれど、本当はもっと軽いはず。私のノートの重さが変わっていないから、軽いはず。ちょっとした寂しさを胸に忍ばせて、保健室を後にした。先生の机においてあった小さなメモ帳に、帰ることを伝えて。
下校時間を少し過ぎた校内は、昼間とはびっくりするくらい温度差があった。足の神経を這って、ひっそりと背筋をなぞる冷気に思わず身震いをした。それは春達も同じみたいで、同じタイミングで震えた私達は、目を合わせて笑いあう。小学校から変わらない四人だから、色々なタイミングも自然と合ってしまう。
「寒いねー」
「だなー、すっげーさみー」
「今日、僕の家誰もいないんだけど、週末だし泊まりに来る?」
「おー、行く行く!」
「行くー!! 椿、椿もいこーよっ!」
「えっ、あっ、迷惑じゃない? 大丈夫?」
「椿がそんなこと、心配しなくたって大丈夫だよ」
「春ん家、誰もいねーらしいから平気だって!」
「そーだよっ、ね、椿いこー?」
「それじゃ、行こう……かな?」
「何だよその疑問系ー! たまには四人ではっちゃけよーぜ?」
「真浩の案にさーんせーい! 春の家に、えーっと六時に集合しよ!」
「六時だね。晩御飯準備しておくから」
「それじゃ、一回解散だなっ」
「だねー。またあとでねー!」
「ばいばい」
四人が三人になって、三人が二人になった。学校近くの十字路が、私達四人をいつも三つに分ける。真浩と私は、同じマンションだったから途中からは二人きりだ。何時もは他愛も無い話をして、笑いあっている。
「なー椿」
ちょっとした気まずい沈黙の中で、真浩が口を開く。堅苦しい制服を、今時の都会の子みたく着崩しながら。学校の規律は厳しくて、毎朝生徒会の先輩が服装点検を行っている。
「どーしたの?」
真浩は少しだけ、口をつぐんだ。何かを躊躇しているみたいで、大きく深呼吸をして私の顔をじっと見る。私も真浩のことを見ていたから、自然と目が合う。私と真浩の絡む視線が、なんとも言えない独特の雰囲気を作り出していた。
「俺さ、椿のこと大事におもってるから!」
葡萄色の空に、ぼんやりと真浩の赤い頬が映える。私の思考がちゃんと回るのに、きっと数分は掛かった。
「美優も、春も、椿に元気がないと絶対嫌だから! だから……俺達には、何の遠慮もすんなよな。三人で、何があってもお前のこと助けてやっからよ!」
ほら行くぞ! と声を大きくした真浩に、また昔見たく「うん」と返事をする。真浩から差し出された手は、小さい頃と変わらない、暖かい手だった。気付いたときには、私より大きくなってた真浩の身長。
また他愛も無い話をして、マンションに戻る。私の家に、真浩を入れた。この家に一人でいるのには少し慣れたけれど、一人だとリビングには近寄れない。
物置になったままの部屋から、少し大きめのカバンを準備する。服や勉強道具を詰め込んで、制服から着替えた。太ももが半分も隠れないショートパンツに、オーバーニー。上は長袖の上に、パーカーを羽織った。
カバンを背負い、リビングで待っている真浩のもとへと行く。
「お待たせっ。真浩の家も、行かなくちゃだよね?」
携帯を見ながら、少ししかめっ面をしていた真浩だけど、私の声を聞くと顔を上げた。「おうっ」と笑顔を見せて、真浩は立ち上がる。学年一モテる男子の笑顔は、幼い頃から変わらず爽やか。
その笑顔の下に何が隠れているのかは、何度聞いても教えてくれない。私達は私の家を出て、四階の真浩の家に行った。玄関を開けると、昔と一つも変わらない甘いバニラの香りが、鼻腔を擽る。
明るい薄いオレンジ色の電灯が、薄茶色の床を照らしていた。
「ちょっと待ってて。直ぐ用意するからさ」
そういって奥に入っていく真浩を見送って、私は物思いにふける。これからの学校のことや、美優や春とのこと。それから、真浩のことも。大好きな、大切な親友だけれど、いつか離れなくちゃいけない日がくる。
それは偶然じゃなくて、必然のことで。美優はきっと美容系の学校。春は機械工学系で、真浩はスポーツ学科。それぞれの将来のために、そろそろ高校も決めつつあるんだろう。私自身が何をしたいのかは、さっぱり分からない。進級できるかどうかも、分からないまま。
「椿、準備完了したぞっ! 今五時半だったから、多分春ん家行ったら丁度良いくらいだな」
そう言って笑顔を見せる真浩に、私は少しぎこちない笑顔を見せた。