複雑・ファジー小説

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.1 )
日時: 2013/04/05 11:49
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: RnkmdEze)
参照: 嗚呼、来ないでおくれ。


【第一幕:黄印を追うモノ】

1-1

 弟が死んだ。
 それだけでも私にとっては大変な事だが、死に際に弟が寄越した言葉は、更に私を困惑させた。

「兄さん、僕はもうすぐ死ぬが、僕が死んでも書斎の本棚には触っちゃ駄目だ。」

 医者に聞かされた弟の死亡推定時刻とほとんど重なる時刻に録音された私の家の留守番電話のメッセージは、無機質な、だが決して死に際の人間の声ではない声で繰り返し私に申し立てた。 何処か無機質な中に恍惚と酔いしれる風がなくもない。
 少なくとも私は困っていた。 仕事から帰ってそのメッセージを聞いてから直ぐに弟の家に電話を掛けたが音信は不通。
 警察へメッセージのことを話すと、弟の家からは二つの死体が見付かった。 弟と、その辺りを回るゴミの回収社の制服を着た男。
 なぜ弟の家にそんな男が居たのかは不明だが、更に不可解なのは弟を発見したと言う警察官の呟きだった。

「あの男の腐乱具合、少なくとも二か月は経ってるな。」

 彼の呟きを信じるならば、二か月前に死んでいるのは制服の男で(弟は電話を掛けてきたわけなので)、そんな腐乱死体と二か月も弟は一緒に住んでいたのか。 それは大層不可解なことだが、弟の不可解な遺言も可笑しな話だった。
 理由は何であれ自分が死ぬと気付いて、蔵書に触れないでくれと言う。
 それは考えれば考えるほどに不可解な話だった。

*  *  *  *

 ふたつ隣の街、弟の住んでいた街まで弟の遺体を引き取りに来た私は、またひとつ不可解な事実を知った。
 弟の死を調査していると言う刑事が言うには、弟の死因はショック死らしい。
病死や外傷ではない。 弟が自分の死を予見するのは、ましてや死の直前にその旨を私に伝えるのは到底不可能な話だったと。
 私は聴かれるまま弟について彼に話をしたが、弟は病気らしい病気もしていなければ、アレルギーや持病も持っていなかった。 それはきっとカルテを見てもわかるだろう。
 こうして、弟の死にはいくつかの大きな謎が孕まれていることがわかった。
 そして、共に安置所に向かって歩きながら、刑事が死亡時の弟の所持品は警察が保管してる旨を伝えた。 同時に、司法解剖も終えている事を。
 弟の死の解明必要ならば、私はそれで構わなかった。今は弟の死だけで頭が破裂しそうだ。
 そんな私に、刑事はポケットから何かを取り出して差し出しす。

「データのコピーだけさせてもらった。 葬儀をするならこれが必要だろう。」

 そう言った刑事の手に握られていたのは見覚えのある弟の携帯電話だった。 何年か前に会った時に「新型だ」とやたらに自慢していた黄色い携帯電話。 所々塗装が剥げてはいるが、確かに私はその携帯電話に見覚えがあった。
 刑事の言葉で、私は弟の友人や同僚にも彼の死を伝えねばならない事に思い至った。 刑事の配慮に感謝しながら受けとると、彼は礼の言葉も待たずに道を変える。
目深にかぶっていた帽子の鍔に僅かに手をやったのは別れの挨拶だろうか。
 少なくとも私はこれが彼なりの気遣いだと解釈したし、私は彼に終始不快な印象を受けなかった。 近年稀に見る、不思議な紳士だった。
 そのまま足を進め、遺体安置所に辿り着いた私を、まだ若い眼鏡の女性が迎えた。
 恐らく安置所に勤めているのであろう彼女は、何処か朧気な、寒々とした空気を纏っていた。 そんな彼女の小さな「ご愁傷さまです。」と言う言葉を僅かに脳裏に留めて、私は必要な記帳を済ませる。
 安置所の中は彼女の雰囲気に極親い物があった。
恐れや哀しみを逸脱した虚無感、寒々とした、"何もない"感覚。 人間の含む温かみから切り離された、寂しげな空気。
 そんな場所で、私は彼女の案内を頼りに、弟と約一年ぶりの再開を果たした。
 人一人が余裕をもって入れる、横に長い冷蔵庫。 担架にのせられた弟。

「きっと、とても恐ろしい思いをしたのね。」

 隣で一緒に弟の死相を眺めた彼女がそんなことを呟いた。 確かに彼女の言う通り、弟表情は恐怖に目を見開いている。
 見てはいけないもの、触れてはいけない片鱗に触れてしまった様な恐怖の形相。
 ……だが、私はその中に確かな恍惚を感じ取った。
常人は目にしてはいけない、背徳的な世界へ足を踏み入れてしまった人間特有の、歪んだ満足感の様なものを。
 いったい弟が何を見たのか、私はとても、不謹慎ではあるがとても興味が湧いた。
 しかしそんな私の思考を、彼女の小さな咳払いが遮る。 彼女の視線を追うと、私が呼んだ葬儀屋が居た。
 軽く会釈をして、部屋をあとにする彼女。 追うように部屋を出て、また彼女の案内で別室へ移る。
 その間も葬儀屋は口早に挨拶や葬儀プラン等を話していたが、私の目は葬儀屋も、彼女も捉えて居なかった。
 前から歩いてくる黄色い制服の男。
弟の部屋で死んでいた、ゴミ収集の制服を着た男。 その男に、私は視線を奪われていた。
 妙に弛んだ顔や手の皮膚は血色が悪く、溺死体を思わせ、目の回りは落ち窪んでいるのに、死体の様な眼球だけは妙に飛び出して見える。 首は皮膚が弛んでまるでエラのようだ。
そしてゴミ袋を握る指はブヨブヨとしていて、巨大な蛆虫に似ていた。
 余りにも強烈な嫌悪感を覚えて、私はあからさまに顔をしかめてしまう。 しかし制服の男は気にする風もなく通りすぎて往った。
ただ、すれ違い様に醜悪で恐ろしいその顔をニヤリと歪めて。
 それは私の位置からは見えなかった仕草のはずなのに、なぜか私は明確にその醜悪な笑みを見た気がした。
 ゾクリ、と背骨が怖じ気づく様な感覚に身震いした私に、隣の葬儀屋が怪訝な視線を向ける。 きっと彼はあの男の下卑た笑みを見なかったのだろう。
 いや、私だって見ていないはずだ。 見える位置ではなかったはずだ。
 別室に移り葬儀屋と葬儀の打合せをする最中私の脳内のほとんどの領域をあの男の下卑た笑みが占領した。
 死んだ魚を思わせる、飛び出し、濁りきった瞳。 口元が笑みを結んだ僅か数瞬だけ、それがギラリと輝いた様子。
 葬儀屋の言葉など、ほとんど私の耳には入っていなかった。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.2 )
日時: 2013/04/06 21:00
名前: 日向 ◆Xzsivf2Miw (ID: 13edWJH2)

初めまして、日向と申します。
せめて一幕終わるまでは我慢しようと思いましたが。
鎮魂歌の方も実はチラチラ覗いてたりしている奴です。
腐乱死体が出てきたところで日向のキャパシティが爆発しました。
グロ耐性無いくせに見たがるのは自分の悪い癖ですね。
背後から何か見られてる気がするのは気のせいだと自分に言い聞かせてます、必死に。
霊安所の雰囲気描写でもうお腹が痛くなりました。

指摘、添削の必要は現段階では無いと思われましたので余計な口出しはせずに帰ろうと思います(何、この上から目線
純ホラーは無いジャンルでした。また来たいです。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.3 )
日時: 2013/04/08 05:51
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: xV3zxjLd)
参照: 嗚呼、来ないでおくれ。


日向様 >>2

おおっと、いきなりのコメントに驚いてコーヒーを零したたろす@です((
はじめまして☆ 柚子くんのスレッドとかですれ違って居る気がしますが、はじめまして((
鎮魂歌の方も覗いて頂いてるなんて……嬉しい限りです。

さあ、どうでしょう?
見られているかも知れませんし、すれ違ってしまうかもしれません。黄色い制服と((
ホラーは好きなのですが書いた事は無かったので、怖いと思って頂けたならとても嬉しいです。
あ、今後ろに(黙

まだまだ至らない所が多いので、添削、指摘箇所あったらバンバン教えてくださいまし。
コメント、ありがとうございました。
またお越しいただけるよう、精進します!

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.4 )
日時: 2013/04/08 05:54
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 9AGFDH0G)
参照: 嗚呼、来ないでおくれ。


  1-2:

*  *  *  *

 数日後に行われた弟の葬儀は、何とも言い難い異様な空気の中で行われた。
 恐怖と憧憬、正反対の様でとても似通った視線に見送られる弟を、私は穏やかならぬ心境で見守る。
 弟の携帯からよくかけている番号へ電話を掛け、弟の訃報を伝えると、そのほとんどすべての人間が言わずして「やはりな。」と言う態度をとった。
 電話を掛けた内の殆どは友人で、職場の同僚は僅かに一人だけ。 聞けば弟は一ヶ月ほど前に突然仕事をやめてしまったらしい。 会社の人間は一人として葬儀に来ていない。
 しかしまた、弟の死が不可解なら葬儀も不可解、言ってしまえば電話の履歴も不可解だった。
 弟は専ら掛けるばかりで、受信履歴は非通知ばかり。 私が留守番電話の録音を聞いてから掛けた記録以外は殆ど非通知からの着信で埋め尽くされていた。
 これでは隣で刑事が浮かない顔をしているのも頷ける。
 彼は弟の死を調査する過程で、私が天涯孤独の身になってしまったことを知り、わざわざ足を運んでくれたのだ。
 彼の存在が、今はとても心強かった。 もしも私一人きりだったなら、きっとこ弟の友人達の放つ異様な空気に圧倒され、生きた心地がしなかったことだろう。
 段々と葬儀も終わりを迎え、花を手向け、柩に土がかけられる。 そんな時、私は向かいに立つ男と目があった。
 その男は、小柄だがふくよかで病的に蒼白い肌をしていた。 だが重要なのはそこではない。 その男の顔は安置所で私に笑って見せた、あの醜悪なゴミ収集の男の顔だった。
 驚愕の余り目を瞬くと、すでにその男は見当たらない。 私は恐ろしくなって周囲を見渡した。
 しかし、誰もその男が存在していたことにさえ気づいていない様子だった。 突然挙動不審になった私を刑事が訝しむ。

「どうした? なにか弟さんの死で思い出した事でもあるのか?」

 刑事の声に我に帰った私は、無言で首を振った。 妙に冷たい汗が背中をゆっくりと、粘度さえ含んでいそうに緩慢に流れ落ちるのを感じながら。
 私はその夜から、不快極まりない悪夢を見るようになってしまった。


*  *  *  *


 その夢は必ずそこから始まった。
 寝室で床につく私は、ソレが腹の上に乗る衝撃で目を醒ます。 それは夢の中での話だ。 現実での私はベッドの上で魘されていることだろう。
 一切の加減なく私の腹の上へ全体重を預けるソレは、酷く恐ろしい風体をしている。
 真っ黒な全身はまるで風化したゴムのような質感で、酷く摩擦するのに、触れればボロボロと崩れ落ちそうな程乾燥している。 とても粉っぽい。
 背中には壊死した様に傷付いた蝙蝠に似た羽が有るが、四肢は人間のそれだ。 尻にはそれだけが独立した意思を持つかのように暴れまわる細い尾があるが、その化け物の中で最も恐ろしいのはそれらではない。
 その黒い化け物の頭部には顔がなかった。 それはとても恐ろしい事だ。
今までに話に聞いたどの様な怪物より、教えの中に出てくる残虐非道な悪魔よりも遥かに排他的だ。
顔は人が他人を識別する目印であり、表情から感情を察する通訳あり、人が自分を提示する個性だ。 それが黒々と塗りつぶされて、存在しない。 とても恐ろしい化け物だ。
 そいつの粉っぽい手がそっと伸びると、その先に付いた鉤爪が私の頬に触れる。
 そしてそいつが私の首を両手で押さえつけると、決まって足音が聞こえてくるのだ。 ゴム靴を引き摺る様な緩慢でだらしのない、それが一層不快で恐ろしい足音が。
 足音の主が私の寝室の前、ドアの前で止まる。 もうわかっているのだ、私が奴の正体を、その醜い顔を知っているのを。
 それを知りながら、奴はドアの前でガサガサと耳障りな音を立てて恐怖を煽る。
 そのうち、ドアが開いた。 嗚呼、奴だ、奴が入ってくる。
 黄色い制服を着て、ブヨブヨとした手に巨大なゴミ袋を握った、安置所ですれ違ったあの男が、弛んだ蒼白い顔に醜悪な笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
 腐りきった様な飛び出た目が私を凝視し、今にももげそうな弛んだ唇が窮屈そうに口角を吊り上げる。
 そして奴はいつもそうするようにゴミ袋をの中身を引っくり返す。 出てくるのはいつもあの刑事の残骸だ。 無惨に引き千切られ、血は流れきり、バラバラに解体された刑事の屍だ。
 その凄絶なまでの攻め苦を与えられた四肢とは対照的な生々しい頭部が、魂を抜かれた様な虚ろな断末魔を留めた顔が、まるで意思を持つかのように私の顔を眺める。
 あまりの恐怖に息を呑み、視界の飛びそうな私を見て、黄色い制服の悪魔は満足そうに一歩私に歩み寄った。
 そして、いつもそうする様に私に何かを問いかける。

「黄の……を……たか?」

 恐怖に半ば意識を失っている様な私に声は聴こえない。
 白む視界が捉える男の醜悪な唇は、その問いかけの僅かな断片だけを私に伝えた。
 知る必要のない、絶望的な恐怖と共に。
 夢は必ずそこで終わった。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.5 )
日時: 2013/04/27 13:33
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: CymMgkXO)
参照: 僅かな疑問と、消えぬ痣ばかりが残るのは、夢の終りが唐突だから。


  1-3

*  *  *  *

 ——夢から醒めて私は自分の首を擦る。
 そこにはありありと手の形に痣が残っていた。 あの化け物に締め付けられた痕が。
 ホテルの寝室はいつの間にか汗をかくほどに暑くなっていた。 カーテンの隙間から差す陽射しが、室温を上げると同時にほんの束の間、私の心を和らげる。
 貪欲に深呼吸をして、私は緩慢な動作で上体を起こすと、そのまま靴を脱いで私は洗面所向かう。
 ぺたりと汗ばんだ足が床に触れると、ひんやりとした心地よさが全身を駆け巡る。 その感触が束の間だけ私の心を包み込むと、すぐに体は叫び声を上げた。
 私は駆ける事も忘れてその場で盛大に嘔吐する。 あの制服を着た悪魔の薄ら寒い醜悪な笑み、それが脳内で再現されるだけで、私は胃の中の物体を全て絞り出し、震えながら這いず事しか出来なくなった。 ルームサービスを頼まなければ、等と考える余裕さえない。 私は兎に角必死で洗面所へ這った。
 脱衣場を越えて浴室へ服も脱がずに転がり込み、私は目一杯シャワーの蛇口捻る。
 このまま永い、永い眠りについてしまえば、あの男の恐怖から逃れられる。 嗚呼、このまま溺れ死んでしまいたい。
 そんなことをぼんやりと考えた私を、電話の音が遮った。 けたたましく鳴り響いたのは、ポケットに入れっぱなしになっていた携帯電話だ。
 濡らさない様に着信を受けると、刑事の怪訝な声が聞こえた。

「シャワー中に電話か?」

 確かにそれは可笑しな事だった。 それにさえ気付かないほどに私は消耗しているらしい。 これはまずいと思い、私が悪夢の事を話すと、彼は呆れとも失笑ともつかないモノを溢してから、急に真面目な声になった。

「きっとまだ弟さんの死に動揺してるんだろう。 彼の部屋を見てみたらどうだ? あそこの検証は終わった、案内するよ。」

 そんな刑事の言葉に、私は急激に現実へ引き戻された。
 正直、弟の葬儀で随分と出費が重なった。 一般的会社員である私にとって葬儀費用は決して安い額ではない。
 遺品を整理して、処分できるものは処分し、売れるものは売ってしまおう。 結局私は、刑事を朝食へと誘い、そのまま案内を頼むことにした。
 それが、一番良いことに思えたのだ。

*  *  *  *

 刑事は食事をしながら散々に愚痴た。 葬儀に出席していた弟の友人を片っ端から取り調べたが、皆異口同音に同じ様な事しか言わないらしい。

「奴等が言うには弟さんは大層なオカルト狂で、見ちゃあならない"向こう側"の知識を手に入れたせいで闇の魔物に魂を奪われたらしい。 そんな馬鹿な話があってたまるか。 黒猫とブードゥードールで人が殺せるなら、オレはとっくに弟さんを殺した犯人を呪い殺してる。」

 今までの紳士的な振る舞いだけは崩さずに、刑事は肩を落とした。 葬儀の後、私も何度か弟の職場へ電話を掛けたが、職場での認識もだいたい同じ様なものだった。 突然オカルト、それもチンケなゴシップ記事の様な物理的根拠の欠落したチープな邪教の研究に没頭し始め、段々と仕事中にも熱っぽくそれについて講義を始めるようになった。 そんな弟を周囲が好奇の目で見たことは言うまでもなく、疎んでいた事も事実だった。 だが弟はそれを気にする風でも無かったらしい。 自分のオカルト研究に一種の矜持を持っていたものか、弟は周囲が何を言ってもその研究をやめることはなかった。 その結果、段々と仕事の段取りが悪くなり、業績も落ち、そろそろ肩を叩かれるのは時間の問題だったようだ。
 だが、弟は突然辞表を出して消えた。 職場にも勿論例外的なオカルト好きが居て、友人が全く居なかったわけではないらしい。 それなのに、弟はそういった人々に何を伝える事もせずに消え、何度か彼らがコンタクトを取っても全く音信不通だったそうだ。
 まだ実家に住んでいた頃を思い返すと確かに弟はホラーが好きだった。 映画はよく一緒に観たし、弟の部屋にはオカルト本やホラーに対する評論の本も沢山あった。 枕元には不気味な怪物の置物なども幾つか有ったが、それでも弟は盲目的なオカルト狂信者ではなかった。
 弟はどちらかと言うと理系の人間だったし、何より彼はオカルトが好きだったからこそ、荒唐無稽な出鱈目には酷く批判的だった。 少なくとも、私に知っている弟は。
 私は、少しだけ迷ってからその事を刑事に伝えた。 刑事がオカルト趣味に偏見が無いことを祈りつつ。
 だが私の告白を聞いて、刑事は少しだけ悩むように眉根を寄せるだけで、特に何を言うでもなくテーブルに残るハムエッグにフォークを刺した。 そして肩を落とすようにして溜め息を漏らす。

「弟さんの部屋は普通だった。 腐乱死体があった以外は何処にでもあるアパートの一室だったよ。 確かに凝った本は色々有ったが、黒魔術の傾向は無かったし、鉤十字もヒトラーの写真も無かったよ。」

 そう言って小さく笑う刑事のユーモアに気付くまで、私は暫く時間がかかった。
 刑事の言葉の最後は完全にジョークだ、悪夢に魘される私を気遣ったものだろうか。 そんな刑事に微笑み返して、私は少しだけ安堵していることを知った。 また彼に助けられてしまったようだ。

「さあ、弟さんの部屋に行こう。 まだ所持品の内の幾つかは警察で預かっているが、家財品は殆ど戻した。 部屋を引き払うなら、掃除もしないとな。 夢を怖がってる場合じゃない、家財品を処分するのは案外大変だぞ。」

 そう言って席を立つ刑事は、軽く笑いながら私の背を叩く。
 そう、現実にはまだやるべき事が山積しているのだ、他愛ない夢に怯えている場合じゃない。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【4話いちほ。】 ( No.6 )
日時: 2013/07/03 18:33
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 6nOSsJSp)

1-4(6/4いちほ解禁)

*  *  *  *

 刑事の案内で弟の部屋へと入った私は、正直驚いた。
 弟は元々きっちりとした性格で、実家の部屋はいつでも小綺麗に、かつ合理的に整えられていたものだ。 それが、全くそのままの様に部屋は整頓されている。同僚達が言うように気の触れた人間ではこうはならない。
 キッチン周りも、クローゼットも女手があるかの様に整えられ、本棚に並ぶ本はどれも沢山付箋が挟まれ、一冊としてアルファベットの順を乱す本は無かった。 所々空いた隙間は警察が持っていった分だろう。 少なくとも弟は私の知っている通りの人間だったらしい。

「きっと博識な人だったんだろうな、弟さんは。」

 そう言いながら本棚を眺める刑事に頷きながら、私も一緒になって本棚を眺める。
 経済史、人体工学、心理学、動物図鑑、オカルト本、IT関係etc. どれもかなり専門的な物で、知識のない者が読んでも意味がわからなそうな代物ばかりだったが、それ以上に私は弟の遺言が気がかりだった。
 弟は確かに本棚には触るなと言った。 本を持っていった警官に異変はなかったのだろうか。
 それを読み取ったものか、刑事が呆れ気味な苦笑を拵える。

「おいおい、遺言の事を気にしてるのか? 確かに死ぬ人間の頼みを聞いてやれなかったのは悔いが残るが、刑事が信じるのは目の前の、若しくはそこに隠されている事実だけだよ。 ここから本を持ち出したのは俺だよ、俺は生きてるか?」

 苦笑を深めながら、それでいて彼が彼なりにリラックスし始めた様子で笑う。 今の言葉が事実なら、私が恐れる事はもう何もなくなった。
 確かに、刑事は生きている。 私は心底自分が間抜けに思えてなら無かった。
 妙にすっきりとした、今までの人生で感じたことがないくらいに、強いて言うならばハイスクールの化学の試験中に20分格闘した問題が唐突に理解できた時と同じ程度にすっきりとした気分で、私は刑事に礼を言った。
 刑事は頷いて、とても柔らかな表情で笑った。

「随分すっきりした顔になったな。 何かあったら電話をくれ。 それじゃあ。」

 笑いながらそう言って、彼は戸へ向かう。 そして、そこをくぐる前に、何事か思い出したかのように踵を返した。

「弟さんの事じゃなくても、トラブルがあったら相談してくれ。 この町も随分治安は良くなったが、それでもバカな若者は多い。」

 そう言って首もとを擦って見せる刑事に、私は曖昧に笑って見せる。 どうやら夢の中で化け物に締め上げられた痕は刑事にも見えるらしい。
 とりあえずタイを締めたまま寝て寝違えたとか、子供みたいな言い訳をして、私は視線を本棚へ移した。
 ただ刑事にこれ以上首の痕を追及されたくなかった訳ではない。 私はその本棚に少しだけ違和感を覚えていたのだ。 何かが足りない。 弟なら必ず持っているであろう決定的何かが。
 刑事の「何かあれば何時でも電話してくれ。」と言う声と、彼が戸を潜る音を背後に聞きながら、私はその理性の奥に語り掛けてくる細やかな違和感の解決に取り組んだ。 そう、何かが足りないのだ。

*  *  *  *

 数日の間、私は忙しなく働いた。
 不要な家財品の類いをあるものは売り、あるものは捨て、まだ使えそうな質の良い椅子や机は私の家に送り、残っているのは今私が座り込んでいるベッドと、問題の本棚だけだ。
 実際に刑事が言うように家財道具の処分は中々に大変で、私は夢見る事もないぐらいに深い眠りに落ちていた。 少なくともここ数日は悪夢の片鱗さえ垣間見ることはない。
 そうこうして、部屋に残ったのはベッドと本棚だけになったのだ。 勿論本棚を片付けていないのは弟の遺言のせいだし、ベッドは部屋が片付くまで私がここで使っている為なのだが、そろそろそれらにも片を付けなければならない。
 正直、私は少し困っている。 それは本棚やベッドの始末についてではなく、弟が私に課した謎解きが一向に終らないことについてだ。
 明日、本屋に出張査定と買い取りに来てもらう。 それまでに弟の残した謎を解かねばならない。 にも関わらず、私に解るのは『この本棚にはなにかが足りない。』と言うことだけだ。 刑事に警察が保管している物を確認しても、それらは全て弟の持っていそうな本ばかりだったし、それらを併せれば本棚に出来た虫食いは全て埋まった。 なのに、なにかが足りない。 私は特別何かに秀でているわけでもなければ、一般的なサラリーマンでしかないためこんな言い方しかできないが、その違和感は確かに私の直感や感覚に訴えかけてきた。
 確かに、訴えかけてきた。
 そう、その本棚は最初から訴えかけてきていたのだ。 足りないのは、本ではない、そこに本が並べられている本当の意味。 私の理解には、それが足りなかったのだ。
 最前列に並べられた本、それらのタイトルの末端を繋げれば、1つの文章が出来上がった。 弟の「触っちゃいけない。」はこう言う意味だったのだ。
 出来上がった文章は酷く端的だった。

「キッチン、棚、三段目、奥。」

 それだけを読解して、私は自分が酷く興奮している事に気づいた。 弟の、兄の私から見ても頭脳明晰な弟の残した謎かけを、自分が解けた事に私はとても興奮していた。
 そして指定の箇所を調べて、私はその棚の奥、恐らく内側は壁の中だろうと思われる部分が、そこだけ新しく張り替えられている事に気づいた。 器用で神経質な弟らしい丁寧な張り替えだったが、そこだけが酷く新しかった。
 手を伸ばすと、何か固いものに触れた。 それは本だった。 本棚に足りなかった、真実が在った。
 その本は酷く年季が入っていて、表紙に描かれた絵は殆ど磨耗してしまっている。 それでも、タイトルは辛うじて読めた。
 読んで、私は悲鳴をあげた。 弟の残した謎の先に待っていたのは、余りにも美しく、余りにも狂気的な神秘の文字列、パリでは第二幕が公開禁止となった伝説の戯曲。
 "黄衣の王"が在った、それが私の手の内に在った。
 読んではならない。 生半可な興味と精神力、皆無と言って過言でない知識。 そんな人間が読んで良い部類のモノではない。 不毛な音の無い砂漠の星に幽閉された王の伝説は、そう言った矮小な人間の気を狂わせるぐらい何て事はない。 学んだつもりで、選ばれたつもりで、知識に溺れた、神秘に溺れた人間が、この本の前では累々と屍を晒しているのだ。 私には、重すぎる。
 私の興奮は急速に褪めていった。 抜け落ちる様な感覚に近い。 漸くして辿り着いた弟の死の片鱗が、正しく手の届かない、病の詰まった開かずの箱に他ならなかったのだ。 興奮に入れ替わるように、やりきれない喪失感と不思議な安堵が私を充たした。 そうだ、この本の事を刑事に伝えなければ。
 私は本を元の場所へ戻すと、ベッドに投げ出した携帯電話の元へゆるゆると戻り、刑事の番号をダイヤルした。
 ——目を閉じた記憶はない。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【4話解禁】 ( No.7 )
日時: 2013/06/04 16:20
名前: レイ ◆SY6Gn7Ui8M (ID: qToThS8B)

来ました。すごいですね。俺とは全然違います。でも、説明が長すぎて、キャラの台詞とかがないから俺はキャラの性格が少々わかりづらいです。駄目出しすみません。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【5話いちほ】 ( No.8 )
日時: 2013/09/20 10:08
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 49zT4.i.)

1-5(7/23解禁)

*  *  *  *

 気付くと私は不毛な大地に足をついていた。
 砂漠と言うよりは遺跡の様な、風化し、その歴史の長さと悲劇的終焉を現世に留めんとするかの様な石畳を、うっすらと砂とも灰とつかぬ灰塵が覆っている。
 それらは風に運ばれて私の頬や髪を撫で、傾きひび割れた石柱と抱擁し、果てがあるともわからぬ虚空へと旅立つ。
 兎に角、寂寥感が充ちた場所だった。 勿論私はその場所を知らないし、そもそもこの世のものにしては余りにも朧気だ。 空に敷かれているのは夕暮れの様な淡い瑠璃色なのに、それを埋める無数の星々は手が届く程に近い。 傾いた"尖塔シャトー"の前を小さな太陽が横切り、目の前で薄い灰の輪を持った星が弾ける。
 ふと、私は足下に何かが埋もれていることを知った。 それはくすんでいながら尚鈍い輝きを持ったメダルの様なものだった。
 拾い上げ、それをまじまじと観察した私は、それに映る霞んだ影に気づいた。
 誰かが、いや、何かが舞っている。 はっとしてそちらへ目をやった私は、危うくそのメダルを取り落としそうになった。
 ——それは美しい光景だった。 そして恐ろしい光景だった。
 灰塵の舞う不毛な"過去の歴史の遺物"の中心で、擦り切れてこそいるが色彩鮮やかな黄衣と、グリム童話の挿し絵の様な白い仮面を纏った何かが、二つ浮かんだ月の下で、ただ黙々と舞い踊っていた。 その周囲を、千切れかけた羽根を有する猫背で不恰好な何かが傅いて見守っている。
 当然、私はその二つ浮かんだ月の片割れがアルデバランであることなど知らないし、風の音も息遣いも聞こえないことにさえ気付かない。 私の意識は、其処に在って復無いのであった。 だが勿論、私にはそんなことはわからない。
 暫く呆然と、観る者によっては恍惚と、と表現されそうな程にその黄衣の主の舞を見つめていると、主は、ソレは、余りにも美しく舞を終えた。 はためく黄衣が美儷な余韻を漂わせる。
 そしてソレは私を見た。 そうして、薄く笑った。
 蒼白の仮面に隠されてはいたが、私には確かにソレが妖しく微笑んだ事がわかった。
 その瞬間、黄衣の主に傅いて居たモノどもが私の方を振り返った。
 モグラの様な犬の様な、背格好はヒトのそれに近いが楔形の鼻先は四脚獣の様に見える。 異様に長い腕の先は、屈み込む様な猫背であることを差し引いても膝下に届きそうだし、その手には分厚い鉤爪が無造作にくっついている。 爪を除けば一見して大型の霊長類に見えなくもないが、背に無造作にくっついている壊死したような、とても何かの役に立つとは思えない蝙蝠の様な羽根が、ソレを酷く気味の悪い生き物に仕立てている。
 だが、人がソレを見て言い様の無い嫌悪感を感じるのは、やはりソレが僅かにでもヒトに似通った部位を有しているからだろう。 少なくとも私はソレの目は知性を有した、私が"何"かぐらいは理解できる程度に知性の有る目に見えた。 そのヒトとの類似性が、醜悪さに輪を掛けていると感じた。
 それでも、不思議なことに私は嘔吐にも失神にも至らなかった。 ソイツらが私の周囲をぐるりと囲み、忙しなく爪と羽根を震わせ、騒がしい音を嫌になる程立てても、何故だが私は冷静だった。 十匹近いソレらに囲まれているのに、相変わらず音が無いことも、何故だが冷静に受け止められた。 その理由は私にもわからないが、例えここで死ぬにしても、弟の死にはコレらが関わっている。 その真相を知らずには死ねない、そう思って居るのかも知れない。
 ふと、黄衣の主が私の前に舞い降りた。 降ってきた様にも、湧いて出た様にも、最初から其処に居た様にも感じられる。
 黄衣の主は、もう一度笑って私の手を持ち上げた。 手の内にはあのくすんだメダルがる。
 暫くの間、私と黄衣の主はただ黙ってそのメダルを握る手を見つめた。 黄衣の主がそのメダルに何を見いだそうとしているのかは分からない。
 不意に私の脳裏に、鼓膜ではなく直接脳に話しかけるような不愉快な響き方で、キーキーと騒がしい声が聞こえた。

「お前はソレを見付けた、恐怖の象徴を見付けた。 もうお前はソレを手放せない、何故ならソレはお前の感じた恐怖と絶望の象徴だからだ。 ソレは、然るべき者の手に渡らねばならない。 お前を介して。」

 その声が、黄衣の主でないことはすぐにわかった。 周囲で不気味な有翼生物が音もなく爪を鳴らして口を開け閉めしていたからだ。
 だが私がそれに対して何か反応をする前に、その不気味な生物の腕が私を捕らえた。 私の足は瞬く間に寂しげな灰の大地を離れ、無数の星々の間を抜け、歪んだ太陽を突き破り、そうして私の意識は宇宙の闇と混沌に飲まれた。


*  *  *  *

 ——気付くと私は変わらずに携帯電話を握りしめた姿勢でベッドに座り込んでいた。 特別異常はないが、携帯電話から「どうした? すぐに行く!」と焦りを含んだ刑事の声が聞こえた。 応えるよりも早く、通話が切れる。
 ぼんやりしていたようだ。 弟が死んでから可笑しな事ばかりだし、ここ数日は忙しなく働いた、そこに黄衣の王が転がり込んで来たのだ、妙に冷たい脂汗が背中を伝うのも、必死に呼吸を繰り返しているのに息苦しいのも、そのくせ心臓だけは溶け落ちそうな程に熱をもってうるさいくらいに鳴っているのも、仕方の無いことだろう。 発狂してもおかしくない、私は少なくとも動揺こそすれど正気を保っている自分がほんの少しだけ誇らしかった。
 何とも満たされたような、達成感の様な何かを感じていると、急速に睡魔が襲いかかってきた。 僅かにだけ悩んでから私はベッドへ転がり、ゆっくりと目を閉じる。 刑事はすぐに向かうと言っていた、彼が起こしてくれるだろう。
 ここ数日の労働と恐怖と動揺と、他の色々な言い知れない物を忘れ去ろうとするかのように、私は深い眠りについた。
 ——何も、何も考えずに眠りに落ちた。

christian louboutin sale ( No.9 )
日時: 2013/07/24 20:30
名前: christian louboutin sale (ID: RohPBV9Z)
参照: https://pinterest.com/louboutinssale/

ケイオズミックス・ホラーズ【夏だからホラー】 - 小説カキコ

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.10 )
日時: 2013/10/23 06:47
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 9Mwiczqn)

1-6

*  *  *  *

 私は激しい衝撃に目を醒ました。
 腹の上に、アレが居る。 顔の無い、黒くて粉っぽいゴムの様なアレが。
 アレはお決まりの様に私の首を締め上げ、私は激しく悶えながら抵抗する。 相当に苦しい。 今までの夢のような拘束的な締め上げではない、今日この化け物は、確実に私を殺す気でいる。
 そう思って私は必死に手を振り足を振り、辛くもアレを振るい落とす事に成功した。 咳き込みながら弟のベッドを抜け出し、蹴り破る勢いで戸を抜ける。
 抜けた瞬間、私の首は再び尋常ならざる圧搾感に襲われた。 水死体の様な淀み、膨れ、そして弛緩した手が見えた。

「黄の印を……見付けたか?」

 黄色い制服の、雨避けのフードの下で、ブヨブヨとした青白い唇が、そう問いかけた。
 嗚呼、アレだ、耳障りな音を立てる白い袋を引っ提げて、黄色い制服を纏った、あの男が、私の首を掴んで笑っていた。 嗚呼、今日まで聞き取れなかったあの問い掛けは、これだったのか。
 そうして腐り落ちる寸前の様な淀んだ瞳が、私のズボンのポケットへ向けられる。 その瞬間、私ははっとした。 "何も入れていないはず"のそこに、確かに何か異物があるのを感じる。 普段ズボンのポケットに入れるのは携帯電話と財布だけだが、今携帯電話はベッドの上に、財布は尻側に収まっている。 前ポケットには何も入っていないはずだ。
 だが、その私の確信は、背後から寄ってきた黒い魔物が打ち砕いた。 異物感を感じたポケットから、黒い魔物の鉤爪がくすんだメダルを取り出すことで。

「黄の印を見付けたな。」

 黄色い悪鬼はそう言ってまたブヨブヨとした青白い唇を吊り上げ笑った。
 そいつの空いた手が黒い魔物からメダルを受け取るのと、私の首を捕らえている手が一気に締め上げられるのは殆ど同時だった。 水を吸って膨らんだ様な、巨大な蛆虫の様な手からは全く想像できない圧搾力で握り潰され、私の喉は元の半分程度の太さに見えたことだろう。 痛みは殆ど感じなかったが、反射的に私は酸素を求めて口を開けた。 そこに黄色い悪鬼のメダルを握る手が捩じ込まれる。
私は酷い痛みと異物感と、そして気道に詰め込まれた掌大のメダルによる苦しさに力無く手足をばたつかせ、必死に抵抗したが、黄色い悪鬼はただその醜悪な笑みを深めるばかりだった。
 そいつは私の首を掴んだまま軽々と私をベッドへ運ぶ。 もう動かなくなった私をぞんざいにベッドへ放り、それはまた酷く醜い顔を歪めて笑った。
 ——気付くと其処は変わらない弟の自室だった。
 唯一の違いは、私がもう、息をしていない。 それだけだ。

*  *  *  *

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.11 )
日時: 2013/09/18 22:58
名前: lp (ID: 7fbL/SBO)

お久しぶりです・・・最狂のたろすさんですよね?

第一話見てビックリしました
やっぱりさすがですね、最後まですぐに読んでしまいました
更新応援しております!

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.12 )
日時: 2013/09/20 10:26
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 49zT4.i.)


lp様 >>11

お久しぶりです!
ええ、最狂のたろす@です。
こちらにもコメント頂けたのですね、ありがとうございます。

この話は初めてのホラー、初めての一人称に挑戦した話なので、さすがと言って頂けるほどの物が書けているか不安ですが、嬉しいです^^
第一幕はもう3話前後で終幕の予定ですので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
コメント、ありがとうございました!
精進させて頂きます。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.13 )
日時: 2013/09/20 11:04
名前: 武士倉 (ID: zfEQ.qrn)
参照: http://Torikkusuta.ne.jp

ホラーですか…面白いので続きが楽しみです。
はじめまして武士倉です。
タダ今「契約魔法少女!?」を連載中です。
良かったらキャラ募集中なのでよろしくお願いします!

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.14 )
日時: 2013/09/20 21:06
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: A68kpmlz)

 武士倉様>>13

どうも、はじめまして。
面白いと言って頂けるほどの物かは甚だ疑問ですが、ありがとうございます。

むーn
キャラ募集ですか。最近一切キャラクタを考えずに話を書いているのでお力添えできるかは不明ですが、思案してみましょう。
ちなみに武士倉様は当お話のどの辺りに面白さを感じました?
武士倉様の好みが分かるとキャラクタ作りの契機になるので、教えて頂けましたら思いつくかも知れません。

コメント、ありがとうございました。

Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.15 )
日時: 2013/12/19 02:35
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: hPHSBn6i)


1-7

*  *  *  *

「こいつは、どう言う事ですかね?」

 二年間も一緒に居るのに一向に新人の気色が抜けない後輩の声を背に、俺はここ数日気にかけていた男の遺体を眺めた。 驚きに見開いた目、手足をばたつかせたせいで乱れたであろうシーツ、添えられた手の上からでも見てとれる異様な喉の膨らみ。
 一月と経たぬ内に兄弟が揃って変死。 明らかに可笑しな状況なのに、俺の刑事としての経験と直感は何一つ解決の糸口を示してはくれなかった。
 犯人はおろか、容疑者さえも。 弟の死には何となく疑わしいオカルト仲間が居た。 だがこの男はどうか? 住所は二つ隣の街、この街に弟以外の知り合いはなし、職場もこの街からは随分と遠い。
 この街で彼が殺される理由は、弟の死以外に有り得なかった。 だが、その弟の死が、全くの行き詰まりの有り様である。
 言い知れぬ歯痒さと無力感の中にそんな事を想う俺の前で、彼は黒いシートにくるまれ、担架に乗せられて運び出された。

「最優先で検死してくれ。 俺もすぐに向かう。」

 戸を潜る捜査官の背に声だけを送って、俺はもう一度部屋を巡視した。
 運び出されるのを待っているような質素なベッド、相変わらず無言で其処に居座っている本棚。 やはり、何かがある。

「俺は検死に立ち会ってくる。 お前はもう一度この部屋をしらみ潰しに探せ。 必要なら壁紙も天井も剥がせ、大家には俺が伝えておく。」

 隣で壁の染みなど眺めている後輩に乱暴に言い放って、俺は部屋を出た。
 胸の内に蟠る、もどかしさにも似た不安。 背骨が囁く様な、不気味な焦燥感。 それらを振り切る様に大股でアパートの廊下を歩く俺を、何とも不気味なモノが迎えた。
 手に大きな白いごみ袋を携えた、黄色い制服の男。 弛んだ皮膚、弛緩しきった口元、淀んで零れ落ちそうな眼。
 俺は昨夜見た恐ろしい夢を思い出し、無意識に拳銃を納めた腰に手をやっていた。
 だが、その黄色い制服の男は俺の方など見向きもせず、ただ喧しく袋を鳴らして通りすぎていく。 すれ違い様にその醜悪な口角がつり上がったのを、俺は見逃さなかったが。

「黄の印を、見付けたか?」

 顔同様に品性とは程遠い掠れ声でそう言う男に、俺は当惑しながらもゆっくりと腰の拳銃を抜いた。

「何だか知らんがここは殺人現場、立ち入り禁止だ。 袋の中身を確認させてくれ。」

 ぴたりと銃口を男の心臓へ照準して言う俺に、男はさも下らなそうに口元を緩めて、無造作に袋を床に落とした。 そのまま三歩程、袋から離れる。
 俺は銃口を外さずに、ゆっくりとその袋へ近付いた。 半透明の、どちらかと言えば白に近いごみ袋を片手で器用に開ける。
 中にはありふれた家庭ゴミばかりが溢れていた。 生ゴミだとか雑誌の切り抜きだとか空き缶だとか、そんなものばかりで、俺は少しだけ男の外観に偏見を持った自分を責めた。

「協力、感謝する。 だがここは今立ち入り禁止だ、速やかに退出して……。」

 最後まで言いきらぬうちに俺は言葉と、沸き上がる恐怖と息とを飲み込んだ。
 ゴミ袋の中身を確認している間も、決して眼を離さなかったはずの、常に視界の端に納めていたはずの男の姿が、忽然と消えていたのだ。
 俺は恐ろしさよりも呆気にとられて、状況を理解しようと努めた。
 ゴミ袋は有る、あの男は確かに此処に居たはずだ。 一直線の廊下に隠れる場所はない。 アパートの入口から突き当たりまでは目測でもおよそ20メートル、足音も立てずに、ましてや俺に気付かれずに逃げ出すには長すぎる距離だ。
 俺は、刑事になってからずっと、目の前の現実とその裏側の真実だけを信じてきた。 だが、今目の前で起こったことは、俺の中のその価値観を壊すには充分すぎる出来事だった。
 俺は廊下の端から端までを用心しながら歩き、何か都合の良い事実を探した。 だが結局見付かったのは、男が無造作に置き捨てたごみ袋ばかりだった。
 俺は一旦彼の部屋へ戻り、壁紙を破壊する後輩に注意を呼び掛け、先程よりも大仰な早足で車へと急いだ。

*  *  *  *

 検死室に入ると、既に彼の遺体が寝台へと横たわっていた。 寝台の横には白衣にマスク、衛生帽と手袋ばかりが印象的な初老の男が立っている。検死官というのは刑事と同じぐらい似たような奴ばかりだ。
 検死官は俺を認めると直ぐに手招いた。 遺体の脇から銀色のトレーを取り上げる。 トレーの上には何やら汚ならしいメダルが乗っている。

「待ってたよ。 お前が現場の捜査官に言ってた喉の膨らみだが、こいつだった。」

 検死官はその汚ならしい、くすんで所々汚れも目立つメダルをピンセットでつつきながら言った。 なぜ、こんな物が喉に。

「死因は窒息死。 状況からみてまず間違いなくコイツを突っ込まれたショックとコイツによる気管の圧迫、損傷が原因だろう。 首にも圧迫痕があるが、致命的だったのはメダルだ。」

 検死官は言いながら呆れたと言わんばかりの表情になった。 凶器にしてはあまりに不審な点が多い。 首の圧迫痕から見ても、彼を殺すだけならそれで事足りたはずだ。 それなのに、なぜメダルを。

「意味が解らん。 指紋は?」

 余りに不可解で、思わず俺は溜め息をこぼす。 どうせ指紋も期待は出来まい。
 だが、検死官は俺を予想を裏切った。 色々な意味で。

「指紋は出たが、この男の物だった。 他に誰かが触れた形跡はない。 形の崩れた物もあったが、特徴から見てこの男の物だろう。」

 それは可笑しな話だった。 彼の口に突っ込まれていたものに、彼の指紋しか残っていない。 それでは、このメダルは……。

「思っている通りだ。 この男が自分で呑み込んだ可能性が高い。」

 検視官の言葉に、俺は自分の体中の血液が一斉に冷えていくのを感じた。
 どう見ても他殺だが、自殺。 理論だけを求める刑事の俺に突き付けられた結果は『こんな殺し方が出来る犯罪者の出現』であり、ひとりの人間としての俺に突き付けられたのは『もしくはヒト以外の仕業』と言う恐怖だった。
 アパートの廊下で起きた不可解な現象が、瞬時に脳裏に蘇る。
 あの黄色い制服の男は、一体"何"だったのか。 背中を冷たい汗が流れるのを意識して、俺は肩を震わせる。
 疲れているんだろうか。
 俺はそう僅かに現実を遠ざけて、詳しい検死を求め、後輩を待つことに決めた。
 そうだ、少し仮眠を取ろう。 数時間のうちに随分と疲れたことを知りながら、俺は弱々しい足取りで自分のデスクへ向かった。
 そうだ、少しの間だけ、何も考えずに眠ろう。

*  *  *  *

【お待たせしました】ケイオズミックス・ホラーズ【8話掲載】 ( No.16 )
日時: 2014/04/10 07:05
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: pkXg7QLy)


1-8

*  *  *  *


 自分のデスクに戻って、俺はじっとりと粘度を持つような疲れを振るい落すように、ギシギシと煩い安物の椅子へ乱暴に座った。
 一人の男の死が、二人目の死者を生み、この先どうなる?
 新たな死者を生むのか? 果たして、何の為に?
 考えるべきことは多かったが、時間はあまり無いような気がした。 犯罪者は、一度味を占めると、罪の味を我慢できなくなるものだ。
 だが、今回の加害者は? 果たして、俺が今まで相対した者達と同じだろうか?
 現場に証拠を残さない犯罪者は確かに居る。
 全身の毛と言う毛を剃り落とす者、自ら指先を切り裂いて、継ぎ接ぎだらけの新しい指紋を作り出す者、病的なまでに殺しの現場を清掃する者。
 それは一種の性癖の様なもので、犯罪者の、現場に対する歪んだポリシーの様なものだった。
 だが、人が生まれ、生きれば、必ず痕跡が残る。 これまでの多くの犯罪者はそうした証拠、他人の目であったり、交友関係であったり、もしくはその存在そのものであったり。
 そういった物が、必ず犯罪者の正体を明かしてくれた。 だが、今回は?
 交友関係も、目撃者も、何一つ有力な手がかりにはならない。 ましてや、殺しの道具が薄汚いメダル!
 全く意味が分からないし、どこまでも不可解だった。
 俺はデスクに山積みになった無用の紙切れを丸ごと、備え付けの小さなアルミのごみバケツげ突っ込み、今まで見つけた『手がかり』であろうモノを纏めたファイルを広げた。
 何度見ても、変わり映えしない、僅かな事実と謎ばかりがあった。
 通路を歩く他の刑事の足音さえ鬱陶しく感じる程に、不甲斐ない自分自身に対するもどかしさが込み上げる。
 正直、今すぐに自分をぶん殴りたい気分だった。 もしかしたら、何か閃くかも知れない。
 そんな事を思った時だ。

 ガサッ。

 と派手な音が、俺の鼓膜を殴りつけた。
 俺は瞬時に腰のホルスターから拳銃を引っこ抜いて、その音の方向へ照準した。
 その音が、あの不気味なゴミ回収の男の携える、乳白色のゴミ袋の音に他ならなかったから。
 それは確かに間違いではなかった。
 我に返った時には、馬鹿に目立つ黄色いレインコートの様な制服を着た清掃員が、丁度俺のデスクの脇へとごみ箱を戻す所だった。
 男は僅かに不信感と、それから物騒な、と言わんばかりの嫌悪の表情を目に乗せて、俺のデスクを去って行った。
 男の押すゴミを満載したカートの音だけが、僅かに耳に残る。

「黄の……を……たか?」

 カートの音は、その声を、俺の耳に届かない様霧散させた。

*  *  *  *

 自分が眠りに落ちたことは覚えている。 だが、何故こんなにも苦しくて、灼熱の痛みが四肢を苛むのかが分からない。
 視界は乳白色で塗りつぶされており、不快な揺れが全身を襲っている。 時折目に入る自分の腕が、本来ならば向くはずの無い方向を向いている事が気になるが、それ以上に、自分の髪や背中、もしくは視界に入らないあらゆる箇所が、じっとりと重たく濡れていることが神経を逆撫でる。
 そうして、意識がはっきりしてくるにつれて、不快な臭いが、赤錆びた鉄くずを放置したような臭いが鼻腔を刺激する。
 嗚呼、これは血の匂いだ。 そう理性が声を上げる前に、俺の体は宙を舞った。
 フローリングの冷たい床に派手な音を響かせて、俺は自分の頭部がごろり、と音を立てて転がるのを意識した。
 嗚呼、そうだ、あの夢だ。 いつもの、あのクソッタレな夢だ。
 俺の体はバラバラで、無理矢理引き千切られた様な手足が唐突に激痛を呼び起こして、それでも俺の視線は一点を見つめる。
 いつもそこで、怯えている男を、ただじっと見つめる。 もう死んだはずの、メダルによって窒息死したはすの男を。
 彼は怯えて、だが俺は何も出来ずに、ごみ袋を携えた腐乱死体の様な男の掠れた笑い声を聞く。
 この夢を最初に見たのはいつだったろうか。 彼は死んだはずではなかろうか。 そもそも俺は何故生きているのだろうか。
 目まぐるしく浮かぶ疑問は、総て『夢』の一言で片が付いた。 それなのにどうして、こんなにも痛く、苦しいのか。 自分は殺されたのか? 死に切れぬ死体と成り果てたのか?
 訳が分からなかった。
 俺は絶叫を上げ、唇を食い破り、この夢を脱するために出来ることを何でもやった。
 毎夜、同じことだ、その繰り返しだ。
 唯一つ、今夜は、普段聞き取れない、醜悪な声が鮮明に聞こえた。

「黄の印を、見付けたな」

 その声はまるで死刑宣告の様だった。
 内容ではない。 既に死体と化している俺は、今始めて、本当に殺されることを言い渡された。
 理性や認識ではない、もっと深い部分。 安っぽい言い方ではあるが、魂が命じられたような、絶対的な死の宣告。
 ぐしゃりと不快な音を立てて、俺の頭部が潰れた。
 頭部が潰れながら音が聞こえる。 血と脳漿が飛散した音が聞こえる。 飛び出した眼球が壁に当たって潰れる音が聞こえる。 頭骨が砕けて、表皮や筋組織ずた袋の様に引き裂く痛みを感じる。
 そう、これは、夢なんだ。

*  *  *  *

【終幕に向けて】ケイオズミックス・ホラーズ【8話更新】 ( No.17 )
日時: 2014/07/03 22:10
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)


1-9

*  *  *  *

 気が付くと、俺は変わらずに署内のデスクに居た。
 安物の椅子に腰を下ろして、何かに怯える様に拳銃を握り締める。 三十八口径のホーローポイント弾はいつでも俺を守ってくれた。 自分以外に、唯一信頼できる物だった。 なのにそれが、今は何処までも頼りなく思えて仕方が無い。
 だが、あれは夢だ。 夢以外の何物でもない。 そして、その夢はもう覚めたのだ。
 俺はそう自分に言い聞かせ、デスクの上に証拠品のメダルが置いてあることを確認した。 誰かが検死室から持ってきたのだろう。
 黄色い紙袋から取り出して、丁寧にビニール袋に入れられたそれを、俺は今初めてじっくりと観察する機会を得た。 何てことは無い、ただの薄汚いくすんだメダルだ。 手のひらに丁度収まるそのメダルが、何故殺しの道具に使われたかはわからない。 ただ、それが今俺の手中にあることだけは確かだった。
 ふと、嫌な雰囲気を察した。 何があるわけでもないのに、小さい頃は怖かった地下室の様な。 もしくは、雨降りの深夜に訪れる検死室の様な……。
 俺は瞬時に拳銃を握りなおして、視界を掠めた影に向かって一発撃った。 相手が誰でも、もはや構わなかった。
 恐ろしいほどに頼りない銃声は、しかし確かな反動を以て手首を震わせ、それから俺の心までもを揺さぶった。 俺は続けて撃った。 何度も何度も。 撃鉄が虚しく空打つ音がしても、何度も引き金を引いた。

「黄の印を、見付けたな」

 嗚呼、そうだ、夢は覚めてなんか居ない! こいつは絶対に死なない。 何度もやってるじゃないか! 俺は毎晩こいつに銃弾を撃ちこんでるじゃないか!
 今にも腐り落ちそうな唇を歪めて、そいつは繰り返し呟いた。

「黄の印を、見付けたな」

 吐き気を催すしわがれた声で、そいつは言った。 それから、その醜い唇を悪魔的に吊り上げて、一歩踏み出した。
 俺は慌てて拳銃に弾丸を込めなおして、もう一発撃った。 弾丸は見事にそいつの首の付け根を吹き飛ばす。 腐ったかぼちゃを撃った様な、乾いているのに粘度を含んだ様子で、そいつの首の肉片が散った。 だが、血は出なかった。
 六発分の穴が開いた黄色いレインコートにも、一切血は付いていない。
 そいつは嘲笑うかのように俺の手から拳銃をもぎ取って、濁り切った目でその拳銃を眺めた。
 それから先の事は覚えていない。 ただ、最後の一瞬、そいつの手が俺の首を掴んで、ぐしゃりと肉と骨がつぶれる音がしたことだけは覚えている。
 だが今の俺が理解できることは、全身を襲う地獄の苦しみと、視界を埋めるガサガサと耳障りな音を立てる乳白色のビニール袋だけだ。

*  *  *  *

 現場は慌ただしかったし、どいつもこいつもうんざりしていた。 それから、全く不可解だと呟いて歩いていた。
 警察署内で刑事が殺され、犯人も動機も凶器も分からない。 ただ全身をばらばらにされた死体が転がって居ただけだ。 そう、俺の先輩は殺された。
 だが犯人は? 俺にもさっぱりだ。 動機は? さあね、刑事は恨まれるものだし。
 ただ、ここの所かかりきりだった、変死した兄弟の死が関係していることは確かだった。 だが一体誰が?
 俺がデスクに証拠品を持っていった時、彼は突っ伏して転寝をしていた。 それから十分と掛からずに、誰がこんな風に、こんな場所で、ベテランの刑事を殺せる?
 とても人間技とは思えなかった。 だから、俺は復讐心から正常な判断が出来なくなる、との理由で捜査を外されて、内心でほっとしている。 あんなのは、ヒトが出来る犯罪じゃない。
 俺は無神論者だし、悪魔も信じていないけれど、誰の目に見ても人間が出来るとは思えない。 俺は気が滅入って、頭を抱えて、とりあえず追い出された廊下でコーヒーを啜った。
 時折、清掃の為に出入りしているゴミの回収業者が、封鎖された事務所を眺めてコソコソやりながら通り過ぎた。
 俺は不謹慎だぞ、と言う言葉を飲み込む代わりに、ぎろりと一瞥をくれてやる。 奴らはそれに気付くと蜘蛛の子を散らす勢いで去っていった。

「お疲れ様です」

 去り際に掛けられる申し訳程度の挨拶に、俺も小さく「お疲れ様」と返して、その"青い"レインコートの背を見送った。


Fin.

-----【黄印を追うモノ】閉幕-----