複雑・ファジー小説
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ【久々に更新】 ( No.15 )
- 日時: 2013/12/19 02:35
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: hPHSBn6i)
1-7
* * * *
「こいつは、どう言う事ですかね?」
二年間も一緒に居るのに一向に新人の気色が抜けない後輩の声を背に、俺はここ数日気にかけていた男の遺体を眺めた。 驚きに見開いた目、手足をばたつかせたせいで乱れたであろうシーツ、添えられた手の上からでも見てとれる異様な喉の膨らみ。
一月と経たぬ内に兄弟が揃って変死。 明らかに可笑しな状況なのに、俺の刑事としての経験と直感は何一つ解決の糸口を示してはくれなかった。
犯人はおろか、容疑者さえも。 弟の死には何となく疑わしいオカルト仲間が居た。 だがこの男はどうか? 住所は二つ隣の街、この街に弟以外の知り合いはなし、職場もこの街からは随分と遠い。
この街で彼が殺される理由は、弟の死以外に有り得なかった。 だが、その弟の死が、全くの行き詰まりの有り様である。
言い知れぬ歯痒さと無力感の中にそんな事を想う俺の前で、彼は黒いシートにくるまれ、担架に乗せられて運び出された。
「最優先で検死してくれ。 俺もすぐに向かう。」
戸を潜る捜査官の背に声だけを送って、俺はもう一度部屋を巡視した。
運び出されるのを待っているような質素なベッド、相変わらず無言で其処に居座っている本棚。 やはり、何かがある。
「俺は検死に立ち会ってくる。 お前はもう一度この部屋をしらみ潰しに探せ。 必要なら壁紙も天井も剥がせ、大家には俺が伝えておく。」
隣で壁の染みなど眺めている後輩に乱暴に言い放って、俺は部屋を出た。
胸の内に蟠る、もどかしさにも似た不安。 背骨が囁く様な、不気味な焦燥感。 それらを振り切る様に大股でアパートの廊下を歩く俺を、何とも不気味なモノが迎えた。
手に大きな白いごみ袋を携えた、黄色い制服の男。 弛んだ皮膚、弛緩しきった口元、淀んで零れ落ちそうな眼。
俺は昨夜見た恐ろしい夢を思い出し、無意識に拳銃を納めた腰に手をやっていた。
だが、その黄色い制服の男は俺の方など見向きもせず、ただ喧しく袋を鳴らして通りすぎていく。 すれ違い様にその醜悪な口角がつり上がったのを、俺は見逃さなかったが。
「黄の印を、見付けたか?」
顔同様に品性とは程遠い掠れ声でそう言う男に、俺は当惑しながらもゆっくりと腰の拳銃を抜いた。
「何だか知らんがここは殺人現場、立ち入り禁止だ。 袋の中身を確認させてくれ。」
ぴたりと銃口を男の心臓へ照準して言う俺に、男はさも下らなそうに口元を緩めて、無造作に袋を床に落とした。 そのまま三歩程、袋から離れる。
俺は銃口を外さずに、ゆっくりとその袋へ近付いた。 半透明の、どちらかと言えば白に近いごみ袋を片手で器用に開ける。
中にはありふれた家庭ゴミばかりが溢れていた。 生ゴミだとか雑誌の切り抜きだとか空き缶だとか、そんなものばかりで、俺は少しだけ男の外観に偏見を持った自分を責めた。
「協力、感謝する。 だがここは今立ち入り禁止だ、速やかに退出して……。」
最後まで言いきらぬうちに俺は言葉と、沸き上がる恐怖と息とを飲み込んだ。
ゴミ袋の中身を確認している間も、決して眼を離さなかったはずの、常に視界の端に納めていたはずの男の姿が、忽然と消えていたのだ。
俺は恐ろしさよりも呆気にとられて、状況を理解しようと努めた。
ゴミ袋は有る、あの男は確かに此処に居たはずだ。 一直線の廊下に隠れる場所はない。 アパートの入口から突き当たりまでは目測でもおよそ20メートル、足音も立てずに、ましてや俺に気付かれずに逃げ出すには長すぎる距離だ。
俺は、刑事になってからずっと、目の前の現実とその裏側の真実だけを信じてきた。 だが、今目の前で起こったことは、俺の中のその価値観を壊すには充分すぎる出来事だった。
俺は廊下の端から端までを用心しながら歩き、何か都合の良い事実を探した。 だが結局見付かったのは、男が無造作に置き捨てたごみ袋ばかりだった。
俺は一旦彼の部屋へ戻り、壁紙を破壊する後輩に注意を呼び掛け、先程よりも大仰な早足で車へと急いだ。
* * * *
検死室に入ると、既に彼の遺体が寝台へと横たわっていた。 寝台の横には白衣にマスク、衛生帽と手袋ばかりが印象的な初老の男が立っている。検死官というのは刑事と同じぐらい似たような奴ばかりだ。
検死官は俺を認めると直ぐに手招いた。 遺体の脇から銀色のトレーを取り上げる。 トレーの上には何やら汚ならしいメダルが乗っている。
「待ってたよ。 お前が現場の捜査官に言ってた喉の膨らみだが、こいつだった。」
検死官はその汚ならしい、くすんで所々汚れも目立つメダルをピンセットでつつきながら言った。 なぜ、こんな物が喉に。
「死因は窒息死。 状況からみてまず間違いなくコイツを突っ込まれたショックとコイツによる気管の圧迫、損傷が原因だろう。 首にも圧迫痕があるが、致命的だったのはメダルだ。」
検死官は言いながら呆れたと言わんばかりの表情になった。 凶器にしてはあまりに不審な点が多い。 首の圧迫痕から見ても、彼を殺すだけならそれで事足りたはずだ。 それなのに、なぜメダルを。
「意味が解らん。 指紋は?」
余りに不可解で、思わず俺は溜め息をこぼす。 どうせ指紋も期待は出来まい。
だが、検死官は俺を予想を裏切った。 色々な意味で。
「指紋は出たが、この男の物だった。 他に誰かが触れた形跡はない。 形の崩れた物もあったが、特徴から見てこの男の物だろう。」
それは可笑しな話だった。 彼の口に突っ込まれていたものに、彼の指紋しか残っていない。 それでは、このメダルは……。
「思っている通りだ。 この男が自分で呑み込んだ可能性が高い。」
検視官の言葉に、俺は自分の体中の血液が一斉に冷えていくのを感じた。
どう見ても他殺だが、自殺。 理論だけを求める刑事の俺に突き付けられた結果は『こんな殺し方が出来る犯罪者の出現』であり、ひとりの人間としての俺に突き付けられたのは『もしくはヒト以外の仕業』と言う恐怖だった。
アパートの廊下で起きた不可解な現象が、瞬時に脳裏に蘇る。
あの黄色い制服の男は、一体"何"だったのか。 背中を冷たい汗が流れるのを意識して、俺は肩を震わせる。
疲れているんだろうか。
俺はそう僅かに現実を遠ざけて、詳しい検死を求め、後輩を待つことに決めた。
そうだ、少し仮眠を取ろう。 数時間のうちに随分と疲れたことを知りながら、俺は弱々しい足取りで自分のデスクへ向かった。
そうだ、少しの間だけ、何も考えずに眠ろう。
* * * *