複雑・ファジー小説

【お待たせしました】ケイオズミックス・ホラーズ【8話掲載】 ( No.16 )
日時: 2014/04/10 07:05
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: pkXg7QLy)


1-8

*  *  *  *


 自分のデスクに戻って、俺はじっとりと粘度を持つような疲れを振るい落すように、ギシギシと煩い安物の椅子へ乱暴に座った。
 一人の男の死が、二人目の死者を生み、この先どうなる?
 新たな死者を生むのか? 果たして、何の為に?
 考えるべきことは多かったが、時間はあまり無いような気がした。 犯罪者は、一度味を占めると、罪の味を我慢できなくなるものだ。
 だが、今回の加害者は? 果たして、俺が今まで相対した者達と同じだろうか?
 現場に証拠を残さない犯罪者は確かに居る。
 全身の毛と言う毛を剃り落とす者、自ら指先を切り裂いて、継ぎ接ぎだらけの新しい指紋を作り出す者、病的なまでに殺しの現場を清掃する者。
 それは一種の性癖の様なもので、犯罪者の、現場に対する歪んだポリシーの様なものだった。
 だが、人が生まれ、生きれば、必ず痕跡が残る。 これまでの多くの犯罪者はそうした証拠、他人の目であったり、交友関係であったり、もしくはその存在そのものであったり。
 そういった物が、必ず犯罪者の正体を明かしてくれた。 だが、今回は?
 交友関係も、目撃者も、何一つ有力な手がかりにはならない。 ましてや、殺しの道具が薄汚いメダル!
 全く意味が分からないし、どこまでも不可解だった。
 俺はデスクに山積みになった無用の紙切れを丸ごと、備え付けの小さなアルミのごみバケツげ突っ込み、今まで見つけた『手がかり』であろうモノを纏めたファイルを広げた。
 何度見ても、変わり映えしない、僅かな事実と謎ばかりがあった。
 通路を歩く他の刑事の足音さえ鬱陶しく感じる程に、不甲斐ない自分自身に対するもどかしさが込み上げる。
 正直、今すぐに自分をぶん殴りたい気分だった。 もしかしたら、何か閃くかも知れない。
 そんな事を思った時だ。

 ガサッ。

 と派手な音が、俺の鼓膜を殴りつけた。
 俺は瞬時に腰のホルスターから拳銃を引っこ抜いて、その音の方向へ照準した。
 その音が、あの不気味なゴミ回収の男の携える、乳白色のゴミ袋の音に他ならなかったから。
 それは確かに間違いではなかった。
 我に返った時には、馬鹿に目立つ黄色いレインコートの様な制服を着た清掃員が、丁度俺のデスクの脇へとごみ箱を戻す所だった。
 男は僅かに不信感と、それから物騒な、と言わんばかりの嫌悪の表情を目に乗せて、俺のデスクを去って行った。
 男の押すゴミを満載したカートの音だけが、僅かに耳に残る。

「黄の……を……たか?」

 カートの音は、その声を、俺の耳に届かない様霧散させた。

*  *  *  *

 自分が眠りに落ちたことは覚えている。 だが、何故こんなにも苦しくて、灼熱の痛みが四肢を苛むのかが分からない。
 視界は乳白色で塗りつぶされており、不快な揺れが全身を襲っている。 時折目に入る自分の腕が、本来ならば向くはずの無い方向を向いている事が気になるが、それ以上に、自分の髪や背中、もしくは視界に入らないあらゆる箇所が、じっとりと重たく濡れていることが神経を逆撫でる。
 そうして、意識がはっきりしてくるにつれて、不快な臭いが、赤錆びた鉄くずを放置したような臭いが鼻腔を刺激する。
 嗚呼、これは血の匂いだ。 そう理性が声を上げる前に、俺の体は宙を舞った。
 フローリングの冷たい床に派手な音を響かせて、俺は自分の頭部がごろり、と音を立てて転がるのを意識した。
 嗚呼、そうだ、あの夢だ。 いつもの、あのクソッタレな夢だ。
 俺の体はバラバラで、無理矢理引き千切られた様な手足が唐突に激痛を呼び起こして、それでも俺の視線は一点を見つめる。
 いつもそこで、怯えている男を、ただじっと見つめる。 もう死んだはずの、メダルによって窒息死したはすの男を。
 彼は怯えて、だが俺は何も出来ずに、ごみ袋を携えた腐乱死体の様な男の掠れた笑い声を聞く。
 この夢を最初に見たのはいつだったろうか。 彼は死んだはずではなかろうか。 そもそも俺は何故生きているのだろうか。
 目まぐるしく浮かぶ疑問は、総て『夢』の一言で片が付いた。 それなのにどうして、こんなにも痛く、苦しいのか。 自分は殺されたのか? 死に切れぬ死体と成り果てたのか?
 訳が分からなかった。
 俺は絶叫を上げ、唇を食い破り、この夢を脱するために出来ることを何でもやった。
 毎夜、同じことだ、その繰り返しだ。
 唯一つ、今夜は、普段聞き取れない、醜悪な声が鮮明に聞こえた。

「黄の印を、見付けたな」

 その声はまるで死刑宣告の様だった。
 内容ではない。 既に死体と化している俺は、今始めて、本当に殺されることを言い渡された。
 理性や認識ではない、もっと深い部分。 安っぽい言い方ではあるが、魂が命じられたような、絶対的な死の宣告。
 ぐしゃりと不快な音を立てて、俺の頭部が潰れた。
 頭部が潰れながら音が聞こえる。 血と脳漿が飛散した音が聞こえる。 飛び出した眼球が壁に当たって潰れる音が聞こえる。 頭骨が砕けて、表皮や筋組織ずた袋の様に引き裂く痛みを感じる。
 そう、これは、夢なんだ。

*  *  *  *