複雑・ファジー小説

【終幕に向けて】ケイオズミックス・ホラーズ【8話更新】 ( No.17 )
日時: 2014/07/03 22:10
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: DgbJs1Nt)


1-9

*  *  *  *

 気が付くと、俺は変わらずに署内のデスクに居た。
 安物の椅子に腰を下ろして、何かに怯える様に拳銃を握り締める。 三十八口径のホーローポイント弾はいつでも俺を守ってくれた。 自分以外に、唯一信頼できる物だった。 なのにそれが、今は何処までも頼りなく思えて仕方が無い。
 だが、あれは夢だ。 夢以外の何物でもない。 そして、その夢はもう覚めたのだ。
 俺はそう自分に言い聞かせ、デスクの上に証拠品のメダルが置いてあることを確認した。 誰かが検死室から持ってきたのだろう。
 黄色い紙袋から取り出して、丁寧にビニール袋に入れられたそれを、俺は今初めてじっくりと観察する機会を得た。 何てことは無い、ただの薄汚いくすんだメダルだ。 手のひらに丁度収まるそのメダルが、何故殺しの道具に使われたかはわからない。 ただ、それが今俺の手中にあることだけは確かだった。
 ふと、嫌な雰囲気を察した。 何があるわけでもないのに、小さい頃は怖かった地下室の様な。 もしくは、雨降りの深夜に訪れる検死室の様な……。
 俺は瞬時に拳銃を握りなおして、視界を掠めた影に向かって一発撃った。 相手が誰でも、もはや構わなかった。
 恐ろしいほどに頼りない銃声は、しかし確かな反動を以て手首を震わせ、それから俺の心までもを揺さぶった。 俺は続けて撃った。 何度も何度も。 撃鉄が虚しく空打つ音がしても、何度も引き金を引いた。

「黄の印を、見付けたな」

 嗚呼、そうだ、夢は覚めてなんか居ない! こいつは絶対に死なない。 何度もやってるじゃないか! 俺は毎晩こいつに銃弾を撃ちこんでるじゃないか!
 今にも腐り落ちそうな唇を歪めて、そいつは繰り返し呟いた。

「黄の印を、見付けたな」

 吐き気を催すしわがれた声で、そいつは言った。 それから、その醜い唇を悪魔的に吊り上げて、一歩踏み出した。
 俺は慌てて拳銃に弾丸を込めなおして、もう一発撃った。 弾丸は見事にそいつの首の付け根を吹き飛ばす。 腐ったかぼちゃを撃った様な、乾いているのに粘度を含んだ様子で、そいつの首の肉片が散った。 だが、血は出なかった。
 六発分の穴が開いた黄色いレインコートにも、一切血は付いていない。
 そいつは嘲笑うかのように俺の手から拳銃をもぎ取って、濁り切った目でその拳銃を眺めた。
 それから先の事は覚えていない。 ただ、最後の一瞬、そいつの手が俺の首を掴んで、ぐしゃりと肉と骨がつぶれる音がしたことだけは覚えている。
 だが今の俺が理解できることは、全身を襲う地獄の苦しみと、視界を埋めるガサガサと耳障りな音を立てる乳白色のビニール袋だけだ。

*  *  *  *

 現場は慌ただしかったし、どいつもこいつもうんざりしていた。 それから、全く不可解だと呟いて歩いていた。
 警察署内で刑事が殺され、犯人も動機も凶器も分からない。 ただ全身をばらばらにされた死体が転がって居ただけだ。 そう、俺の先輩は殺された。
 だが犯人は? 俺にもさっぱりだ。 動機は? さあね、刑事は恨まれるものだし。
 ただ、ここの所かかりきりだった、変死した兄弟の死が関係していることは確かだった。 だが一体誰が?
 俺がデスクに証拠品を持っていった時、彼は突っ伏して転寝をしていた。 それから十分と掛からずに、誰がこんな風に、こんな場所で、ベテランの刑事を殺せる?
 とても人間技とは思えなかった。 だから、俺は復讐心から正常な判断が出来なくなる、との理由で捜査を外されて、内心でほっとしている。 あんなのは、ヒトが出来る犯罪じゃない。
 俺は無神論者だし、悪魔も信じていないけれど、誰の目に見ても人間が出来るとは思えない。 俺は気が滅入って、頭を抱えて、とりあえず追い出された廊下でコーヒーを啜った。
 時折、清掃の為に出入りしているゴミの回収業者が、封鎖された事務所を眺めてコソコソやりながら通り過ぎた。
 俺は不謹慎だぞ、と言う言葉を飲み込む代わりに、ぎろりと一瞥をくれてやる。 奴らはそれに気付くと蜘蛛の子を散らす勢いで去っていった。

「お疲れ様です」

 去り際に掛けられる申し訳程度の挨拶に、俺も小さく「お疲れ様」と返して、その"青い"レインコートの背を見送った。


Fin.

-----【黄印を追うモノ】閉幕-----