複雑・ファジー小説

Re: ケイオズミックス・ホラーズ(短編詰め合わせ予定) ( No.4 )
日時: 2013/04/08 05:54
名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 9AGFDH0G)
参照: 嗚呼、来ないでおくれ。


  1-2:

*  *  *  *

 数日後に行われた弟の葬儀は、何とも言い難い異様な空気の中で行われた。
 恐怖と憧憬、正反対の様でとても似通った視線に見送られる弟を、私は穏やかならぬ心境で見守る。
 弟の携帯からよくかけている番号へ電話を掛け、弟の訃報を伝えると、そのほとんどすべての人間が言わずして「やはりな。」と言う態度をとった。
 電話を掛けた内の殆どは友人で、職場の同僚は僅かに一人だけ。 聞けば弟は一ヶ月ほど前に突然仕事をやめてしまったらしい。 会社の人間は一人として葬儀に来ていない。
 しかしまた、弟の死が不可解なら葬儀も不可解、言ってしまえば電話の履歴も不可解だった。
 弟は専ら掛けるばかりで、受信履歴は非通知ばかり。 私が留守番電話の録音を聞いてから掛けた記録以外は殆ど非通知からの着信で埋め尽くされていた。
 これでは隣で刑事が浮かない顔をしているのも頷ける。
 彼は弟の死を調査する過程で、私が天涯孤独の身になってしまったことを知り、わざわざ足を運んでくれたのだ。
 彼の存在が、今はとても心強かった。 もしも私一人きりだったなら、きっとこ弟の友人達の放つ異様な空気に圧倒され、生きた心地がしなかったことだろう。
 段々と葬儀も終わりを迎え、花を手向け、柩に土がかけられる。 そんな時、私は向かいに立つ男と目があった。
 その男は、小柄だがふくよかで病的に蒼白い肌をしていた。 だが重要なのはそこではない。 その男の顔は安置所で私に笑って見せた、あの醜悪なゴミ収集の男の顔だった。
 驚愕の余り目を瞬くと、すでにその男は見当たらない。 私は恐ろしくなって周囲を見渡した。
 しかし、誰もその男が存在していたことにさえ気づいていない様子だった。 突然挙動不審になった私を刑事が訝しむ。

「どうした? なにか弟さんの死で思い出した事でもあるのか?」

 刑事の声に我に帰った私は、無言で首を振った。 妙に冷たい汗が背中をゆっくりと、粘度さえ含んでいそうに緩慢に流れ落ちるのを感じながら。
 私はその夜から、不快極まりない悪夢を見るようになってしまった。


*  *  *  *


 その夢は必ずそこから始まった。
 寝室で床につく私は、ソレが腹の上に乗る衝撃で目を醒ます。 それは夢の中での話だ。 現実での私はベッドの上で魘されていることだろう。
 一切の加減なく私の腹の上へ全体重を預けるソレは、酷く恐ろしい風体をしている。
 真っ黒な全身はまるで風化したゴムのような質感で、酷く摩擦するのに、触れればボロボロと崩れ落ちそうな程乾燥している。 とても粉っぽい。
 背中には壊死した様に傷付いた蝙蝠に似た羽が有るが、四肢は人間のそれだ。 尻にはそれだけが独立した意思を持つかのように暴れまわる細い尾があるが、その化け物の中で最も恐ろしいのはそれらではない。
 その黒い化け物の頭部には顔がなかった。 それはとても恐ろしい事だ。
今までに話に聞いたどの様な怪物より、教えの中に出てくる残虐非道な悪魔よりも遥かに排他的だ。
顔は人が他人を識別する目印であり、表情から感情を察する通訳あり、人が自分を提示する個性だ。 それが黒々と塗りつぶされて、存在しない。 とても恐ろしい化け物だ。
 そいつの粉っぽい手がそっと伸びると、その先に付いた鉤爪が私の頬に触れる。
 そしてそいつが私の首を両手で押さえつけると、決まって足音が聞こえてくるのだ。 ゴム靴を引き摺る様な緩慢でだらしのない、それが一層不快で恐ろしい足音が。
 足音の主が私の寝室の前、ドアの前で止まる。 もうわかっているのだ、私が奴の正体を、その醜い顔を知っているのを。
 それを知りながら、奴はドアの前でガサガサと耳障りな音を立てて恐怖を煽る。
 そのうち、ドアが開いた。 嗚呼、奴だ、奴が入ってくる。
 黄色い制服を着て、ブヨブヨとした手に巨大なゴミ袋を握った、安置所ですれ違ったあの男が、弛んだ蒼白い顔に醜悪な笑みを浮かべて部屋に入ってくる。
 腐りきった様な飛び出た目が私を凝視し、今にももげそうな弛んだ唇が窮屈そうに口角を吊り上げる。
 そして奴はいつもそうするようにゴミ袋をの中身を引っくり返す。 出てくるのはいつもあの刑事の残骸だ。 無惨に引き千切られ、血は流れきり、バラバラに解体された刑事の屍だ。
 その凄絶なまでの攻め苦を与えられた四肢とは対照的な生々しい頭部が、魂を抜かれた様な虚ろな断末魔を留めた顔が、まるで意思を持つかのように私の顔を眺める。
 あまりの恐怖に息を呑み、視界の飛びそうな私を見て、黄色い制服の悪魔は満足そうに一歩私に歩み寄った。
 そして、いつもそうする様に私に何かを問いかける。

「黄の……を……たか?」

 恐怖に半ば意識を失っている様な私に声は聴こえない。
 白む視界が捉える男の醜悪な唇は、その問いかけの僅かな断片だけを私に伝えた。
 知る必要のない、絶望的な恐怖と共に。
 夢は必ずそこで終わった。