複雑・ファジー小説
- Re: ケイオズミックス・ホラーズ【5話いちほ】 ( No.8 )
- 日時: 2013/09/20 10:08
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 49zT4.i.)
1-5(7/23解禁)
* * * *
気付くと私は不毛な大地に足をついていた。
砂漠と言うよりは遺跡の様な、風化し、その歴史の長さと悲劇的終焉を現世に留めんとするかの様な石畳を、うっすらと砂とも灰とつかぬ灰塵が覆っている。
それらは風に運ばれて私の頬や髪を撫で、傾きひび割れた石柱と抱擁し、果てがあるともわからぬ虚空へと旅立つ。
兎に角、寂寥感が充ちた場所だった。 勿論私はその場所を知らないし、そもそもこの世のものにしては余りにも朧気だ。 空に敷かれているのは夕暮れの様な淡い瑠璃色なのに、それを埋める無数の星々は手が届く程に近い。 傾いた"尖塔"の前を小さな太陽が横切り、目の前で薄い灰の輪を持った星が弾ける。
ふと、私は足下に何かが埋もれていることを知った。 それはくすんでいながら尚鈍い輝きを持ったメダルの様なものだった。
拾い上げ、それをまじまじと観察した私は、それに映る霞んだ影に気づいた。
誰かが、いや、何かが舞っている。 はっとしてそちらへ目をやった私は、危うくそのメダルを取り落としそうになった。
——それは美しい光景だった。 そして恐ろしい光景だった。
灰塵の舞う不毛な"過去の歴史の遺物"の中心で、擦り切れてこそいるが色彩鮮やかな黄衣と、グリム童話の挿し絵の様な白い仮面を纏った何かが、二つ浮かんだ月の下で、ただ黙々と舞い踊っていた。 その周囲を、千切れかけた羽根を有する猫背で不恰好な何かが傅いて見守っている。
当然、私はその二つ浮かんだ月の片割れがアルデバランであることなど知らないし、風の音も息遣いも聞こえないことにさえ気付かない。 私の意識は、其処に在って復無いのであった。 だが勿論、私にはそんなことはわからない。
暫く呆然と、観る者によっては恍惚と、と表現されそうな程にその黄衣の主の舞を見つめていると、主は、ソレは、余りにも美しく舞を終えた。 はためく黄衣が美儷な余韻を漂わせる。
そしてソレは私を見た。 そうして、薄く笑った。
蒼白の仮面に隠されてはいたが、私には確かにソレが妖しく微笑んだ事がわかった。
その瞬間、黄衣の主に傅いて居たモノどもが私の方を振り返った。
モグラの様な犬の様な、背格好はヒトのそれに近いが楔形の鼻先は四脚獣の様に見える。 異様に長い腕の先は、屈み込む様な猫背であることを差し引いても膝下に届きそうだし、その手には分厚い鉤爪が無造作にくっついている。 爪を除けば一見して大型の霊長類に見えなくもないが、背に無造作にくっついている壊死したような、とても何かの役に立つとは思えない蝙蝠の様な羽根が、ソレを酷く気味の悪い生き物に仕立てている。
だが、人がソレを見て言い様の無い嫌悪感を感じるのは、やはりソレが僅かにでもヒトに似通った部位を有しているからだろう。 少なくとも私はソレの目は知性を有した、私が"何"かぐらいは理解できる程度に知性の有る目に見えた。 そのヒトとの類似性が、醜悪さに輪を掛けていると感じた。
それでも、不思議なことに私は嘔吐にも失神にも至らなかった。 ソイツらが私の周囲をぐるりと囲み、忙しなく爪と羽根を震わせ、騒がしい音を嫌になる程立てても、何故だが私は冷静だった。 十匹近いソレらに囲まれているのに、相変わらず音が無いことも、何故だが冷静に受け止められた。 その理由は私にもわからないが、例えここで死ぬにしても、弟の死にはコレらが関わっている。 その真相を知らずには死ねない、そう思って居るのかも知れない。
ふと、黄衣の主が私の前に舞い降りた。 降ってきた様にも、湧いて出た様にも、最初から其処に居た様にも感じられる。
黄衣の主は、もう一度笑って私の手を持ち上げた。 手の内にはあのくすんだメダルがる。
暫くの間、私と黄衣の主はただ黙ってそのメダルを握る手を見つめた。 黄衣の主がそのメダルに何を見いだそうとしているのかは分からない。
不意に私の脳裏に、鼓膜ではなく直接脳に話しかけるような不愉快な響き方で、キーキーと騒がしい声が聞こえた。
「お前はソレを見付けた、恐怖の象徴を見付けた。 もうお前はソレを手放せない、何故ならソレはお前の感じた恐怖と絶望の象徴だからだ。 ソレは、然るべき者の手に渡らねばならない。 お前を介して。」
その声が、黄衣の主でないことはすぐにわかった。 周囲で不気味な有翼生物が音もなく爪を鳴らして口を開け閉めしていたからだ。
だが私がそれに対して何か反応をする前に、その不気味な生物の腕が私を捕らえた。 私の足は瞬く間に寂しげな灰の大地を離れ、無数の星々の間を抜け、歪んだ太陽を突き破り、そうして私の意識は宇宙の闇と混沌に飲まれた。
* * * *
——気付くと私は変わらずに携帯電話を握りしめた姿勢でベッドに座り込んでいた。 特別異常はないが、携帯電話から「どうした? すぐに行く!」と焦りを含んだ刑事の声が聞こえた。 応えるよりも早く、通話が切れる。
ぼんやりしていたようだ。 弟が死んでから可笑しな事ばかりだし、ここ数日は忙しなく働いた、そこに黄衣の王が転がり込んで来たのだ、妙に冷たい脂汗が背中を伝うのも、必死に呼吸を繰り返しているのに息苦しいのも、そのくせ心臓だけは溶け落ちそうな程に熱をもってうるさいくらいに鳴っているのも、仕方の無いことだろう。 発狂してもおかしくない、私は少なくとも動揺こそすれど正気を保っている自分がほんの少しだけ誇らしかった。
何とも満たされたような、達成感の様な何かを感じていると、急速に睡魔が襲いかかってきた。 僅かにだけ悩んでから私はベッドへ転がり、ゆっくりと目を閉じる。 刑事はすぐに向かうと言っていた、彼が起こしてくれるだろう。
ここ数日の労働と恐怖と動揺と、他の色々な言い知れない物を忘れ去ろうとするかのように、私は深い眠りについた。
——何も、何も考えずに眠りに落ちた。