複雑・ファジー小説

Re: 姫をさらったのに誰も助けに来ない件 ( No.1 )
日時: 2013/06/02 18:09
名前: 茅 ◆ge5ufvrJxw (ID: bhOvtj9N)




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「く…くそォ…!!」
「…あの、お気持ちは解ります。どうか気を取り直して下さい」


豪壮な城のとある一室で、魔王と謳われる男が悔しみに肩を震わせ膝を付いていた。
その傍らで、キングサイズのベッドに正座している王女という身分の少女が魔王に対して慰めの言葉をかけていた。

何故そんな何とも言えない光景になってしまったのか、それは王女の発言が原因であった。



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羊乳プリンを食べるのに夢中な王女を魔王は肩に担いで自国へ戻ったはいいものの、
いつの間にやら王女はすやすやと寝息をたてて眠ってしまっていた。
あまりにも幸せそうに眠るもので、起こしては悪いと判断した魔王は自室のベッドへ王女を運び、そこへ寝かせることとした。

それから王女の目覚めを大人しく待つこと30分。
「ん…」と王女は小さな声を漏らしながら体を起こすと、焦点の定まらない目で辺りを見渡す。
目に入ったのは魔王の姿だ。


「ふん、やっと起きたか。目覚めはどうだノアリット姫」
「…まぁ…なかなか良い感じです。ベッドがふかふかで」
「……そ、そうか」


まさか自分のベッドを褒められるとは思ってもみなかった魔王は少し驚きつつ、どこか嬉しそうに小さく頷いた。


「…あの、ところで貴方は?ココは何処ですか?」
「あッ…そうだった。俺は魔王ヴァル様だ、そしてココは俺の城」
「魔王、ヴァル…。なるほど、私攫われたってことですね」
「そうなるな。悪いが貴様には人質となってもらうぞ」


にやり、と魔王らしく悪い笑みを浮かべてみせるヴァル。


「人質ですか…それはつまり勇者を待ちかまえると」
「ああそうだ。まぁ俺様がぎったんぎったんにしてやるがな」


そう堂々と宣言して高笑うヴァルを他所に、ノアリットは深刻な顔でおずおずと口を開いた。


「あの…大変申し訳ないんですが、私の国、勇者とかそういう人いないんです」

「……え?」



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「ぎったんぎったんにするとか言ってぎったんぎったんにする相手がいなければぎったんぎったんも糞も無いではないか!」
「ぎったんぎったんうるさいです」


大の大人が騒ぐ様を見てノアリットは小さく溜め息をつくと、「それで」と言葉を続ける。


「私はどうするんですか、帰してくれるんですか?」
「せっかく攫った王女を安々と帰す馬鹿がどこにいる!帰すわけがないだろう」
「じゃあ監禁でもするつもりですか。助けにくる勇者もいないのに」


ノアリットの的を射た発言に、ヴァルは返す言葉を失う。

しかしココで帰してしまったら今までの努力は何だったのだ、
羊乳プリンも奢ってやったし自力で王女を運ぶのに結構な労力を費やした。
更にはベッドで寝かせてやり挙げ句の果てには起きるまでずっと傍で待ってやった!
結果、ヴァルはノアリットに割と紳士的に尽くしていたのだ。


「王女は14歳と聞いた。対して俺は二十代、まるでロリコンの様になってしまっているではないか…」
「…何をブツブツ言ってるんですか、ヴァルさん」


ヴァルは何かを決心したように大きく息を吐くと、
膝を付いた状態から勢いよく立ち上がりノアリットを指さした。


「いいだろう、こうなったらしばらくの間世話をしてやる。ロリコンではないがな」
「……はい?」
「今は勇者がいなくとも、娘が攫われたと気付いたなら王はいくらでも勇者を集めるだろう。それまでココにいろと言うことだ」
「え、あの…」
「安心しろ、牢獄に放り込んだりはしない。そうだな、特別に俺の部屋の隣を貴様の部屋としてやる。荷物置き場だが片付ければ何とかなるだろう」


そう言うなり、ノアリットを置いてスタスタと部屋を出ていくヴァル。
その背中を呆気ない表情で見据えるノアリットは、頭に疑問符を浮かべゆっくりと首を傾げた。


こうして、魔王と王女の魔王城生活が始まる。