複雑・ファジー小説

Re: 姫をさらったのに誰も助けに来ない件 ( No.15 )
日時: 2013/06/09 23:19
名前: 茅 ◆ge5ufvrJxw (ID: 3/dSGefI)




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濃紺の空に黄金の満月が浮かぶ夜10時。
魔王ヴァルの部屋の前に立つ一人の青年は、扉をノックするとコバルトグリーンの瞳を明るく輝かせて息を吸い込んだ。


「ヴァル様!このシオ、ただいま戻りました!」


元気の良い声でそう発すると同時に内側から扉が開き、
鉄製のそれに顔面をぶつけられたシオと名乗った青年は「へぶっ」とその場へ倒れ込んだ。
部屋から現れたヴァルは、いかにも怒ったような顔つきでシオを見据える。


「うるさいぞシオ、ノアが起きてしまうだろう」
「そ、それは申し訳……、へ?ノア…とは?」


さてはヴァル様、また捨て猫でも拾ったのか。とシオは小首を傾げながらゆっくりと立ち上がる。


「ああ、紹介するのは明日にするとしてだな。よく戻ったなシオ、サラス島はどうだった?」


ヴァルはそう問いかけながらシオを部屋の中へ促すと、扉を閉め黒革のソファへと腰を下ろした。
先程よりも一層瞳の輝きを増したシオはその傍らに立ち、ベラベラと喋りだす。


「それがもう楽園のようでして!海は綺麗で果物が美味しいのは勿論、美少女もたくさんいました!」
「なるほどそれは楽園だな。今年の慰安旅行はサラス島で決定としよう」
「はいっ、ヴァル様も満足頂けること間違い無しでしょう!
 …あ、そういや聞いてくれますか、そのサラス島で起きた…」



ヴァルとシオのサラス島談義は、深夜1時まで続いた。















「ふあ…昨日は遅くまで喋り過ぎたなぁ…」


翌朝。5時丁度に目が覚めたシオは、大きな欠伸をしながら部屋の扉を開ける。
それと同じタイミングで、隣の隣の部屋の扉も音を立てて開いた。

…む?
自分の隣の部屋は、自身が側近として仕えるヴァル様の御部屋。
その隣の部屋は確か荷物置き場となっていたはず…何故こんな早朝にその扉が開く?

未だ完全に覚めない頭で考えながら、ぼやけた視界のまま荷物置き場の開いた扉にもう一度目を向ける。
するとそこに映ったのは、


「おはようございます」


こちらへ向かって挨拶をする小さな少女の姿。
その瞬間、シオから眠気という単語が吹っ飛んだ。


「なッ…何者だお前!」
「えっと…ノアリットと申します」


ノアリット…?ノアリットって、もしかして、いやもしかしなくても。
サナシア国の王女の事か…!?


「ヴァ、ヴァル様ァァァ!!」


シオはヴァルの部屋の扉を蹴り倒すと、ノアリットの首根っこを掴んでずかずかと室内へ上がり込んだ。
扉の倒れた音に吃驚して目を覚ましたヴァルは、いまいち現状を把握出来ずうろたえる。


「なんだいきなり、俺の起床時間はまだだろう!」
「ヴァル様、貴方なに他国の王女を普通に!魔王城の!部屋で!生活させてんですか!」
「あの、首根っこ掴むの止めてくれませんか。服伸びるんで」


三人共に、話す内容がバラバラである。


「待てそれには理由があるんだ、とりあえず首根っこを掴むのを止めてやれシオ」
「…理由とは?」
「ちょっと伸びてる…」


かくかくしかじか、とヴァルが経緯を説明すると、
シオは納得したようなしていないような何とも微妙な表情で目を伏せた。


「昨晩ノアと言っていたのはノアリットの事だったんですね…」
「ノアリットでは長いだろう、だから簡単にノアと呼ぶことにしたのだ」
「そこ聞いてないです別に」
「そうか」



魔王城の朝は、こうして少しだけ騒がしく始まった。