複雑・ファジー小説
- Re: 姫をさらったのに誰も助けに来ない件 ( No.16 )
- 日時: 2013/06/16 00:53
- 名前: 茅 ◆ge5ufvrJxw (ID: u5ppepCU)
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騒がしかった早朝とは一転、大広間ではヴァルとノアの優雅な朝食タイムが繰り広げられていた。
ミルクと砂糖を多めに入れたコーヒーを飲むヴァル、
メープルシロップのたっぷりかかったパンケーキを頬張るノアリット。
そんな二人が並んで席に座っているのを見て、シオは不服そうにやや顔をしかめる。
何故敵国の王女がヴァル様の隣で平然と朝食をとっているのだ、と。
そう思いながらノアリットの背中を軽く睨むにも彼女自身は全く気付かず、パンケーキを飲み込むとちらりとヴァルの横顔を伺った。
「あの、ヴァルさん」
「ヴァル様に気軽に話しかけるな小娘」
さん、に被せるように早口気味で邪魔をしたものの、「別に良い」と言うヴァルの一言でシオはむすりと押し黙る。
「どうしたノア」
「その…何でそんな可愛らしいパジャマなんですか」
ノアリットはヴァルの服装を遠慮がちに、しかし遠慮出来ていないようにチラ見する。
黒チェックの柄をしたタオル地のパジャマは、とても魔王という人間が着るような服では無かった。
「こッ小娘、ヴァル様に何てことを!」
可愛らしいパジャマ。それは側近であるシオも常々思っていた。
しかしそんなこと自分は言えるはずもない。
だが目の前のノアリットは戸惑いつつも言ってしまったのだ、可愛らしいと。
慌ててノアリットに突っかかるも、またしても制されてしまった。
「良い、シオ。むしろ褒められているんだろうコレは」
「え…そうなんですか?」
特に褒められてはいないと思うのは自分だけなのか、と首をひねる。
「やはり寝る時はパジャマを着て眠るに限るだろう。
しかしパジャマにも遊び心というものが無くては面白くない、そう思わないか?ノア」
「別に思いません」
キッパリと、そして間を空けずに即答したノアリットを見て、シオはついに固まった。
何でこんなに正直なんだコイツは。気くらい使って頷いてあげてもいいだろ!
そう叫びたかったが、ぐっと押さえ込む。
「…そうか。だが私はそう思っている。だから柄の洒落ているものを選ぶというわけだ」
「へえ、そうなんですね」
小さく頷きながら、ノアリットはココアの入ったカップを口につける。
シオはそんな彼女を見て、話聞いてないだろコイツ。なんて思いながらも何故か言えぬままただ立ち尽くしていた。
「そうだ、確かノアの服は今着ているものだけだったか」
「あ…言われてみればそうですね」
ヴァルはノアの服に目を落とす。
白と薄紫を基調としたいかにもお姫様らしいシフォンドレスだ。
この服一枚だけでは生活出来るわけがない。
そう考えたヴァルは、デザートのオレンジシャーベットを口に含めば二、三回頷く。
「よし。シオ、今から出かける支度だ」
「一体どこへ?」
「無論、市場」
魔王城へと続く丘を下れば、たくさんの市場が栄えていた。
規模や品揃え、それは市場が盛んと有名なパラ国に劣らぬ賑やかさだ。
何故いきなり市場へ行くと言い出したのか、少し考えれば簡単に分かることだった。
ノアリットの服やその他必要なものを自分が荷物持ちさせられる近い未来を予想して、シオは諦めた様子で「はい」とだけ返事した。