複雑・ファジー小説

Re: はきだめと方舟 [短篇集] ( No.12 )
日時: 2014/02/20 21:37
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: wgp3kh6n)



 目を覚ましたとき、僕は薄明かりが差し込む狭い部屋に居た。


 周りに居るのはきっちりとスーツを着た屈強な男達。けど、簡単に死んでしまうのだろう。なにかで体を防護したとしても、首は防護しきれないのだから。


「君が電車に乗っていたとき、あの男は居たか」
「何、突拍子もないですね」


 まだ眠いんだよ、僕は。
 そう文句を言う積りだったが、思い切り事務用机を叩かれ、タイミングを逃してしまった。仕方無しに、正面に座る男と、僕の右側で腕を組んで目を閉じている男を見つめる。背広に付けられた金色のバッジから、二人が警察官であることがわかった。つまり、僕は今警察署に囚われている。
 塔の上に住むラプンツェルみたいだな。あんなに髪は長くならないけど。
 下らないことを思っても、一向に笑えるような気分にならない。実に詰まらないのだ。


「もう一度聞くが、お前が電車に乗っていたとき——」
「簡潔に言って下さいよ。僕が人殺したかどうかでしょ。今必要なのは、違います?」


 呆れながら言葉を吐けば、正面に座る男は不機嫌さを前面に現してきた。おうおう、君は雄雄しいね。ポーカーフェイスの裏で、僕は笑い転げていた。簡単に怒りのツボを抑える事が出来たことと、相手の短絡すぎる思考回路に。その単純さのお陰で、罪を悪。そう感じているのであれば、彼にとっては、素晴らしい性格なのだろう。けれど、一生結婚は出来そうに無いな。そう思い、男の左手薬指に視線を送る。思っていたとおり。結婚指輪は無かった。つけていた形跡も無いところから、結婚はしていないのだろう。


 そろそろ疲れてきた。


 そう感じたのは、取調べを受けてから体内時計で三十分経ってからだ。実際、どれくらいの時間が経っているかは分からない。一向に開放してもらえる様子は無く、同じような質問をぐるぐると繰り返す。迷宮となった森の中で、記録係を含めた男三人と心中なんて物は、嫌でたまらない。


「これ、任意なんでしょ。そろそろ帰りたいんですけど」
「名前、住所、年齢、性別。この紙に書いていけ」


 ぶっきら棒な口調で、雑に机の上におかれたプリント用紙に、ざっと目を通す。小さな文字で何か書かれていないか。可笑しな項目が無いかを、確認する。それが大丈夫だと知ってから、僕は必須事項の記入を進めていく。


 名前、柊雅人。住所東京都練馬区。年齢、知らない。性別、男。


 そう記入した紙を裏返しに置き、その上に自分の手を載せる。不服そうな表情をした男に、僕は笑顔で聞く。


「家、帰らせてもらえますよね」


 何かを聞き足らない。そういう様子だったけれど、男達が釈然としないまま僕は開放された。外に出て、出入り口へと向かう。入って直ぐの小さなカウンターには、沢山の警察官。腐ったパンに湧く蛆虫みたいだ。うにうに、うにうにうにうにうにうに。気持ち悪すぎて吐き気を催してしまう。
 人が多すぎる場所は嫌いだ。心の底からそう思うのは久しぶりであった。だから桜を見るときも、わざわざ人気の少ない里を選んだのだ。溜息を吐くついでに目を閉じると、瞼の裏に君が映る。僕を唯一愛してくれた、僕が唯一愛していた、たった一人の異性であり僕の理解人でもあった、警察の総監の娘。

 可愛くて、正義を貫いていた。今の僕には不釣合い過ぎる相手。その君が、驚いたように僕を見やり、また、笑顔であの日の約束を口に出す。


 ——次会う時、私は警察。君は君の夢をかなえてね。


 馬鹿馬鹿しすぎて笑ってしまう。君への謝罪の言葉も思いつかないままに、僕は足を止める。目を開けば、僕の視界には僕が犯した罪の数々が並んでいた。いつも僕を監視していたように、鋭い眼光。凍てつく寒さを持っている。それが、酷く心地良いのはどうしてだろう。後ろから、斜め後ろから、声を掛けてくる男達の言葉なんか、鼓膜を振動させることも叶わない状態のまま、僕は懐からAMTオートマグを取り出す。
 ざわつき、僕を取り押さえようとした瞬間に、僕は乾いた音を鳴らした。瞬時に、全員の動きが止まる。同時に、僕も動きを止めた。熱い熱い。けれど素晴らしい世界が、広がっていた。たった数十gの魂が、僕の中から抜けていく衝動。支えの筋肉も無くなった状態で、僕は崩れ落ちていく。



 最後にたった一つ「A」のメッセージを残したまま。






 ■咎人


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 僕を呼ぶ名前が、最後に聞こえた気がした。この場所に居るはずの無い、あの時の彼女。
 大好きだったよ、愛莉。大好きな、愛莉。

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以前書いていた【咎人】の原案になったもの。
色々、書いていたんだなー。
参照1000突破、有り難う御座いました。