複雑・ファジー小説
- Re: はきだめと方舟 [短篇集] ( No.14 )
- 日時: 2014/02/27 21:39
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: S20ikyRd)
気付けば私の世界は、真っ暗だった。
何をしていても真っ暗闇。耳も聞えなくて、いっつも私は一人ぼっちなんだって思ってる。唯一分かった、人のぬくもりも、感じることが徐々に辛くなってきている私が居る。
「おはよう」
そっと右の頬に慣れ親しんだぬくもりがやってくる。そっと私が、右へと顔を動かすと、優しく頭を撫でられた。私は、この手が大好き。口元に笑みを浮かべれば、その手は私の腕に言葉を書いていく。耳が聞えない私に言葉を伝える手立ては、もうそれしかなくなっていた。
ゆっくりと、それで居て優しく分かりやすく言葉を書いていく指が、たまらなく愛おしい。
かわいいよ。
腕にそう書かれた後、嬉しくて頬を紅色に染めてしまった私の頭を、その手はぽんぽんと触る。なんどかそうして頭を撫でられた後、その手のぬくもりは遠くに消えてしまっていた。いつも、私が伝えたい言葉を紡ごうとしたときに、その手のぬくもりは消えていく。それがとても切なくて、悲しい。
——私の言葉を聴きたくないと言っている様で。感情のダムには沢山の雨が降ってくるみたい。
ぬくもりが居なくなった夜の中で、私は静かに歌い始めた。
歌いながら、私は雨が降っていることに気が付いて驚いた。知らないうちに、私は外に出ていたのね。あのぬくもりが教えてくれた、危ない外の世界に。そう思うと、何故か雨は降り止んだ。
そしてまた、私は歌いだす。
あのぬくもりを想って歌うと、また雨が降り出した。ざあざあと降り、とどまるところを知らない様子はダムが決壊しているのと、あまり変わらない様にも思えた。歌い終わった後に、私は開いていた口を閉じる。壊れたダムは、まだ改修作業も追いつかない。太もも辺りまで被っていた柔らかな布団を掴み、そっと目元へと近づける。
目元の薄い皮膚がぬれていく感覚が、布団を通して私の脳へ伝わった。
「きれいな歌だね」
静かにすすり泣く少女の、閉ざされた瞳から流れる涙が、酷く痛ましいものに見えて仕方が無い。聞えない耳では、俺の声が届かないことも知っている。引き戸が開く音も、俺の足音も、様々な声も、彼女には届かない。
ベッドの直ぐ横、木製の椅子に腰をかけた。いつも俺が居なくなると泣いている声が聞えていた。耳の聞えない彼女に、声の大きさを制限するのが難しいことは知っている。彼女の母が生前言っていた、彼女の好きなダージリンの紅茶をいれるため、買ってきたティーポットにお茶の葉を入れる。ポットのお湯をティーポットに入れると、ふんわりとバランスの取れた香りが俺の鼻腔を擽る。
同じく彼女の嗅覚を刺激したのか、彼女のすすり泣く声は少し落ち着きを取り戻し、ゆっくりと彼女は俺のほうを見た。閉じきった瞳の周りは赤くなり、涙の後がうっすらと残っている。「誰が居るの」とも「いいにおい」とも言わないのは、彼女自身自分の声を制御できないと知っているからだった。
お盆にティーカップを一つと、スティックシュガー一本、ティーポットをのせ彼女のベッドの横にある棚にのせる。カップの半分くらいに紅茶を注ぎ、スティックシュガーを一本入れ混ぜたものを、彼女に渡す。こぼさないように慎重にカップを持たせると、彼女はゆっくりとそれを口に含んだ。
「美味しい? 君のお母さんが生きていたときにね、君がこの紅茶を好きだって言ってたんだ」
聞こえないのは知っている。けれど聞こえていて欲しいと願うのは、彼女を愛しているからだ。もしかしたら彼女は、ずっとこのままで良いと思っているかもしれない。それでも、俺は彼女に少しでも回復して欲しいと感じている。うっすらと笑みを浮かべる彼女の姿が、俺にはおかしなことに聖母のようにも見えた。
俺にとっては可哀想な障害たちも、彼女には障害と感じていないような、そんな感じがする。彼女がどこに置こうか迷っていたティーカップを驚かさないように受け取り、お盆の上に戻す。そして、そっと腕に指をあてた。
もうぜったい、おれは、いなくならないから。
彼女が間違えないように、ゆっくりと一字一字腕に書いていく。
そっと視線をあげてみると、彼女は涙を流したまま、まだ十代の無垢な笑顔を浮かべていた。
「君の夜は明けなくても、そっと俺が支えてあげるから」
そういって俺は、優しく彼女に口づけをした。最初は戸惑っていた彼女の手を、上から優しく包み込む。強張っていた彼女の体は、そうすることで少しだけ力が緩んだ。唇を離して、また彼女の頭を撫でる。
顔を赤くして、彼女ははにかんでいた。閉じた瞳が少しだけ細くなっている。それがとても可愛くて、俺も照れ臭くなってしまった。彼女の柔らかい、栗色の髪を手でとかす。この柔らかい髪が、好きだ。あまり聞くことが出来ない声も、閉じたままの瞳も、全てが愛おしい。
ずっと、いっしょにいよう。
彼女の腕に、ゆっくりと書く。書かれた文字を理解した彼女が、また頬を赤らめ、小さく頷いた。
■君とともに
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君への優しい愛情を。
君に愛しい感情を。
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SSPのほうでも投稿させていただいた作品。
原案は、後日あげますかねぇ……。
SSPはまったり書いてるので、来月頭あたりにあげれるかなぁ。
でも期限がね、終わらないんだこれが。