複雑・ファジー小説
- Re: はきだめと方舟 [短篇集] ( No.20 )
- 日時: 2014/06/24 22:27
- 名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 1866/WgC)
水溜りが日光を反射し、きらきらと輝く。浅い湖に大きなアメンボが一匹。すい、と水面を滑る。優雅に、軽やかに。その動きをじっと見る。もしかしたら、この湖にアメンボが沈んでしまうかもしれなくて、一人でひたすらじっと。
■ある日、道の上で
「何やってんの」
顔を上げれば、棒アイスを手に持った少年が呆れ顔で立っていた。首筋に汗がきらめく。焼けた肌が、体育会系の部活であることを確かな情報にしていた。暑さにアイスは溶け出していて、少年の指を、手の甲を、掌を、汚していく。その様子から目を離し、また、アメンボを見た。蝉が騒ぐ。じっとりと、背中から汗がわき出た。
アメンボって気付いたらいるよな、と少年が言い、隣にしゃがむ。しゃくしゃくとアイスを齧る音が不規則に聞こえた。内心アイスが羨ましくてたまらないけれど、アメンボをじっと見る。観客なんて気に止めず、彼女は楽しそうに、舞う。
「なあ、アイス食べにいこうぜ」
飽きたのか、そう言って立ち上がった少年をしゃがんだまま見た。アメンボに視線を戻す。また、少年を見る。
「アメンボ、沈んじゃうかも」
少年をじっと見て言う。声は不安で少し震えていた。目を放した隙に、何が起こるかわからない。
「大丈夫だって! ほら、行こ!」
折り曲げた膝に乗せていた手を、少年にとられ、立たされる。照るつける太陽が近くなった。青年に取られた手は、ずっと握られたままで乾いたアスファルトの上を進んでいく。少年より少し高い塀の上に、野良猫が何匹も座っていた。肉球は大丈夫かなと、思う。道端では、ミミズが干乾びていたり、それを蟻が運んでいたりと忙しい。
少年の手はじっとりと汗ばみ、熱い。手のひらが火傷してしまうような、そんな気がする。コンビにはアメンボを見ていたところから、大した距離は無かった。少年の背中を見ながら歩いていたら、あっという間に着いた。駐車場には沢山の車と自転車が停まり、店内は普段よりも人が多い。
「好きなアイス選んでいーよ」
少年があけた扉から外に逃げる、心地よい冷気。無機質なチャイムの後「らっしゃいませー」と、緩い声が飛んできた。レジに並ぶ人も多いが、ドリンクコーナーとアイスコーナーの人数とは比にもならなかった。少年は変わらす手を握ったまま、目的のアイスコーナーへと進む。アイスコーナーを取り囲むようにしている人の隙間に、少し無理やりに二人分のスペースを作った。
「ほら、ゆっくり選んでていーよ」
様々なアイスのパッケージが、視界に飛び込んでくる。棒アイス、飲むアイス、小粒のアイスなど様々。少年はもうアイスを決めたらしく、自分の近くにそのアイスを寄せていた。
「それじゃ、あの、チョコ味のアイスがいい」
アイスに向かって、指をさす。少年は笑ってそのアイスを取り、レジに並ぶ。
「入り口らへんで待っててな!」
頷き、入り口付近の雑誌コーナーへ移動する。立ち読みする気にはなれなかったため、色々な本の背表紙を見て暇を潰した。少年がくるまでの短い時間に、何人も人が出入りし、たまにコーヒーのいい香りがした。
「お待たせ、ほい! 溶けるから、早く食べようぜ」
差し出されたアイスを受け取り、店の外に出る。出て直ぐに袋からアイスを出して、口に含んだ。甘い甘いチョコ味が、口の中を満たす。ひんやりとした感覚が食堂を通過し、胃に落ちた。後をひく様にして残り冷えが気持ちいい。
「うめーな」
「うん」
そう答えると、少年はニカッと笑った。白い歯が覗く。今日会ったときと同じで、手には溶けたアイスが滴っていた。先にアイスを食べ終わった少年は、ゴミ箱にささとゴミを捨てる。
「ちょっと手洗ってくるから、日陰で待っててな」
そう言って店内に入っていく少年を見送り、しゃくしゃくとアイスを頬張る。久々に食べるアイスの冷涼感は、蒸し暑い時期には体隅々までも水分が通っていくような感じがする。アイスを全部食べ終わり、ゴミを捨てるのとほぼ同じようなタイミングで、少年が戻ってきた。手には、炭酸ジュースを二本持っていた。
一本を差し出され、受け取る。昔から好きな、とても甘い炭酸ジュースだった。
「それじゃ、行くか。アメン気になるんだろ?」
そう言って、また手を握る少年に「うん!」と返事をする。覚えていてくれたことが少し嬉しくて、思わず声のトーンが上がった。言われてすぐに、アメンボのあの優雅な光景が思い出された。優雅に水面を滑る姿。
数分ほど歩いて、先ほどの水溜りの場所へと戻ってきた。高く上った太陽の日差しによって、アスファルトは更に熱くなっている。そんなことは気にせずに、また、水溜りの前に同じようにしゃがんだ。
水面にアメンボは見当たらなく、やっぱり湖に沈んでしまったのかもしれないと思い、底の方まで目を凝らす。けれど、矢張りアメンボの姿は何処にも無くて、悲しくなった。水溜りは小さくなっていて、もしかしたら消えた水溜りと同じように、アメンボも消えてしまったのかもしれないと思ってしまう。
ふと、少年の気配がなくなった気がして立ち上がり、辺りを見回す。一緒に居たはずの少年の姿は、どこにもない。
「どこ行っちゃったんだろう……」
小さく一言、零した。
湖にも水面にもアメンボが居なかったように、少年も何処にもいなかった。少し気味が悪くなり、少年に貰ったペットボトルを握って駆け出す。急いで家へと向かった。
その後ろで、ニャオ、と猫が一匹鳴いた。
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神隠しの如く、彼女と彼は居なくなった。
猫は知らない顔で、欠伸を一つ。
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久しぶりの短編。2000字超えました。
視点の年齢、性別、そのた容姿等々は全てご想像にお任せいたします。
気が向いたら、ブログあたりで解釈でものせようかな、と思います。
神隠しっていうものは、言葉で言い表せない恐怖がある気がします。
これはそんな、とある夏の一日の話。