複雑・ファジー小説
- 第三章「遠のいた未来.3」 ( No.10 )
- 日時: 2013/08/04 11:41
- 名前: 「遠のいた未来.3」 (ID: vLjWsTsT)
男は確かにそう言った、これは彼女の求めている言葉に違いない、狂おしいくらいに繰り返している世界の中でたった一つの真実に違いない、そういった憶測での事であろう、しかし、返り血をいっぱいに浴びた少女の顔は曇っていた。期待を裏切られたような、そんな子犬の顔をしていたのだ。
「君は....必ずそう言うんだね」
そうして明らかに落胆したような声が狭い部屋に響くのである。男は明らかな選択ミスをした事に気付くだろう、そしてなぜそうなってしまったのかも、である。彼女は何度も繰り返し男と過ごし殺してきた。つまりは、何度も聞いているのだ、そして本当に活かしたい一身で狂ったのならば、記憶を消したりして安全な日々を送れば良い。だが
「君はこういう時になると凄く冷静になる、普段はあんなにも馬鹿なのに」
彼女は違う、男の考えていたような女ではない、しかし、其処までだ、分からない、この女が何を求めているのかを、何を望んでいるのかを。言葉を繋げる女に耳を傾けながらも思考は止らない、何故、と、ならば、が頭の中で反芻され続けているのを感じる。
「とても賢くなる、そして、失敗したのを感じるの」
そう言って、少女は右手を男へと向けるのだ。手を翳すのは魔法を使うサイン、殺されるのだろうか、それとも、また眠りにつくのだろうか、何にせよ感じるのが一瞬ならば苦しくない。そして男は、自身が疲れきっている事に気付かなかった。一瞬彼女の手が光を抱き、男の手首に巻き付けられた縄が灰となって消えた。手が軽くなるのを感じ少々驚きながらも両手を確認する。確かに自由に動かせる、怪我も無いし、全くの無傷だ。
「君は何で私に愛してるって言ったの?」
そして唐突な質問が頭上から降ってくると同時に、頬を柔らかな黒髪が撫でた。不思議と胸の底を掬われるような感覚を覚えて彼女の顔を見上げる。透き通るような美しい二つの宝石が己の瞳を突き破り脳にまで到達した気がした。嘘を付く事を遮られているような、これも魔法の一つなのだろうか、嘘を言う気が完全に遮断されたのである。
「...お前を利用できる材料になると思ったからだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
素直は返答を返しては小さく首を傾げてまた黒髪が頬を撫でる、しかし、男は嘘を付く事無く小さく頷き宝石を見詰めた。そしてまたも、酷く落胆した表情をするのである。彼女は何を求めているのだろうか、今の自分にできる事があるのだろうか、答えは単純にして明快。無い、である。どんどん思考が薄れる、まだ何か考えなきゃいけないのに、またこれか、魔法ってのは、思っていたよりも厄介なのかもしれない。そして瞳を閉じた男は安らかな眠りに付く。
「おやすみ、レイル」
そこに居た女は小さく口角を上げて見せ、男と唇を重ねるのだった。