複雑・ファジー小説
- 第1章「少年の始まり.2」 ( No.2 )
- 日時: 2013/06/28 23:49
- 名前: 黒金 (ID: vLjWsTsT)
川のせせらぎが心地よい、真っ暗な世界の中でハッキリと聞える唯一の音は途方も無い安心感を与えてくれた、終わりの無い安堵がこのまま続けばいい、死ぬまで、こうしていたい、しかし、その願いはスグに自分で否定された。
「帰らなきゃ....」
「そうだよ、君は見る必要がある」
頭で考えた言葉と同時に何処かで聞いたような気がする女の声が耳に届く誰だろうか、母さんでも向いのおばさんでもない、でも、覚えがある、瞼を開けて写ったのは恐ろしく精密な人形のように精緻な細工を施した宝石のように、とても美しい少女だった、風が吹けば美しい黒髪が頬を撫でる、でも、分からない、この少女が誰なのか、寝起きで回らない思考で少女の顔をボーっと眺めるのだ、しかし
「君は、薪を持って帰らないといけない」
か細い、少し触れたら壊れてしまいそうな弱い声で少女はそう続けた、そうだ、俺は薪を持って帰らないといけないんだ、ふと上体を起こそうと辺りを見ると、どうやら今少女に膝枕をして貰っていたようだ、石で頭を痛めないように気を使ってくれたのだろう、言葉はすんなりと口から零れた
「誰か知らないけどありがとう、俺はもう行くよ、帰らないと、怒られちゃうから...」
なんだこの感覚は、まるで絵本でも読んでいる気分だ、自分の体が自然と目的に向かって進められていく、進まないといけない道へと押し出されていく、思考も繋がらないまま少年は立ち上がり少女を一瞥した、何も言おうとしない少女に小さく頭を下げては元着た道を歩いて行くのである、時刻の分からない程のハッキリとした闇、月明かりに照らされた足元をただただ眼で追って進みゆく、あと一山超えれば、集落が、家が見える、見える、見える....?
「......」
そして少年は足を止めた、此れ以上進んではいけない、自分の知らない何かが警笛を鳴らしている、父さんに叱られた時よりも、森で迷子になった時よりも、ハッキリとした恐怖が脳裏に刻まれている、進むべき道の先にある結末は果たして絵本のように楽しい物なのだろうか、もっと、恐ろしい何かじゃないのか、しかし、足は止まらない、恐怖がハッキリとすればする程心臓が暴れ、体へと酸素を供給する、気付けば少年は走っていた、そして、視界に捉えてしまったのだ、月夜の下に写る黒い煙と、熱い程の紅蓮の色を
「何で....だ.....?」
分からない、理解をしたくない、夢でも見ているのだ、きっと、そんなこと、あってはいけないんだ
「...燃えて....る?」
しかし無情にも思考は止ってはくれなかった、目の前に広がるは自らの集落、それも家という家に火が付き、黒い点がまばらに落ちている、足は止まらない、それがどういうことなのかを「俺は見る必要がある、薪を持って帰らないといけない」自然と少女の言葉が頭の中で響く、あの少女は知っていた?こうなる事を、知っていたのか?疑問は疑問のまま、そして、思考は横道に逸れようとも、視界から伝わる情報は少年の脳を蝕んでいく、少年は走り続けた。