複雑・ファジー小説

第2章「遠くない未来.1」 ( No.4 )
日時: 2013/06/29 22:07
名前: 黒金 (ID: vLjWsTsT)

寒さが身に染みる季節となりどこまでも連なる山々を白く塗りつぶしていく、小鳥のさえずりも狼の遠吠えもその場所には無かった、たった一人の男を除き、である。
「.......っ!?」
じとっとした汗を額に滲ませ上半身を飛び起こす男の姿があった、茶色の髪を一つにまとめおよそ胸のあたりまで伸ばした男の姿だ。男は自身の作った家の内装を見渡し小さく溜息を付くのである。
「また....かよ....」
大樹の根元に穴を掘り、木の板を敷き詰めただけのその家はとても暗く、ドアの隙間から差し込む日の光が無くては何があるのかも見えない始末だ、とは言うもののそこには木製のベッドが二つと使い古された剣があるのみだ、もう一つのベッドにいる筈の者は朝は必ず何処かへ行っている、気付いたら戻って着ているためあまり気にしていないが、彼にとってはとても大切な者なのだ。
「さて....早く済ませるか......」
男はベッドから出るとおもむろに腕を前方へと突き出した、すれば小さな光の球体が掌の前に生まれ低い天井の真ん中まで浮遊するのである。
「何度やってもこの光景は異様だな......」
「文句を言ってる暇は君には無い筈だけれど」
溜息交じりに小さく呟いた男に言葉を掛けたのはそれまでいなかった筈の者である、綺麗に整った黒髪を床に垂らし宝石のような赤と青の瞳、精緻な人形のようなその顔立ちで男の寝ていたベッドに座っているのだ、男はたいして驚いた様子は無く、むしろ呆れたような表情で女へと顔を向けるのだ。
「ミラ、居るなら最初から言ってくれないか?」
「レイル、君が気付かないのが悪い」
少々呆れたような口調で相手へと言葉を言葉を吐いては彼女は少々退屈そうに男へと言葉を返すのだ、男が片手で頭を抑え溜息を付いていると女は枕を手に取り、それを一瞬の光と共に本へと変えた、彼女のその力は原理も理屈もさっぱり訳が分からないが遠い未来の力らしい、男も彼女からその力を教わったのだがいかんせん理屈が分からず初歩の初歩さえできない始末であった、潜在する「まりょく」とやらを消費して使うらしいのだがさっぱり分からなかった、彼女は自称最高の魔法使い、とのことなのだがその真偽も比較対象がいなくては話にすらならないのだ。
「今日は何処まで探しに行くの?」
「聞く必要があるのか?お前は俺の身に起こる全ての事象を把握しているんだろ?」
そう、彼女は全て知っている、俺がこれから死ぬまでの間の全てを、だ。あの日俺だけが生き残る事も、俺が決意をした事も、そして何が起こるのか訊かないことも、全てお見通しなのだ。
「聞く、という経緯の上で成り立つ結果もある、私は君の全てを知ってるけど、君の全てを操る力は無い」
まるで俺の言う事に対しての回答は決まっている、と言わんばかりの淀みない返答だった、しかし、それでもいいんだ、これが最後に交わす言葉になろうとも彼女は全てを理解した上で動くのだろう。
「...じゃ、行ってくるよ」
男は本を読み始めた女を見下ろしそう言葉とした、返事は無い、身の丈に合った剣を肩に引っ掛け、男はドアを押し開けた、これから向かうのは関所、恐らく兵士と遭遇して冷静さを欠いた行動に出るだろう、そうすれば殺されるのは見え透いている、それでも、進む以外の選択肢は男に残されていなかった。