複雑・ファジー小説

【プロローグ:始まりの場所】 ( No.2 )
日時: 2014/06/24 15:30
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: AwUzQTp7)

>>1 小虎さん
ありがとうございます!
こちらでも宜しくお願いします^^♪



【プロローグ:始まりの場所-the last-】


そして、少女はバッと身を翻した。

少女の大きな目が異様なまでに見開かれる。
先程まで少女が優雅に眺めていた水平線上には、夕陽が僅かに顔を出していた。

「誰だっ!」

腰に提げていた短剣を素早く右手で掴みとり、胸の前で両手で強く握り締める。そうして、近くの茂みをじっと睨みつけた。
少女が強く握り締めた短剣の柄にはめ込まれている宝石が夕陽に反射して、紅く鈍く光る。
生ぬるい潮風が、汗ばむ少女の短い前髪を掻き上げた。

++++++++++++++++++++

人口およそ300人という小規模な島、ラプール島の岬外れに、一人の少女が立っていた。名前はキリ。
黒のプリーツスカートに、短剣を提げているという、少々変わった出で立ちをしているが、其の顔はとても幼く、ショートカットを2つに結わえていた。
短剣さえ提げていなければ、何処にでもいる少女であった。
しかしキリは自分の出で立ちなど気にもとめていない様子で、潮風を感じるために思いっきり深呼吸をした。

「んー! やっぱり、落ち着く〜!」

「んー!」のところで両手を高々と上げて、そのまま、脱力する。

「今日も、終わり、か」

沈みかけている太陽の光を浴び、潮風を身体に感じながら、キリはその場に座り込んだ。
膝を抱えて、目を瞑る。
自分の髪の毛を掻き上げる風の音。
岸壁を叩きつける波の音。
カラスが鳴きながら、島の中心にある山に帰ってゆく。

「静かだなあ……」

何もない、平凡な毎日。
キリにとっては、それでも充実した毎日であった。
そこで、ビクリと少女の肩が震えた。

——誰かに、見られている!

「誰だっ!」

素早く立ち上がり、身を翻して、そう叫ぶ。
胸の前では短剣を構えて。

「お前がそこにいるのは分かっている! 大人しく出てこい!」
「まあまあ……そう殺気立たないでよね、キリ。せっかく夕ご飯呼びに来てあげたんだから」

ガサガサと音を立てて茂みから顔を出したのは、

「リィさん!」

キリの育て親である、リィという名の女性であった。

「流石よ、キリ。よく私の気配が読めたわね」

リィが首を少し傾けると、艶やかな長い黒髪がさらりと肩を流れる。
キリはそれに見惚れ、慌てて首を横に振った。そして、

「リィさんのお陰だよ!」

笑顔でそう答える。

「リィさんの教え方が上手いから!」
「あらあ。そんな風に私を煽てても、今日の夕飯に出さないわよ? ステーキ」
「そ、そういうつもりじゃあないもん……」

むくれるキリを見て、リィが、「ぷっ」と吹き出す。
釣られてキリもあはははと笑う。


2人は、岬に腰を下ろした。
日はすっかり沈み、今は、月が2人を見下ろしているばかりである。

「ねえ、リィさん」

膝を抱えて、海を眺めていたキリが、唐突にそう言った。

「ん?」
「どうして私がここにいるって分かったの?」
「だって、いつものことじゃないの。修行中に失敗したら、ここに来るの」
「…………」
「でしょ?」

キリは、リィに、「修行」と題して、色々なことを教わっている。
教養、武術、などなど…。特に武術は、自分の身を守るために不可欠なものであり、キリは今、剣術を中心に修行に励んでいるのだ。
まだまだ、発展途上ではあるが。

「そ。ここにくるとね、落ち着くんだー」

キリはそう言いながら、水平線の遥か彼方を見つめる。

「そうなの」
「うん。……海の向こうから来たから、かもしれないね」

ポツリと呟いたキリの横顔に、少し憂いが垣間見えた。
リィはその横顔を、優しげな表情で黙って見据える。

「私は覚えてないんだけど、リィさんが拾ってくれたんだよね。海岸に打ち上げられてた小箱に入った私を」
「そうね。あの時はアナタ、まだこーんなに小っちゃかったんだから」
「リィさんもまだ10代だったしね!」
「それだけは余計なお世話です」

そうしてひとしきり冗談を言い合ったあとで、キリがリィに向き直った。

「でも、感謝してる。私、リィさんに拾われて、良かった。ありがとう」
「あら、こんな素直なアナタ、何年ぶりかしら」
「私はいつでも素直ですー!」
「分かってるわよ、キリ。こちらこそ、ありがとうね」

まるで花が咲くようににっこりと笑うリィに、キリは照れて俯く。
それから、リィに満面の笑みをみせた。

夜空には沢山の星が瞬いていて、穏やかな時が流れている。
キリは、この平凡な毎日が、いつまでも続くと思っていた。
この時までは。

そしてそれから数日、その時はやってくる——。