複雑・ファジー小説

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.3 )
日時: 2014/02/21 21:19
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ZfyRgElQ)

【第一章 出会い編】
〜〜第一話:出発の朝〜〜


そもそもの事の始まりは、同日の明け方近く。
時刻は午前7時を回ったところからこの物語は始まる。


栗色の髪の毛を振り乱して、キリはぐっすり眠っていた。
それはもう、気持ちよさそうに。
安らかな寝息を立て、その表情は満足げな様子であったが、いかんせん、その状態が問題であった。
手足を放り出し、ベッドの上で掛布団など、今やあってないようなものである。

だが、本人が気持ちよさそうに寝ているので、それはそれで良いことにしよう。



「ほら、キリーっ。朝ですよー」


下の階から、リィの声が聞こえてくる。
鍋の中身をかき混ぜながら、階段の所までやってきて叫んでいるのだ——2階の一番奥にあるキリの自室にもはっきりと聞こえるのだから、そうに違いない。



それにしても。
——相変わらずリィさんの作るご飯は美味しそうな匂いだあ。


キリは、寝ぼけ眼でそのようなことを思った。
自室の布団の中でもぞもぞと体勢を変える。
部屋中のそこらかしこには、今日の朝食であるシチューの良い匂いが充満している。

だが、しかし。


キリは一向に起きようとはしない。


そう、さすがのキリも、空腹が睡魔に打ち勝つことはなかった。




「起きなさーい! キリー!」
「んんん…。もう少し…」
「寝坊助さん。今日はウェルリアに行くんじゃなかったのー?」



一瞬の間。それから、




「そそそうだったあああああ!」


キリは絶叫していた。
朝食を皿に盛りつけているリィの頭上で、ガツンと大きな鈍い音が響く。

そして、


「痛ったあああああああい!」

再度キリの絶叫が家中に木霊したのだった。

【第一章 出会い編  第一話:出発の朝】 ( No.4 )
日時: 2014/02/21 21:33
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ZfyRgElQ)

ここは人口300人ほどという小さな島国、ラプール島。

キリは、育て親であるリィと共に、ラプール島が一望できる崖の上に暮らしていた。
朝昼晩と、崖下に打ち寄せる波の音を聞きながら、キリは育ってきた。

キリには、実の親がいない。
というよりも、「分からない」と言った方が正しいのか。
リィが言うには、「小箱に入った状態で海岸に打ち上げられていたのだ」という。
赤ん坊のキリを拾ってくれたのは、島で一人暮らしを始めたばかりのリィだった。
同じように身寄りのないキリを拾い、10年間、勉学、武術、馬術など生きるうえで必要な様々なことを教え込んできた。

そんなこんなで身寄りのないキリだったが、リィのおかげでなに不自由なくこれまで暮らしてきた。
そして、島の中のほとんどが顔見知りのため、周囲の人たちともわが子同然のお付き合いで、充実した暮らしを送っていた。
しかして、離島は、とにかく、便が悪かった。
島には生活用品がほとんど揃っていない。
そのため、島の住人のほとんどが、隣国のウェルリア王国に買い出しに出かけていた。
ウェルリア国は世界でも1、2位を争う強国で、他国からも沢山の人々が訪れるため、商業も盛んである。
ラプール島の人々はそこへ出稼ぎにでたり貿易をしたりと、交流を盛んに行っていた。
当然、ラプール島の住人であるキリとリィも、月に一度、隣国のウェルリア王国に買い出しに行っていた。
隣国と言えど、ラプール島は四方八方が海で囲まれているため、ウェルリア王国に行くには、約1時間ほどかけて船で国間を行き来するしか他に手段はないのだが——。


「キリー? ウェルリア国には行かないのー?」
「行く行く行くっ! 起きます起きます起きます!! 一気に支度しますう!」

キリは先ほどベッドの角にぶつけた額をさすりながら、急いでクローゼットから着替えを取り出していた。
お決まりの黒のプリーツスカートに白のブラウスである。

それを引っ掴んで自室で手早く着替えてから、素早く2階の洗面所で洗顔を済ませた。
次に、肩あたりまである髪の毛をものすごい速度で梳かし始める。
普段、どれだけ剣を振り回していても、どれだけ大食いでも、どれだけ寝相が悪くても、やはり女の子である。
ゴムを口にくわえながら、ほつれている髪の毛を綺麗に梳かし、茶色がかった髪の毛を二つに結わえた。
鏡で出来を確認して、一人「よし」と頷く。
そして枕元に置いていた小型の短剣——柄の部分にはめ込まれた紅色の艶やかなルビーを主としていて、その周りに小さな宝石が散りばめられている。非常に手の込んだ装飾が施されている——を掴むと、腰に提げた。

このかん、わずか3分。
手慣れたものである。


キリは脱兎のごとく自室から飛び出すと、リィのいる1階のキッチンへ駆け込んだ。

「じゃあああん! ほら、準備完了! さ、早くウェルリアに行こう! 早く!」
「その前に、」

誇らしげに胸を張るキリに、リィが笑顔で言う。

「まずは、私の作った朝ごはんを食べましょうね。キリ」
「……はあい」

終始笑顔のリィだったが、放った言葉は凍るようなトーンであった。

++++++++++++++++++++

キッチンと対面したテーブルの椅子に座り、キリは1人、食べ物と葛藤していた。
詰め込むだけ食べ物を口に詰め込んで、かき込めるだけ食べ物を口にかき込んで、牛乳で口の中のものを胃に流し込む。

「ごひほうはまれひた〜(ごちそうさまでした)」

いっぱいいっぱいになりながら、ドンドンと胸板を叩いてむせ返るキリ。
やはり一気に食べると苦しいものだ。
しかし早く食べないとリィにおいて行かれる。

……このような状況になってしまったのは、そもそもは寝坊したキリが全て悪いのだが。


食べ終わったキリは食卓から立ち上がると、ふとキョロキョロと辺りを見回した。
今まで近くにいたはずのリィの姿が見当たらない。


「あれれ。リィさーん?」

自室に戻ったのか。
キリは2階に上がり、階段のすぐ脇にあるリィの寝室に向かった。
寝室のドアは閉まっている。

「リィさあーん…」
「…………」

ドアの向こうから、返事は無い。


「リィさーん、入るよー?」

首をかしげながらキリはゆっくりとリィの寝室のドアを開ける。
寝室の中に、人の気配はなかった。


シン——と張り詰めた異様な空気が寝室に蔓延している。



「なんだろ……この感じ……」

しばらく神経を研ぎ澄ましてリィの部屋に立ち尽くしていたキリは、そこで、机の上に無造作に置いてある小箱に気がついた。
ちょうど、キリの両手にすっぽりと収まる大きさの正方形の箱である。
この箱の周囲だけ、明らかに空気が違う。————気がした。
キリは、思わずゴクリと生唾を飲んでいた。


『今ここで、この場で、この箱の中身を、確認しなければならない』


瞬時にキリはそう判断した。
キリの頬を冷たい一筋の汗がつたう。
何故だか分からないが、直感的にこの箱の中身を見なければとの思いに駆られる。



——中身を確認しなければ。


ゆっくりと息を吐き出し、周囲を伺う。

————ドアを閉める。

そうして机に向き直ると、両手でそっと掬うように小箱を持ち上げた。
蓋を開けようと左手を添え——。

「キリー、もう食べ終わったのー?」
「っ……?!」

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.5 )
日時: 2013/09/24 00:22
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: DboXPOuE)

声を聞くやいな、キリは小箱を元の場所に放り投げていた。
と同時に、ガチャッとドアの取っ手が回り、ドアの隙間からリィが顔を出した。

「キリぃ。こんなところで、何してるの?」

裏表もない、素直で率直な質問だ。

「あ、あの……あのろろろっ……」
「ん?」

焦ってろれつが回っていないキリに、リィは満面の笑みを向ける。



——ああ、笑顔が眩しいっ!


「ななな何してたって、そそ、そう。り、リィさんを、探してたの、よ。うん。一体全体、どこ行ったのかなあーって。うんうんうん」
「ああ、ごめんごめん。洗濯物を取り込んでたのよ。用意はもう出来た? じゃあ、行きましょうか」
「う、うん」

あくまで平然を装って、キリはリィの寝室を後にするのだった。




++++++++++++++++++++

「ああっ……!」


玄関に向かう途中でリィが思い出したように声をあげた。



「ごめんキリ。大事なものを持ってくるの、忘れてたわ。取りに戻るから、キリは先に外に出て、待ってて」
「あ、うん」

ごめんね、と眉尻を下げてパタパタと廊下の奥へと姿を消したリィを肩ごしに見送って、キリは靴をつっかけて表へ出た。


青い空に白い雲。爽やかな風がキリのスカートをはためかす。
今日は絶好のお出かけ日和だ。


「んーっ!」

新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、深呼吸。


「やっぱり朝の空気は新鮮だなあ」




————でも……。



空の状態とは打って変わって、キリの胸の内は、もやもやしていた。



——さっきのあの箱、あれは一体……。


嫌な感じがした。言い現わせない何か。
胸がざわつく……。
気のせいだと思いたい、が。



「うんそうだよ。気のせい、気のせい!」
「何が『気のせい』なの?」
「うわわわわ!」


背後から声をかけられ、キリは思わず反射的にのけぞっていた。


もちろん、声をかけた人物は、リィその人であった。



「んな、なんでもないよ! うん!」
「そう?」
「ところでリィさん! 忘れ物、とりに戻れた?」
「ええ。ほら」


リィが差し出したそれは、キリが先ほどから気にしていた例の【小箱】であった。
相も変わらず、小箱は異様な雰囲気をまとっている。

「あ、うん。そっかそっか。それは良かったよ。……ですよ。アハハハ」

取り繕った言葉でしか反応ができず、キリはひきつった笑顔を浮かべてその場を収めた。



『ボーッ』



その時、船の出航合図の汽笛が辺りに響き渡った。
身体を揺さぶるような汽笛の音と同様に、キリの心も不安に揺さぶられるのであった。