複雑・ファジー小説

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.6 )
日時: 2013/09/24 00:34
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: DboXPOuE)

【第一章 出会い編】
〜〜第二話:梟と少年〜〜


「うっわあああ! すっごいキレイー!」

目の前には太陽の光を反射してキラキラと輝いている海が広がっている。
キリは手すりを掴んで思わず身を乗り出していた。


ここはウェルリア王国に向かう渡船の甲板の上。
船内は、出稼ぎや観光、買い出しなどの様々な目的でウェルリア国に向かう乗客たちで溢れかえっていた。


キリはしばらくの間、船から身を乗り出して潮風を浴びていた。
と、次の瞬間、ものすごい勢いでリィを振り返り、

「ねえねえリィさん、見て見て見てっっ! 海、キレイだよお!」

現状報告をする。
キリの声は興奮で上ずっている。
リィは風に髪をなびかせながら、船の甲板ではしゃいでいるキリを見て、クスリと笑った。


「ああ。そうそう、キリ」
「ん?」

ふとリィに声をかけられ、キリは、はたとはしゃぐのをやめた。

「なに?」
「ウェルリア国についたら、どこに行きたい?」
「え、好きなところ行って良いの?!」

キリの目がぱあっと光輝く。

「私も着いたら少し寄りたいところがあるし。帰りの船までたっぷり時間もあるし」
「わあっ」
「どこ行きたい?」
「じゃあじゃあっ、えーっとね、えーっとねえ」

キリの頭の中に、沢山の食べ物が浮かんでは消えていく。

「ウェルリア国名物ジャンボたこ焼きでしょお、元祖バニラ味のソフトクリームにい、……あ、この間お隣さんに貰ったマドレーヌも美味しかったなああ。あのマドレーヌ、ウェルリア国限定品なんだって! ……って、あれ。リィさん?」

よだれを必死で拭いながら指折り数えて話していたキリは、リィが左手で額を押さえていることに気がついた。

「どうしたの? あ、もしかして、船酔いした?」
「キリ。まったくあなたって子は……」
「ほあ?」

幸せそうな表情を浮かべるキリに対して、リィはため息混じりに「仕方がない子なんだから」と呟くのであった。



しばらくの間、船上からの景色を楽しんでいたキリとリィは、


「ごーがいっ! 号外だよお!!」


突如発せられた男性の声に、思わずびくりと身を震わせた。


大きな声に驚いたキリがキョロキョロと辺りを見回すと、先ほど声を上げた男性がショルダーバックから紙を無造作にひっつかんで、船内にばらまいている。


「号外、号外! ウェルリア国第一王子についてのニュースだよー!」
「ゴー、ガイ……? リィさん、号外って……?」
「『号外』っていうのはね、事件とかをいち早く私たち国民に伝えるために臨時で新聞を発行して、こうして配布してくれるもののことを言うのよ」

甲板に落ちていた紙を片手に、リィが教えてくれた。
ほうほうと納得しているキリの目の前にも、一枚の紙がひらひら舞い落ちてきた。

周囲の人々も床に落ちた号外を手に取り、しげしげそれを眺めている。


「ほおお……。大事件、ですか」
「まあ……ねえ。ウェルリア国にしたら、一大事なんだと思うわよ」
「へ?」
「ほら」

言いながらリィが差し出した紙には、『ウェルリア国の第一王子、家出?! 城から逃げ出す』という見出しがでかでかと紙面を飾っていた。

記事の概要は、『国王は国軍から兵士を手配し王子を探しているが、依然消息は掴めていないため捕まえた者には褒美を出す』というものだった。
何故王子が脱走に至ったのか、王宮に関する専門家の(憶測)解説付きで紙面の端から端までびっちり文字で埋め尽くされている。



しばらく黙って記事を眺めていたキリは、


「逃げ出した王子様……って、……王子様なのに、…………」
「あら、王子様も立派な一人の人間よ、キリ」
「それは分かってるけどさあ……、……はあああー。王子様、かああ……。……はあああー……」
「……キリ?」


刹那、嫌な予感がして、リィは思わずキリの顔を覗き込んでいた。
なんだか話の雲行きが怪しくなりそうな予感がする。


「【王子様】、だってさ。【王子様】っ。私がもし王子様だったら、こんな風に逃げ出さずにさ、……えーっとね。そう。毎日美味しいモノ、いーっぱい食べてえ、……幸せに暮らすと思うんだけどなああ」
「…………」

さて。
こうなったキリには何を言っても無駄である。


妄想世界へトリップしたキリは、聞く耳をもたない。



「でもって、もし私が王子様だったらあ……うふふふ。シュークリーム食べてえ、チョコパフェ食べてえ……、あ! ジャンボたこ焼きも良いなああ。ぐふふふ」

しまいには変な声が漏れ出している。

今なら、「この子が王子を誘拐しました」と国王へ突き出しても通じるであろうほどの変質者っぷりである。

リィは手におえないとばかりに、そんなキリから少し離れた場所に身を置くことにした。
即決に他人を決め込んで、少し離れた場所にあるベンチに腰を下ろす。
その脇に号外紙を置く。

そして、



「………」

何とも言い難いような表情でしばらく空を仰ぐのであった。






どのくらい時間が経過したのだろう。
そこへようやく妄想世界から現実世界に戻ってきたキリが、どたどたと駆け寄ってきた。

「リィさんっ!」
「キリ……」

駆け寄ってきたキリの息はとても荒かった。
リィに駆け寄るために全力でダッシュしたためと、先ほどの妄想による興奮が原因に違いない。

そんなキリを見上げ、リィは静かに微笑む。
そして、

「ねえ、キリ」

突然愁いを帯びた顔でキリの名前を呼んだ。
キリが「ん?」と首をかしげる。

リィの瞳が揺れる。



「キリ、……私って一体、……【何者】なんだろうね」


リィのその呟きは、キリの心にもズシンと重たくし掛かるのだった。



「自分は何者なのか」



——そんなこと、キリにも分からない。


その昔、リィは記憶喪失でラプール島に流れ着いたという。

キリ自身も赤ん坊の頃にラプール島に流れ着いた身である。
自分自身の生い立ちどころか、両親の顔もロクに覚えていない。




「……何者、なんだろ、ね。私」


——不安。


そうだよ。王子様は、王子様であって、他の何者でもないの。
では、とキリは心の中で自問自答をする。


————私は、私であって……。何?

しばらく考えてから、キリはすぐにあっけらかんとした表情を浮かべた。




考えるだけ無駄だと思った。



例えキリ自身が何者であろうと、リィが何者であろうと、関係ない。
何がどうなろうと、この人から離れることはないとキリは思っていた。



——ラプール島も。リィさんも。





「……みんなが、大好きだから。どうでもいーやっ」


「ん? 何か言った? キリ」
「んーん。なーんでも無いっ」

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.7 )
日時: 2013/09/15 23:11
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)

++++++++++++++++++++

船は暫くして、港に着いた。
汽笛を背にキリとリィは船を降りる。
そうして2人は、海沿いの街を歩いていた。

「これから、まずはどこに向かうの?」

ひたすら石畳の道を縫っていく。
傍らには漆喰の壁で囲まれた住居が規則正しく並んでいる。
しかしリィは周りの景観には一切目を向けず、とにかく黙々と歩いていった。
うって変わって周囲に興味津々のキリは、見慣れない植物を見つけては立ち止まり、見慣れない昆虫を見つけては立ち止まり——そうしているうちにリィの背中が少しずつ遠のいていく。
キリはその度にリィの後を駆けていくのだが、また立ち止まっては周囲を見渡し、距離が開いてはまた駆ける——。

目的地にたどり着くまで、キリは終始この行動の繰り返しであった。


そのうち、前方にレンガ造りの建物が見えてきた。
リィの歩む速度が次第にゆっくりになっていく。
入口の前で立ち止まると、リィは、少し遅れてやってきたキリを振り返った。

「キリ」
「ん?」
「これ、預かっておいてくれる?」

リィがそう言ってギュッと押し付けるようにしてキリに渡したのは、キリがリィの寝室で見つけた例の【小箱】だった。

「これはね、とっても大切なものなの。だから少しでも中の物を見たり、触れたり、ましてや壊してしまうなんてことは、絶対にダメよ。もし守れなかったら、タダじゃ済まないからね」

いつものように終始穏やかな笑みを浮かべているが、リィは脅しともとれる言葉を羅列して、もう一度キリに強く念を押した。
キリが「うん」とも「はい」とも返事をする間もなく、リィはそのまま吸い込まれるかのように建物の中へ入ってしまった。


「ほへ……」

表の看板には、『喫茶ジュリアーティ』と洒落た書式で書かれている。

「喫茶店……」

しばらく呆然と建物を見つめていたキリは、勢いよくぶるんぶるんと顔を振った。正気を取り戻す。

「なによお、リィさんのクセして。喫茶店なんだったら、なにも外に締め出す必要なんてないでしょうがっ……!」

リィに対する不平不満をひとしきりぶちまけて、ひと呼吸。
うん。満足。
それから、どこかに休憩できる場所はないか辺りを見回すキリ。
が、周囲は白を基調とした住居しかなく、建物の間は細い路地が敷いてあるのみだった。


「……困った」

手にしている小箱をギュッと握り締める。


——と。
突如キリの耳に、僅かにだが、何やら荒い息遣いが飛び込んできた。


「路地裏……?」


キリは咄嗟に、腰の短剣に手をかけた。

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.8 )
日時: 2013/09/24 00:50
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: DboXPOuE)

微かに、荒い息遣いが聞こえてくる。
喫茶店の路地裏から。

「————っ?!」

突然の出来事に驚いたキリは、リィから預かっている【小箱】を危うく地面に叩きつけるところであった。
態勢を立て直してから雑念を振り払うために頭を左右にぶるんぶるんと振ると、キリは【小箱】をゆっくり且つ丁寧に、そっと石畳の上に置いた。


——落ち着いて。



【小箱】の位置を目の端で確認するとキリは、凝った装飾が施されている鞘から、すらっと短剣を抜いた。
右手でしっかりと握り、右耳の横あたりで構える。
柄の部分にはめ込まれているルビーがキラリと光った。





——来るッ!



荒い息遣いが聞こえていた細い路地裏から、黒い影がさっと飛び出してきた。

と、同時に、



「とりゃあああっ! お命頂戴いいい!!」


勢いよく振りかぶったキリの短剣は、石畳の割れ目に深々と付き刺さっていた。



「……は、れ?」

外したっ……!!

慌てて短剣を引き抜こうとするキリ。
その目の前に、ふわりと何かが舞い落ちてきた。


「羽……?」


薄茶が若干混じった白色の羽だった。
見上げると、一羽のシマフクロウがバサバサと羽を羽ばたかせながら宙に待っていた。



「フクロウ……」


キリは、石畳の割れ目に突き刺さった短剣を引き抜くことも忘れ、柄の部分を握り締めながら、ただただ呆然と宙を見上げていた。

澄んだ青空に舞うシマフクロウの姿に、ただただ見惚れていた。





さて。
そのような状況下にあったので、キリの全神経はこの時、残念ながらシマフクロウに集中していた。

従って、先ほどの路地裏から新たに足音の主が息を荒げてやって来ている状況に瞬時に反応することは出来なかったのだった。


キリがその人物の気配を感じ取った時には、もう、その人物はキリの眼前に迫っていた。





「うわあああっ!」
「きゃああああっ……!!」




ドガッと鈍い音がして、キリはそのまま後ろへ吹っ飛ばされた。
そして、


『ガッ』



嫌な音がした。

キリの右足の踵が何かを蹴っ飛ばした音だった。



「あれ……?」

そのまま態勢を大きく崩し……。



『グシャッ』


実際はそのような効果音では無かったのだが、キリの耳には確かにそう聞こえたのだった。
地面に置いてあった『何か』を『潰して』しまった音を。



「………」



顔面蒼白なキリは呼吸をするのも忘れて、自分の尻の下敷きになっている『何か』を恐る恐る確認する。


それは、元々【小箱】だった【モノ】であった。
キリの尻に敷かれ、最早原型をとどめていない【小箱】であった。

そのへしゃげた【モノ】を直視して、ショックのあまり凝固するキリ。

もはや救いようはない。




そんなキリと対峙する形で、一人の少年が尻餅をつきながら頭をさすっていた。


フクロウの次に路地裏から飛び出してきた人物であった。



キリとぶつかった時の痛みに声を漏らしながら、腰をさすって、ゆっくり立ち上がろうとしている。


一方でキリは、未だに思考回路がぷっつり停止していた。
石畳に視線を落として、フリーズ状態である。


少年は立ち上がると、身にまとっていたマントに付着した埃をおもむろに手で払い、それから、無言でキリに手を差し出した。



「ん…………」


反応、無し。
少年はもう一度その行為を試みようとして、——やめにした。
どうせ結果は同じだ。


となると——。

Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.9 )
日時: 2013/09/15 23:15
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)


「おい、お前。俺がせっかく手を貸してやってんのになあ……」

対峙する形でぶっきらぼうに言い放って、慌てて言い繕う。

「そ、その、し、心配してやってんだよ。だ、大丈夫か」

その少年の言葉に、今まで血の気が引いていたキリの顔が、一気に上気した。
ものすごい速度で、胸ぐらを引っ掴み、

「『大丈夫』かああ?! 大丈夫な訳、ないじゃないの! 見て分からないの?! あんたのせいでね、私は終わったのよ! 何もかも!!」
「は……い?」

見ず知らずの少女にいきなり胸ぐらを掴まれた挙句、こうして訳も分からず捲くし立てられた少年は、なんのことやらさっぱり、と、目を白黒させた。


——突然喚わめきだして、なんなんだコイツは。


少年は、先ほどぶつかった反動で自身の顔を隠すために深々と被っていたマントのフードが脱げているのを気にも留めず、——むしろそんなことは今はどうでもよかった。

——ただただ呆気にとられていた。


そんな少年に、キリはなおも喚き散らす。

「あんたのせいよ! あんたがぶつかってこなければね……!! これはね……!!」
「し、心配してやったのに、なんだ! その言い草は!」

負けじと少年も言い返した。
黙って責め立てられるのは、少年の性分にはそぐわなかった。


「女のくせに、生意気だぞ!」
「何よ! 意見をいうのに男も女も関係ないわよう!!」


こうして暫くの間、喫茶店前の道路で、少年とキリは「お前が悪いんだ合戦」を繰り広げていた。とても近所迷惑である。
ひとしきり言い合って、呼吸も辛くなってきて、お互い肩で息をしながらひと呼吸ついた時だった。


「だからっ……、私の、せいじゃ、無く、て……」


突然、キリの目にぶわっと大粒の涙が浮かんだ。

「いっ……?」

思わず顔を引きつらせる少年。

それに構わず、キリの頬からはとめどなく涙が溢れ落ちていた。
それこそ「滝のように」という表現がしっくりくるかもしれない。


「この【小箱】、は、……リィさんの…………ひくっ、大事にしてた……、たっ、大切な……モノ、で……」

しゃくりあげながら【小箱】だったモノを拾い上げる。
綺麗な正方形だった小箱は、今や平行四辺形に変形していた。
外見がこうなっていると、もはや中身の安全は皆無に等しい。
それでもほんの少しの期待を抱いて、めちゃめちゃに歪んだ小箱の蓋を力任せに開ける。

「…………」

小箱の中身を覗き込んだキリは、案の定、『透明な水晶玉"だった"』それが見事に粉々に砕けているショッキングな光景を目の当たりにしていた。

「うっ……やっぱり…………」

キリはそのまま石畳にしゃがみこむと、感情に任せて思いっきり泣き始めた。
少年はそんなキリをしり目に、眉をしかめたままどうすることも出来ずにただその場につっ立っているしかほか無い。
しかしてその様子は、傍から見れば「物を壊したいじめっ子」と「その仕打ちを受けて悲観にくれるいじめられっ子」の構図そのものであった。
しかし幸いなことに、この近辺に人影は無く、変に誤解される心配はない。
ひとまずこの件に関しては、一件落着。

しばらく少年は唇を噛み締めてその状況に狼狽うろえていたが、


「……来い」

くいっ——、と。
キリの服を遠慮がちに引っ張って、そう言った。


「ぐすっ……。え……?」


鼻を啜り上げ、キリは疑問符を浮かべる。
少年は手で自分の顔を覆うと、「何回も言わせるな」とぼやいた。

「だから。……直してやるよ、その箱の中身。それで、良いんだろ?」
「あんた……」
「『あんた』じゃない。アスカだ」

言うやいなや、アスカと名乗った少年はキリにくるりときびすを向け、スタスタと歩き始めた。

「ちょ、ちょっと待って……!」

キリは腕でゴシゴシと涙を拭くと、まず、石畳の割れ目に突き刺さっている短剣を力任せに引っこ抜き、腰に提げた。
次に、地面にしゃがみこむと、スカートのポケットから布の袋を取り出した。
片手でその袋を持つと、いびつな形に歪んでいる【小箱】を、蓋を閉めてから、丁寧にその袋の中に入れた。
その袋をぎゅっと握り締め、それからキリは慌ててアスカの後を追いかけたのだった。


リィのいる喫茶店を背にして——。