複雑・ファジー小説
- 【第一章 出会い編】 第四話:予想外の襲撃 ( No.13 )
- 日時: 2013/09/15 23:41
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)
【第一章 出会い編】
〜〜第四話:予想外の襲撃〜〜
店の外は未だに騒がしかった。
道端では賞金目当てで王子探しを行う国民たちの必死の情報交換が行われていて、街中は様々な会話で溢れかえっていた。
一方でウェルリア兵は、王子探しのために次々と家に押し入り、街の人々はなすすべもなく、ただ黙ってそれを見ているしか出来ない状況下に置かれていた。
街中がそのような混乱の渦中にある中、クラーウ時計店内は——。
『研究員』と名乗る青年が穏やかな笑みを浮かべて、店主のクラーウと対峙していた。
奥の物置では、キリとアスカが息を殺してじっとその様子を見守っていた。
しばらくして。
その緊張感を破ったのは、あろうことか、青年その人であった。
「………って、疑われてるみたいですね、僕」
眉尻を下げて、困ったように笑いながら髪の毛を掻きあげる。
「研究員なのは本当です。けど、……僕、実は元ウェルリア兵なんです」
苦笑いをしながら、続ける。
「僕、この国の学校に入れられたんですけど、学校に入ったらそのままこの国の兵隊にならないといけなくて。仕方なく嫌々入隊してすぐに逃げ出して現在に至る訳です」
「それで息遣いで見分けられるスペックが身についておるわけか」
「まあ訓練させられてたんで、身についちゃったんですよね。……軍の先生たちは未だに僕の行方を探しているって噂なんですが………ホラ、『灯台下暗し』って言うじゃないですか。僕、今はこの国で研究員をやっているわけなんですけど、未だに見つかっていませんよ。さすが、『昔の人の教え』さまさまって感じですよね!アハハハハ」
アハハハハと笑う青年に合わせて、クラーウも高らかに笑った。
と、次の瞬間、青年は急に眉根を寄せると真面目な顔つきになり、笑っているクラーウを食い入る様に見つめた。
「僕の隠し事はこれだけです。さ、今度はお爺さんの番ですよ」
「………」
先ほどまで高らかに笑っていたクラーウ氏は急に黙り込んだ。青年となるべく視線を合わせないように顔を下げると、クラーウはその視線の先にキリの持ってきた水晶玉の破片を捉えた。
青年はその様子に気がついたようで、老人の視線の先を同じように辿っていき、小箱の中の水晶玉を認めた。
「水晶、ですか……」
言いながら青年はクラーウに近づいていき、一つの欠片を手に取る。
と——。
「な、なんだ……っ?!」
突然、透明な水晶の欠片が石楠花色にぼんやりと光りだした。手に持っている欠片は、その中心から紅色に染まっていく。
「…………これは……」
青年は驚いた様子で輝く欠片を見つめた。
その光は時が経つにつれて増幅していき、その刹那、欠片から放たれた一筋の紅い光が瞬時に物置へと伸びた。
「………」
青年は口を一文字に結ぶと、水晶玉の欠片を机の上に置き、物置部屋を振り返る。そのままコツコツと足音を響かせて物置へ向かい始めた。
物置部屋の奥の方では、キリとアスカが顔面蒼白で身を寄せ合っていた。
物置部屋の前で立ち止まる青年。
険しい表情を浮かべ、青年が物置部屋の扉にガッと手をかけた時だった。
キリとアスカが「見つかるっ——」と身を固くした時だった。
——ドンドンドンッ。
突然、店の表側のドアが激しく叩かれた。
「っ……。この気配、ウェルリア兵か………」
軽く舌打ちをしてそう呟いた青年の言葉通り、扉の向こうには銃を構えた二人のウェルリア兵が佇んでいた。
「どこの誰じゃ」
クラーウが否定的な響きを含んでドアの向こうの招かれざる客人たちに声をかける。
それを皮切りに、ドガッと乱暴にドアが開かれ、ウェルリア国の軍服に身を包んだ二人の兵士が立ち入ってきた。
店内に踏み込んだウェルリア兵たちがそこで目の当たりにした光景は、机に向かって時計を修理している老人と、その作業を、何をするでもなく、ただじっと見つめている青年の姿であった。
「おいっ、クラーウの爺さんよお」
銃を構えながら、ウェルリア兵たちが言う。
「オレらはウェルリア兵だ。国王様のご命令により、これからこの家を隅から隅まで洗いざらいに調べさせてもらうぞ」
しかし老人と青年は、まるで聞こえていないかように、さっきと変わらず黙々と作業を続けている。
そのような態度をとられ、プライドの高い兵士は憤慨した。
その内の一人が悪態を付きながら、近くにいた青年の胸ぐらに乱暴に掴みかかった。
次の瞬間、「あっ」と悲鳴に近い声を上げる。
「お、おおおお前は、兵を逃げ出した、イズミっ…………!!」
「おや。誰かと思ったらリークくんじゃないですか」
イズミ——そう呼ばれた青年は、見知った顔の人物に、ふぅと軽くため息をつく。
そして、
「何もそんな幽霊にあったみたいな声を出さないでくださいよ。僕のガラスのハートが軽く傷ついたじゃないですか」
「軽口叩くなっ!……お、お前、…………まだこの街にいたのか」
イズミの胸ぐらを掴んでいた手が緩む。
驚きを隠せない様子だ。
「僕がこの街にいるのは僕の勝手です。悪いですか?」
「せっ、先生たちが探してんだぞ。み、見つかったら……!」
「大変なことになりますねえ。けど、君たちが先生に告げ口さえしなければ、僕は今まで通り平和に暮らせるんですよ。ねえ?」
「………っ!!」
イズミにそう言われ言葉に詰まった兵士は、周囲を見回すと、咄嗟に机の上にあったいびつな形の【小箱】を掴み取っていた。
そして、
「こ、【これ】を……。っ【これ】を返して欲しければ、せいぜいおめかししてお城に遊びに来るんだなっ!」
勝ち誇ったように、そう喚く。
そうしてもう一人の兵士に「帰るぞ」と命令すると、連れの兵士は敬礼して店の外へ出ていった。
引きつった笑みを浮かべているもう一人の兵士もドアの前に立つと、 最後、振り向きざまに、
「イズミぃ!オレはな、お前を捕まえて、一番上のSランクになってやるんだからな!覚えてろよっ……!!」
捨て台詞を残して、店を後にしたのだった。
ウェルリア兵二人の姿が見えなくなったを見届けてから、途端にクラーウ老人は、溜めていた長い息を吐いた。
「全く……。えらい目にあったわい」
「良かったですね」
「まあ、お前さんに感謝じゃな。しかしお前さん、本当に元兵士だったん………あ、おいっ!」
クラーウの話を背中で受け流しながら、イズミは先ほど邪魔が入って成し得なかった任務を遂行しようとしていた。
無言で物置部屋の前に立ち、物置部屋の引き戸に手をかける。
「やめるんじゃ!」
クラーウは思わず叫んでいた。
「裏口から逃げるんじゃ!アスカ!キリ!」
その言葉を耳にし、キリは直ぐに立ち上がっていた。
恐怖と焦りでバクバク高鳴っている心臓を押さえ込みながら、冷静さを必死に保とうとする。
「キリ!裏口はここだ!」
アスカがいち早く物置部屋の隅に裏口を見つけた。が、あろうことか、裏口前には沢山の資材が積み上げられていた。
「爺さんの奴……。普段、ここ(裏口)使ってないだろっ……」
「早くっ!物を退かさないとっ……!」
「って言ってもなあ……、オレ一人じゃこんな大きなモノ……」
「私も手伝うから!ホラ、ここ持って!」
必死になっている二人は、なりふり構わず共同作業で資材を退かそうと態勢を屈めた。その時だった。
『ガラッ——』
その音は妙に乾いて部屋に響いた。
イズミが物置部屋の引き戸を開けた音だった。
「これはこれは…………」
目を丸くさせて、イズミが呟く。
目の前には、互いに抱き合っているキリとアスカの姿があった。
その二人の顔は、引き攣っていた。
——見つかってしまった。
- Re: 【初めまして!】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.14 )
- 日時: 2013/09/15 23:44
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)
「詳しく説明してもらいましょうか。クラーウご老人」
いつもはクラーウの仕事場になっている机を取り囲んで、キリ、アスカ、クラーウは、イズミに問い詰められていた。
クラーウ氏がちらりとアスカの姿を確認すると、アスカは手をギュッと握って、項垂れていた。
「その前に。まずは、軽く自己紹介しておきますね」
イズミはそう言うと、にっこりと笑って、
「僕はイズミと言います。元々ウェルリア国の兵士だったんですが、訳あって今はしがない研究員をしています」
自己紹介を終えると、次にキリに名乗るように促した。
キリはしばらく自己紹介をしようか否かと戸惑っていたが、おほんと大きく咳払いをすると、イズミに向かって口を開いた。
「私はラプール島から来たキリ。さっきアスカに、とおーっても大事なものを壊されたんで、直してもらいにここにきましたっ」
言いながら、目線はバッチリと隣に座っているアスカを睨んでいる。
アスカが何か言いたそうに口を開き、それからすぐに押し黙った。
それを聞いていたイズミは大きく頷いた。
「キリさん、ですね」
名前を確認してから、
「ところでその大事なもの、というのは? 」
「ああ。それならこの机の上に……」
そこまでいって、キリは突然黙り込んだ。
無いのだ。見当たらない。
椅子から立ち上がって、辺りを見回す。
【小箱】は、いずこ……?
そんなキリの様子をみて、イズミが引き攣る笑みを張り付けて「もしかして、」と聞く。
「それって、歪んだ小箱だったり、します?」
「しますします!まるっきりそれです」
イズミはクラーウと目を合わせた。
間違いない。
ウェルリア兵が先ほど城に持ち帰っていってしまった、あの箱である。
「あの、キリさん。実はですね……非常に申し上げにくいんですが…………」
キリが「ほへ?」と首を傾げる。
一呼吸のち。
「その大切な【小箱】、先程ウェルリア兵の皆さんによって、お城に誘拐されてしまいました」
「ええええええっ?!」
キリが机をバンッと強く叩いて立ち上がる。
無理もない。何せ、他人の大切なものを預かったにも関わらず"壊して"しまい、しかも"盗まれて"しまったのだから。
「リィさんに合わせる顔がない…………」
半ば放心状態のキリ。
そんなキリをよそに、その元凶でもあるはずのアスカがじっとりとした目でイズミを見ていた。
「で? オレは自己紹介しなくて良いのかよ」
アスカの言葉に、ああ、とイズミが爽やかに答える。
「それは大丈夫です。分かってますよ。ウェルリア国第一王子のアスカ……」
アスカが慌ててイズミの口を塞ぐ。
「なな何言ってるんだよ! 違うって! 元ウェルリア兵だか何だか知らないけどな、王子じゃないっ。オレは"平民"のアスカだっ! わかったな!」
声はイズミの二倍も三倍も大きかった。必死の形相だ。
イズミはこくこくと頷くしかなかった。
因みにアスカが一番このことを知られたくない人物——キリは、というと、【小箱】を盗まれたショックで未だ放心状態であった。イズミの発言は耳に届いていないらしい。
アスカ、間一髪。
「アスカ王子、い、息が出来ないので手を離してください……」
アスカの手の下で、手を退けるように言ったイズミは、アスカに「だから王子言うな」と突っ込まれる。
と、そこで突然甲高い声が響いた。
「決めたっ!」
それは放心状態であったキリが発したものだった。
「お爺さん、アスカ、イズミさん。【小箱】をお城に取り返しに行きましょ!」
突然の提案に呆気にとられる男衆。
しかし、この状況を創り出す過程を踏んだのは、間違いなくアスカとイズミである。これは動かし難い事実だ。
「てなわけだから、アスカ、イズミさん、一緒に来て!」
「わしは……?」と少し寂しげに問うクラーウに、キリは、
「お爺さんはお店があるからと思って」
「そうじゃな。ふむ」
あっさり納得するクラーウ氏。
それで良いのかと呆れているアスカに、キリの言葉が突き刺さる。
「だから、アスカとイズミさんに付いてきて欲しいの。元はと言えば、こうなったの、二人のせいなんだからねっ!」
「ぐっ……」
呻くアスカに、イズミがその頭に軽くポンッと手をのせる。
そして、
「そうですね。なんにしろ、僕もいずれはお城に行こうと思っていましたし、……ちょうど良い機会だ。お供させてもらいます」
笑顔で言う。
「よろしくね、キリさん」
「ありがとうイズミさん……!」
立ち上がって握手を交わす。
そして次に顔を伏せているアスカを見るキリ。
「アスカも、来てくれるよね」
「なんでオレが……!」
「なにようっ……!」
キリは口をつぐむと、溜めていたものを吐き出すかのように、喋り始めた。
「元はと言えば、アスカが急に飛び出さなければ小箱の中身は壊れてなかった。つまりここには来てなかった。つまりのつまり、ウェルリア兵なんかに小箱を持ち去られることはなかった」
弾丸のように口から溢れ出す言葉の数々。それらは次々とアスカの良心に突き刺さっていった。
——そう。全ての元凶は、オレ……か。
到堪れなくなって、アスカはまた下を向いた。
そして、
「分かったよ。行くよ、一緒に」
キリの顔がぱああっと輝いた。
かくして、キリ一行はこれから【小箱】を取り返す旅に出るのだった。
……半ば強引に。
- 【第一章 出会い編】 第四話:予想外の襲撃 ( No.15 )
- 日時: 2013/09/15 23:45
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)
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一方で、その頃のリィはというと。
喫茶店を後にして、待たせていたキリに侘びを入れるつもりで勢い良く石畳の道に飛び出したリィは、そこでキリの姿が見当たらないことに気がついた。
「あら……キリ…………?」
慌てて辺りを見回すも、それらしい姿はない。
何処に行ったのかしら……。あのキリのことだから、まさか頼まれごとをされた状態で一人で何処かに行くとも考えられないし……。
じゃあ、何処へ?
とりあえず、手当たり次第にキリがいそうな場所を当たってみよう。
リィは急ぎ足でウェルリア国城下町に赴いた。
街中なら、なんらかの情報が手に入るかもしれない。
そう思って辿り着いたリィは、そこで、街中の異様な騒ぎに巻き込まれていた。
ウェルリア兵たちが複数人、街中を徘徊していた。
無理やりにでも家に押し入ろうとしている兵士。行き交う通行人に事情聴取を行っている兵士。
国民たちも国民たちで、必死に誰かを捜しているようなのである。それこそ、血眼になって。
頭の回転の速いリィは、その光景を見て、直ぐに察した。
そうか。皆はウェルリア国の正統な後継者である第一王子を捜しているのだ。
見つけたものには褒美を与える——王のおふれで、このような混乱を招いているのだ。
「全く……。親馬鹿にもほどがあるわねえ」
ため息混じりにそう呟くリィ。
しばらく混乱の渦中にある街中をゆったりと縫っていると、前方の店から二人組の兵士が現れた。
手にしているのは、見覚えのある【小箱】。
「え……?」
まさか、そんな。でもあの箱は……。
疑心暗鬼に駆られているリィは、息を殺して二人の後につくことにした。
もしかしたら、キリの行方の手がかりが掴めるかもしれない。
「しっかし驚いたよなあ」
「ああ。まさか"クラーウ時計店"にイズミがいるなんてな」
「王子探しでもしていたのかな」
「かもなあ。無一文だと思うからよ」
がはははと兵士共は下品に笑い、それから一人が急にトーンを落とした。
「で、この箱、なんなんだよ」
「分からん。中身は水晶のようだが……とにかく、城に持って帰るんだ。奴が取り返しに来るに違いない」
その言葉を盗み聞いたリィは、人知れず踵を返すと、周囲に目もくれず、走り出していた。
- 【第一章 出会い編】 第四話:予想外の襲撃 ( No.16 )
- 日時: 2013/09/15 23:46
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: JcxyhtqZ)
「キリっ!」
叫びながら駆け込んできたのは、見知った顔だった。
綺麗な長い黒髪を靡かせて。その顔には安堵の表情が伺える。
「リィさん?!」
キリはそう叫ぶと、優雅に啜っていた紅茶のカップをガチャンと机に置いていた。
駆け込んできた女性を驚きに満ちた表情で見る。
「なんで、ここに?!」
「それはこっちの台詞よ、キリ」
そう言いながら珍しく険しい顔つきで歩み寄ってきたリィ。
キリは思わずギュッと強く目を瞑った。
——怒られるっ……!!
が、キリの予想に反して、キリはふわっと包まれるように優しく抱きしめられたのだった。
リィの良い香りがキリの胸いっぱいに広がった。
「キリ。……無事で、良かった」
優しい声色がキリを包む。
キリは、途端にぶわっと目に涙を溜め、リィにしがみついた。
「ごめんなさい、リィさん。私、リィさんの大切なもの、壊してしまって……。盗まれ、ちゃって。……本当に、ごめんなさい」
「いいわよ。キリが無事で、本当に良かったわ……」
「リィさん……リィさん……。ごめんなさい…………」
「キリ……」
ギュッと抱きしめるリィにしがみついて鼻水を啜るキリ。
そんな二人の世界を蚊帳の外で見ているしかない男衆。
リィがふとキリから身を離す。
「あら……」
男衆を一瞥し、キリに聞く。
「ところで、この人達、誰かしら?」
涙を流しながら苦笑いするキリに、イズミがリィに一歩近づいた。
「申し遅れました。僕はここウェルリア国で研究員をしています、イズミです」
次いでクラーウが慌てて口を開く。
「わしはこの時計店の主人、クラーウじゃ」
「オレはアスカだ」
「あらあ、キリがお世話になっています。ラプール島から来ました、キリの育て親のリィです」
3人は横一列になってリィと挨拶を交わした。
朗らかな表情で応答するリィ。
その顔を何故かイズミは無言でじっと見つめていた。
それに気がついたリィが声をかける。
「あの……何か、ついてます?私の顔に」
「いえ…………」
唐突にイズミがギュッとリィの白い手を握り締めた。
アスカとキリはその光景を目の当たりにし、思わず赤面する。
「えっと……。イズミさん?」
「貴方は…………」
手を握り締めたまま言うイズミの瞳は微かに揺らいでいた。
「一度何処かでお会いしたでしょうか」
「いえ……」
何が何やらさっぱりといったリィが疑問符を浮かべながらイズミの質問に答える。
イズミはふうと息を吐くと、その手を離した。
「そうです、よね。……突然すみません。僕の思い過ごしでした」
顔を伏せてリィから身を引く。
それから顔を上げると、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「さて。これから、どうします?」
イズミの言葉に、キリが慌ててリィに向き直る。
「そうなの。リィさん!」
ん?と微笑んでキリを見るリィ。
その表情にキリはグッ、と息を詰め、しかし、続ける。
「あのね、リィさんに渡された【小箱】なんだけど、ね。その……ウェルリア兵に取られちゃったの。だから、お城に行って【小箱】取り返してくる。だから、リィさんと一緒にラプール島には帰れない。…………だから……」
「キリ……」
「リィさん、お願い。この二人と【小箱】をお城に取り戻しにいく。ね、いいよね」
「…………」
しばらく困惑気味のリィであったが、キリの真剣な眼差しを見据え、頷いた。
「分かったわ。ありがとう、キリ。【小箱】、取り返してきてね」
「うん」
「無理はしないのよ」
「うん」
思いつめた様子でキリを諭すと、リィはイズミとアスカに振り向いて言った。
「キリを、よろしくお願いしますね」
「はい」
ゆっくりと頷くイズミ。
「必ず貴女の【小箱】を取り返してみせます」
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同時刻、ウェルリア城へと続くとある道にて。
クラーウ時計店から飛び出すようにして出てきたウェルリア兵二人が【小箱】を手に、悠々と歩いていた。
「王子探しに、とんだラッキー星が飛び込んできたな」
「【これ】でイズミを兵に連れ戻したら、俺たち、一気に昇格できるな!」
兵士二人はガハハハと大笑いしていた。
殺気立った複数の人間に取り囲まれていることには、微塵も気づかずに。
「止まれっ!!」
突然、道の路肩からガタイの良い男たちが数人飛び出してきた。
その顔は、三角折にしたバンダナで覆われていて、把握できない。
「なっ、何者だ貴様らはっ!」
いきなりの襲撃に焦る兵士。
慌てて銃を構えようとするが、しかして首元にナイフを突きつけられ、二人はあえなくホールドアップするしかなかった。
「その手にしているモノをこちらによこすんだ」
「こ、この【小箱】を、か……」
「つべこべ言わずに、こちらに渡せっ!」
その声は有無を言わさない迫力に満ち満ちていた。
兵士は湧き立つ震えを必死で抑えながら、おそらくは首領の男に、あっけなく【小箱】を手渡していた。
「確かに。【あの方】に言われた【例の箱】だ」
手渡された【小箱】を一瞥すると、男たちは一瞬にして現場から立ち去っていた。
あとに残されたウェルリア兵二人は、呆然と道端の真ん中で座りこんでいた。
それからしばらく、兵士二人は恐怖のために立ち上がれなかったのだった。