複雑・ファジー小説

Re: 【7/30*更新】ウェルリア王国物語〜眠れる華と紅い宝石〜 ( No.55 )
日時: 2013/09/26 19:27
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: UPSLFaOv)

■CHAPTER 26■ 小箱の行方

『喫茶店 ジュリアーティ』

それから一夜明けて。
キリとイズミが連れ立って目指した先は、以前に一度見たことのある古びた建物だった。
路面は白い石畳で覆われている。

——ここ、来たことが、ある。

キリは建物の入口付近で、はたと立ち止まった。

「キリさん……?」

イズミがキリを振り返る。
キリは、建物脇の細い路地裏をじっと見つめている。

「キリさん、……入りますよ」

イズミのその一言で、キリはまるで呪縛が解けたかのように、はっと息を飲むのだった。
そして、イズミの後を追って、喫茶店に足を踏み入れるのだった。


——この瞬間にも。

あの細い路地裏から、一人の少年がシマフクロウを連れて飛び込んで来るのではないか……。

傷心に駆られるキリの心には、そのような想いが渦巻いていた。


さて、カランコロンと軽やかにドアのベルが鳴り響き、イズミとキリは『喫茶店 ジュリアーティ』に入店した。

喫茶店内はシャンソン歌手の名曲をバックに、客たちの会話が雑踏していた。
客入りは、そこそこのようだ。

「ここはまさか……」

イズミが誰ともなく呟いた。
その表情は、心なしかこわばっていた。
その横で、キリがイズミに小声で話しかける。

「イズミさん。これから、どうするの?」
「……ひとまずここのオーナーに会いましょう」

入口付近で立ち止まってそのようなやり取りを交わしたイズミとキリは、ゆっくりと店内に歩を進めた——。

******

「喫茶店ジュリアーティ、ですか」
「そうじゃ」

昨日さくじつ、クラーウ時計店での会話。
イズミは小箱の行方を追うべく、クラーウ氏から"反政府軍の溜まり場"を聞き出したのだった。
クラーウ氏が言うには、喫茶店ジュリアーティというウェルリア王国南部に位置する古びた喫茶店が、反政府軍の輩の溜まり場になっているらしい。
なんでも、この喫茶店の店主は、今の政府に対して強い嫌悪感を示しているのだとか……。


——大人って色々あるんだな。

それを聞いてキリが思ったことは、そのようなことだった。

——大人は大変だ。子どもも子どもで色々と大変なこともあるけれど。
けれど、政府・政治などのしがらみは、子どもには縁遠いものだ。


「それではひとまず、その喫茶店に行ってみましょう。なにか手がかりが掴めるはずです」

イズミの言葉に、キリは、深く頷くのだった。

******

そのような経緯で、イズミとキリは今、喫茶店に来ていた。
二人は、カウンターにいる店主らしい女性に近寄っていく。
イズミは足を踏み出す度に、何故かビリビリと震える空気に、顔をしかめていた。
しかし一方でキリは何事もないかのように平然としている。


近づいて、うつむいている女性の姿をよくよく確認すると、女性は70歳後半近い老婆であった。

「もしもしお嬢さん」

しかしイズミは、気にもとめずに、老婆にそう声をかける。

「なんじゃ」
「作業中失礼致します。初めてこの喫茶店に来たんです、僕たち」
「それがなんじゃ、小童こわっぱ

老婆はなおも顔を上げずに、カウンターの向こう側でなにやら作業をしている。
キリは思わずひっと息を飲み、イズミの服の裾を掴む。
その手は、わずかに震えていた。

「……お婆さん」

イズミがふと、口を開いた。
そして、カウンターに身を乗り出す。
その目はしっかりと老婆を見据えていた。

「お婆さん、貴女様あなたさまは、もしや……」

イズミの、噛み締めるような、しかし落ち着いたその言葉に、老婆の目が微かに光った。