複雑・ファジー小説

Re: 【参照500突破!】ウェルリア王国物語-眠れる紅い宝石- ( No.76 )
日時: 2013/11/15 07:08
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: c.0m5wa/)

天気のいい昼下がり。
ウィルア城の正面の門を、今まさにくぐろうとしているメイドがいた。

「ちょっと待て」

2人いる門番のうち、ガタイの良い兵士がそのメイドを呼び止める。
メイドは大人しく立ち止まった。

「どこに行く」
「城下町まで、買い出しに」

にっこりと優雅に微笑むメイドは、ユメノのお世話係であるウィンク嬢だった。
手にしたバスケットから分厚い紙切れをとり出して、ウィンクは釈然と門番に突きつける。

「ちゃあんと国王さまからも直々に外出許可を頂きましたからね。ユメノ様の御用達の茶葉、その他もろもろを買いに行ってきます」
「そうか、確かにその許可証は本物だな。せいぜい、気をつけていけよ。最近何かと物騒だからな」

その横で、もう一人の兵士がぼやく。

「ったく……この物騒な時だってのにあの親バカ国王は……」
「こらリーク! 兵士のクセしてなんてことを言いやがる! バカモンっ!」
「っ痛え……!」

ガタイの良い兵士に小突かれ、ぼやいた門番が脇腹を抱えてうずくまる。
その一連のやり取りを笑顔で見届けたウィンクは、

「じゃ、そういうことでいってまいりますわ。……さ、行くわよ、カトリーヌ」

兵士二人に会釈して、いそいそと歩きだした。その後ろを、若いメイドがうつむきながら——頭には紺色のスカーフを巻いている——ついていく。

「……ちょっと待て!」

突如、悪態をついたほうの門番が、声を上げた。
先程昼休憩を終えて門番の任についた、リークであった。

その唐突なリークの言動に、メイド二人はびくりと身体を震わせ、しかし、素直に言われたとおりに立ち止まる。

「な、何でしょうか、門番さん……」

心なしか、若いメイドを隠すように立って応じるウィンク。
リークは黙ったまま、若いメイドの方に歩み寄った。
スカーフの下のその表情は、心なしか引きつっているように見える。

「おい、返事をしろ」
「…………」
「おい、お前だよ! スカーフのメイド!」
「……え、……あ、ハイっ……! オレ……(裏声)あ、イヤ、わ、ワタクシですか?」
「だからお前だって言ってるだろーが」
「ああぁあっ!」

そこで思わずウィンクは声を上げてしまった。
慌てて口を塞いだが、引っ込みがつかなくなり、仕方なしにそのまましゃべり続ける。

「あのお、門番さん。この子はそのお、実はあっ……!!」
「黙れウィンクっ、こら馬鹿ッ……!」
「ん? 何を二人して慌ててんだ? ……俺はただ、」

そう言って、リークは若いメイドに向かって右手を差し出した。

「ハンカチ、落としましたよ」
「……へ…………」
「…………は?」

手渡されたレース付きのハンカチを、拍子抜けしたような表情を浮かべて受け取る若いメイド。

「(裏声)あ、ありがとうございます……」

(なんだ……ハンカチかよ……。びっくりさせるなよな)


そう心の中でぼやいた若いメイドは、何を隠そう、脱走を試みるアスカ王子その人であった。

Re: 【参照500突破】ウェルリア王国物語【企画案募集】 ( No.77 )
日時: 2013/11/01 02:08
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: nlsJQUXH)


(なにがキュートで華麗な作戦だ……)

今自分の置かれている現状に、男であるアスカは思わず身震いしていた。

普通に生きていれば、多分、一生縁が無いであろうメイド服を着せられて。買い出しに行くメイドに扮して城を脱走する——という計画を、アスカは只今メイドのウィンクと共に実行中、なのだが。
しかし——、

(なんていうか、色んなものを失った気がする……)

けれども、幸か不幸か。ひとまず、門番二人に若いメイドの正体が王子だということはバレていない。
結果的には、良かったといえるか。

アスカは、ふう、と安堵のため息を漏らした。
——のも束の間。


「それにしてもメイドさん。……貴女あなた、顔を隠すようにスカーフを被ってますけど。隠すような顔では無いんじゃないか?」

ハンカチを渡し終えてリークが発した言葉に、思わずアスカは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

(この兵士はっ……。いらんことは聞くなっ……!)

「(裏声)ああ、こっ、これはですね……」
「あああああっ! こ、この子は、その、太陽の光、その、直射日光がダメなんです! 世間一般でいう、紫外線が肌に大ダメージを与えるっていう、その、肌が弱くてえっ……!」

横で必死でフォローを入れるウィンク嬢。本当は王子だとバレないよう顔を隠すためにスカーフを被っているのだが、リークは「そうなのか……」と素直に納得した素振りを見せた。

(なんとか、騙し通せたな……。単純な奴で良かった)

アスカとウィンクが心の中でホッと胸をなでおろした、まさにその時だった。

『びゅおおおおっ——!』

何の因果か、いきなり突風が辺り一帯を吹き抜けた。
スカートがばたばたはためき、顔に巻いてたスカーフは勿論のこと、突風に煽られて、何処かへ飛んでいってしまった。

「…………あ」

Re: 【参照500突破】ウェルリア王国物語【企画案募集】 ( No.78 )
日時: 2013/11/11 15:09
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: jJ.GwC2w)

顔を隠すために身につけていたスカー フが風に飛ばされ、しばらく呆然と立 ちすくむメイド二人であった。 だがしかし、空中を漂うスカーフに気 を取られているのは兵士二人も同じよ うで、アスカとウィンクは一方的に別れを告げ ると、なんとか城下町へと足を運んだ のであった。

***********

「ったく……ひどい目にあったぞ……」

荒い息を整えながらアスカが悪態をつ いた。ウィンクは「本当ですねえ」と 頷き、

「けれど、王子がご無事でなりよりで す」

そう言いながらアスカに向き合い、 走ったせいでよれよれになっていた服 の襟を整えてやった。

城から逃げ出して走ること約5分、城 下町へと向かうなだらかな小道の途中 で、アスカとウィンクは腰を落ち着け ていた。 ここに来るまでに、追っ手が来ていな いか幾度となく確認しているが、今の ところそれらしい気配はない。

「それにしても、見事でしたね!ワタクシの作戦!」

自分で言うか。 ウィンクの発言に、思わずついて出そ うになった言葉をアスカは急いで飲み 込んだ。

「……えーっと、……『華麗で、なおか つキュートな作戦!』、だったっけ」
「そうです!誰にもバレずに、しかも傷つけずにお城から出てこれましたか らね。さすがウィンク!ウィンク最高!」
「自分で言うな」

そう言ってから、アスカは改めて己の格好を再確認して、

「でも、やっぱり、なんでオレがメイド服なんか着なくちゃなんないのかが 納得できないっ……!」
「うふふふふ。お似合いですよ、王子」

そういうウィンクの顔は、なにやら含み笑いを浮かべている。

「ウィンク、お前まさかわざと……」

あらぬ考えが頭をよぎるが、すぐに頭 を振ってその考えを振り払う。 答えを聞くのも怖い。……考えないこ とにしよう。

「さっ、王子。ここを下っていくと城 下町です。ワタシはこのあと買い出し に向かいます。ここでお別れですね」
「ありがとう、ウィンク。助かった よ」
「いえ。ワタクシはいつでも王子とユ メノ様の味方ですからね。では、お先 に失礼致します」

にっこり笑ってそう言うと、ウィンク は先に城下町へと続く小道を降りて いった。

「さて……オレも行くか」

目指すはクラーウ時計店。 身を奮い立たせ、一歩踏み出したアス カは、そこで何故か下の方がスースー していることに気がつく。

「……っ…………!」

当然ながら、アスカの格好はメイド服 のままであった。 着替えは持ち合わせている筈がない。

「くっ……そおぉ……」

赤面しながらも、ひとまずクラーウ時 計店を目指すアスカであった。