複雑・ファジー小説
- Re: 【最近】キリと黙示の王国物語【毎日更新】 ( No.100 )
- 日時: 2013/11/15 00:18
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: c.0m5wa/)
【第五章 手がかり編】
〜〜第四話:再び、ウェルリア城へ〜〜
時計店に着いたアスカの第一声は、こうだった。
「じいさん! オレの服はどこだ?!」
突然店に飛び込んできて喚かれ、一体何事なんだと理解が追いついていないクラーウ氏ではあったが、アスカの物凄い剣幕に、恐る恐る店の奥を指さす。
アスカはメイド服の裾をたくしあげると、ずかずかと店内の奥へと踏み入った。万が一に備えて、クラーウ時計店に庶民に変装するための着替えを持ち込んでいたのだ。
さて、アスカが着替えている間に、クラーウ氏はキリとイズミから、事のあらましを説明してもらった。
「つまり、なんじゃな」
一般庶民の服をまとったアスカも揃い、ようやく一息ついて机を取り囲む一同。
クラーウ氏が紅茶の入ったカップに口をつけて、先ほど説明されたことを、反芻した。
「そのジュリアーティさんの占いによると、その【小箱】は【ウェルリア城内】にあると……」
「なんだとっ?!」
吠えたのはアスカだった。
「なんだその占いは。【ウェルリア城内】にある、だと? 【小箱】は【反政府軍】の奴らに奪われたんじゃなかったのか?!」
「落ち着いてください、王子」
どうどう、とイズミが立ち上がったアスカを宥める。
宥めながら、
(きっと女装なんかさせられて、必死でお城を脱走してきたのに、無駄足だった、なんてことになりたくなくて必死なんだろうな……)
勝手な思いを巡らせる。
「……しかし、アスカ王子の言う通りです。その点は僕にも納得が出来ないんですよ」
「……そ、そうだよな! イズミも、やっぱりそう思うよな!」
「ハイ。……リークくんたちは【小箱】を何者かに盗まれたと言っていました。その所在は不明……ましてや、【ウェルリア城内】にあるのは、今までの流れからして、……有り得ません」
「じゃあ、あのお婆ちゃんの占いが失敗したってこと?」
キリが尋ねる。
イズミは、そうですねえ、と唸って、眉間にシワを寄せ、
「彼女はウェルリア国内でもトップクラスの呪術師だと豪語してました。失敗だとは思えません」
「その力自体、ニセモノだったんじゃないのか。それか、嘘をついている、とか」
アスカの言葉に、
「それは絶対に、無いもん!」
キリは眉を吊り上げて反論した。
イズミも頷くと、「ですから、」と続ける。
「お婆さんの言葉を信じて、【小箱】は【ウェルリア城内】にあると仮定しましょう」
「それで良いのかよ」
不服そうなアスカに、イズミは大きく頷いた。
「これは【僕の勘】です」
「勘かよ!」
「……話を続けましょう」
唇をカップにつけると、一息ついて、イズミは全体を見回した。
キリとアスカとクラーウ氏が、イズミを一点凝視、固唾を呑んで見つめている。
「その【仮定】が【真実】だとすると、」
「うん」
「僕らは【ウェルリア城】に向かわなければなりません。もう一度、ね」
イズミの言葉に、キリがごくりと大きな音を立てて喉を鳴らした。
- Re: 【最近】キリと黙示の王国物語【毎日更新】 ( No.101 )
- 日時: 2013/11/27 00:41
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: B81vSX2G)
アスカは、その言葉を聞いて、やはりそうなるのかと意気消沈していた。
必死の想いで脱走してきたのに、ご愁傷さま——誰かに笑われた気がしたので、アスカは思わず眉をしかめた。
「僕はお城に向かって【小箱】の存在を確かめてきます。それを取り返してから、【リィさん】にも少しお聞きしたいことがあるので」
「リィさんに……?」
「そうです。まあそれはおいおい説明するとして、……さて。キリさんとアスカ王子はどうします?」
そう振られて、2人は思わずびくりと身を固めた。
「どうします?」——もともとは、誰のため、なんの目的のためにこれまで行動してきたのか。
それを考えれば、答えは、当然——。
「私、行くよ」
「……キリさん」
安堵の表情を浮かべるイズミ。
キリが唇を噛んで、ぽつぽつと発言する。
「……、元はといえば全部私のせいでもあるし。お婆ちゃんが嘘ついてるようにも見えなかったし。リィさんのことも気になるし。私も行く」
「オレは行かないからな」
うって変わって、アスカは冷ややかな声でそう言った。
えっ、と言って、キリが振り返る。
「せっかく城から逃げ出してきたんだ。オレは、城から逃げ出してきた王子として、もうこれ以上のリスクは犯せない……犯したくない」
「でも、そもそもの元凶は誰だと思ってるのよ!」
「なんだと! 元はといえばお前があんな所でボーっとしてたのが悪いんだろ!」
「あっ……、アスカがあんなとこから飛び出してくるからでしょっ……!」
「避ければ良かった話じゃないか!」
「それはこっちのセリフよ!」
「なんだとっ?!」
「……まあまあ、2人とも、落ち着いてください」
「そうじゃ。落ち着けアスカ」
「でも……!」
「そうですよ、キリさんも」
「だって……!!」
見かねたイズミとクラーウ氏が、立ち上がって喧嘩を始めた二人の間に仲裁に入る。
イズミに肩を掴まれ、大人しく俯いたキリに、アスカはまだ何か言おうとして、それから黙って椅子に座り直した。
ピリピリとした空気が店内を支配する。
と、唐突にクラーウ氏が声をあげた。
「そ、そーいえば、そうじゃ! こないだ新しく買ってきた紅茶の茶葉があったんじゃった。待っておれ、入れてくる」
「ああっ、良いですねぇ〜! それっ!」
すかさずイズミも合いの手を入れる。
しかし、不機嫌そうな表情を浮かべていたアスカは、その場にすっと立ち上がると、
「オレ、いらない」
そのまま、二階へと姿を消したのだった。
- Re: 【最近】キリと黙示の王国物語【毎日更新】 ( No.102 )
- 日時: 2013/11/17 00:29
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: c.0m5wa/)
しばらく、店内は静寂に包み込まれていた。
誰も、なにも発さない。
——キリが呟いた。
「…………いいもん」
今にも消え入りそうな声だ。
「いいもん。……アスカがいなくたって…………アスカなんて……」
「キリさん……」
イズミはどう声をかけようか思案したが、良い言葉が思い浮かばず、とりあえずポンポンと頭を撫でてやった。
そうは言っても、アスカ王子の言い分も分かる。
必死の想いで逃げ出してきた城下町。
城は窮屈で鬱屈していて、少年の身体では耐えられなくなったのだろう。
心情的にはキリさんに協力したいという気持ちはあるだろうが——しかし、
……色々あり過ぎた。
ここ数日間で。
数十年間耐えてきたが、もう限界が近いのだろうか。
それだけではない。
前の王族の報復にも怯える日々——。
(逃げ出したくなるよな……)
否、王子では無いから、その気持ちは理解は出来ないが。
イズミはふと天井を見つめ、それから黙ってキリの背中を優しく撫でるのであった。
++++++++++
——子どもだなと、自分でもそう思う。
オレの方が一歳年上なのに。
——それなのに。
つい言い合いをしてしまった。
『理不尽』な。
「……はあ」
さっきから口をついて出てくるのは、ため息ばかり。
アスカは、時計店の二階の寝室で、横になっていた。
ここ数年間、よく城から抜け出しては時々泊まりに来ていたクラーウ時計店。その二階にはいつの間にやら、自室と呼んでもおかしくはない、アスカ専用の部屋が確保されていた。
真新しいシーツが敷いてあるベッドに横になり、布の擦れた音を立てて寝返りをうつ。
「…………」
自分でも分かっていた。
全ての元凶は自分のせいであると。
だが、しかし。
あれは不可抗力だったのだ。
あの場所でキリと出会ったのは。
例えその出会い方が最悪なものだったとしても。
——逃れられない【運命】だったのだ。
……そう、思いたい。
それに……。
先ほどからざわつく胸を、押さえる。
——城に戻ったら、ダメなんだ。
嫌な予感……虫の知らせとも言うべきか。
とにかく、【城に戻ったらダメだ】という不安感が頭の中で渦巻いていた。
何故だか分からないが。
もう、キリたちにも一生会えないような……。
先ほどイズミの【勘】というものを嘲りはしたが。
心の奥底で、誰かが、『城に行ってはダメだ』と警鐘を鳴らす。
「——オレは、…………行かないからな。何処にも」
アスカは一人、寝室でそう呟くのだった。
- Re: 【最近】キリと黙示の王国物語【毎日更新】 ( No.103 )
- 日時: 2013/11/18 00:41
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: c.0m5wa/)
++++++++++
「じゃあ、行ってきます」
「そうか」
壁一面に掛かっている時計たちは、どれも午後8時を回っていた。
窓の外には、ぽっかりと満月が浮かんでいた。
あのあと、誰になんと言われようと城に向かうことに決めたキリとイズミは、ウェルリア城の周りの湖の水が、明日の早朝に引くと読み、その日の夜のうちにクラーウ時計店を出発して、ウェルリア城近くの林の中で一晩明かす計画を立てたのだった。
決心を固めてドアのノブに手をかけたイズミは、ふと思案してからクラーウ氏を振り返った。
「クラーウさん。アスカ王子は……」
無言で首をふるクラーウ氏。
「……そうですか」
あれから、二階に上がってしまったアスカの姿を、イズミは見ていない。
キリも、クラーウ氏もしかりだ。
苦笑混じりに返事をすると、イズミは横で黙って突っ立っているキリを見た。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
キリは俯いたまま答えた。
月明かりが路面を煌々と照らす中、二人はウェルリア城を目指すべく、時計店を後にしたのだった。
その様子を、アスカは、2階の窓からこっそりと覗いていた。
電気もつけずに。
月明かりを頼りに、時計店を背に歩いていく二人を、2階の窓辺から見届けた。
「…………」
直後、ギイィイと軋んだ音を立てて、後ろの寝室のドアが開かれた。
思わず身構えて振り返ると、そこにたっていたのはクラーウ氏だった。
パチリと部屋の明かりが灯された。
「なんじゃい、電気も付けんと……。アスカ、一体どうしたんじゃ」
「爺さん…………、オレ……」
どこか虚ろな目つきで、アスカはクラーウ氏を見つめる。
「城に戻ったら、…………」
唇が乾いて、上手く喋れない。
「もう二度と、あいつらと、会えなくなるかも……しれなくって」
「……アスカ?」
「なんだろう、…………怖いんだ」
身体が、勝手にガクガクと震える。
立つのもやっとで、アスカは壁にもたれかかった。
「爺さん、……オレ、…………」
「大丈夫じゃて。落ち着け、な」
ゆっくりと歩み寄って、ポンポンと頭を撫でる。大きくて暖かい皺の刻まれたクラーウ氏の手、……落ち着く。
「……ごめん、なさい」
どうしてこうなったんだ、なんでこんなに不安になる——。
アスカは、嗚咽を漏らしながら、その場に座り込んだ。