複雑・ファジー小説

Re: ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.154 )
日時: 2014/02/28 10:52
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ix3k25.E)


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「あっ、イズミさん帰ってきた!」

キリの第一声に、王子誘拐対策本部室にいた面々は揃ってその入り口に目をやっていた。
ゆっくりと姿を現したのは、半ば虚ろな目をしたイズミであった。

「イズミしゃあーん! 待ってたのだ! おかえりなのだ!」
「1時間近くどこ行ってたのよ、イズミさあん」

声を上げてキリとユメノがイズミに駆け寄る。
しかしイズミは、俯いたままである。

「…………イズミしゃん。ね〜え〜、聞いているのだ?」
「————」
「……い、イズミ……さん?」

何と話しかけようとも、一向に顔をあげようとしないイズミに、キリもユメノも困ったようにお互い目を合わせた。
——なにが、どうしたというのか。

そんな2人を押しのけてイズミに駆け寄ったのは、ユメノのお世話係のウィンクであった。
どこか宙を彷徨っているイズミの視線と自分の視線を合わせようと、間髪入れずにイズミの肩を掴み、ウィンクはそのまま前後に大きく揺さぶる。

「…………イズミ……っ……イズミ。ねえ、しっかりしなさい。ねえ、様子が変よ……しっかりしなさい、イズミ! 」
「ウ、ウィンクこそ……、ど、どうしたのだ急に……」

突然のウィンクの行動に、ユメノは思わず目をまん丸くさせた。
しかし、ウィンクはそれに構わず、必死になってイズミを揺さぶり続ける。

「イズミ! しっかりしてっ!」
「……………………父さんが…………」

ようやくイズミが声を発した。
それも、微かに聞き取れるくらいの声量であったが。

「イズミ…………?」

どう見ても。
——明らかに様子がおかしい。

「…………を、殺したのは………………あ……父さん…………を……」
「しっかりしなさい。イズミ、私の声が聞こえないの? イズミ!」

必死に呼びかける。
それは普段ドジでバカなウィンクその人では無かった。
ウィンクは、ただ必死にイズミに向かって叫んでいた。

「ウィンク……なあ、…………ど、どうしたというのだ…………?」

ユメノの言葉に、ようやく周囲に目を向けたウィンクは、振り向きざまにこう言った。

「お嬢様、……イズミさんの様子が変なのです。何か心当たりはございませんか?」
「なななっ……! ナイに決まっているではっ……ないか!」

物凄い勢いで首を横に振るユメノ。
「キリさんは?」と問われ、同じようにキリも首を横に振った。

「…………あの」

声がした。
急いで振り返ると、イズミが真っ青な顔で、しかし微かに笑みを浮かべていた。

「あの…………スミマセン。少し……気分が優れないので、どこか寝室をお借りしても良いですか」
「…………イズミ……さん?」
「あ、ああっ……! そうだな、ユメノの部屋に来るかっ……? それともっ、どこか別の部屋を用意させるぞ……!」

ユメノがあせあせと周囲に呼びかける。
そんな風に、イズミを介抱しようと動き出した所へ——。

「——失礼しますよ」

ウェルリア軍の総司令官であるヨハン=ファウシュティヒが玉座から帰ってきた。

そして————
それは刹那の出来事であった。

Re: ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.155 )
日時: 2014/03/01 20:58
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ix3k25.E)



イズミはその声を聞くや否や、自身のそばにいたウェルリア兵から無理矢理剣を奪い取っていた。
その俊敏な動きに、ウェルリア兵は身動きがとれなかった。
そして——呆気にとられている兵士を尻目に、その剣を強く握りしめたまま真っ直ぐにヨハンに振りかぶっていく。

「————っ!」

誰もが息を呑んだ。その場で立ちすくんでいた。
さて————。
狙われた当人であるヨハンは、咄嗟の判断で無言のまま自分の護身用の短剣を引き抜くと、全身でそれを受け止めていた。

『ギリギリギリ…………』

床を踏みにじる音と共に——。
剣が交わる無機質な音が、室内に響き渡る。

「————イズミ……?」

剣を受け止めたまま、ヨハンが驚きつつ、しかし冷静に問う。

「なんだ、……イズミ、突然…………どうしたんだ……?」

イズミはそれには答えずに、ただ力任せに剣をかざしていた。
目の焦点は定まっておらず、その虚ろな眼には、何も映していなかった。

「ヨハン、先生………っ…僕、信じてたのに……」

キンっ——キンっ————
無慈悲にも室内に響く鉄の音。

そうして声を荒らげたイズミは、刹那、再度ヨハンに向けて大きく剣を振りかざした。そして。

「信じてたのに…………信じてたのにっ…………!」

そう叫びながら——。
ヨハン目掛けて無茶苦茶な太刀筋で剣を振るっていく。

そんなイズミをなだめながらも、無茶苦茶な剣筋を全て受け止めていくヨハン。

————。

キリもユメノも、そして周りの兵士たちも、ただ呆気にとられるしかなかった。
——対策本部の部屋が、一気に緊迫した空気と化した。

Re: ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.156 )
日時: 2014/03/02 07:30
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: ix3k25.E)


「なあ、……落ち着け、イズミ。話を聞こう」

剣を交えながらも、あくまで冷静に対応するヨハン。
イズミはそんな姿を見て眉をしかめると、ぐっと息を詰めた。
——それから。

「なにも、……なにも分かっていないんだな…………」

そうぼやいて、ヨハンをぎっとにらみつけた。

「…………お前、が、、……お前が、【俺の父さん】を、殺したんだろっ…………!」

しばしの沈黙が室内に木霊した。
誰もがその衝撃の事実に、呆気にとられていた。
否、意味がわからなかった。
イズミは一体、何を言っているのだ……?
ヨハンも思わず目を見開いて、驚愕の事実にぐっと息を呑む。

「…………イズミ。それは……一体どういう……ことなんだい」
「しらばっくれんなッ! ヨハン=ファウシュティヒ! ————いや、…………。フフ、そうか……ははっ、そうだよな。フフ、……フフフフ」

突然、イズミは肩を揺すって笑い声をたてた。
かと思うと、スッと切っきっさきをヨハンに向けて、

「ヨハン先生、……そうだ。僕の正体を教えて上げるよ」

めつけるように。
憎しみを込めて、嘆くように。
ヨハンを見据えて——。
————イズミは、ゆっくりと口を動かした。

「僕の父はね、【12年前のあの日】までファーン家に仕えていた呪術師【レーゼ=ファミリア】なんですよ」

まどマギに見入ってしまった一日 ( No.157 )
日時: 2014/03/07 16:54
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bh4a8POv)

   
「………………」

告げた言葉は、虚しく室内に響く。
ヨハンはしばらく押し黙っていた。

そして、やっとその口をついて出た言葉は————。

「そうか…………やはり……そうだったか」

ぽつりと。
まるで独り言のように、ヨハンはそう言った。
イズミは眉をしかめ、顔を歪めた。

「知っていながらっ……知っていながら俺を育ててきたのか!」

剣を強く握りしめ、絞り出すようにうめく。

「……毎日毎日、兵士に必要な技法を僕に教えこませ、毎日毎日訓練した。挙句の果てには俺のかたきであるウェルリア兵になれ、だもんな。……フフッ、笑えますよ、ホント」
「イズミ…………。すまない。すまなかった。……あの時の私は、妻と息子を戦争で亡くしていて……その【きっかけ】になったとされていた【レーゼ】を一方的に憎んだんだ、私は。……それはそれは——憎くて、仕方がなかった」
「…………でもそれって、本当にレーゼさんが悪かったのかなあ……」

ポツリと呟いたのは、キリだった。
その言葉に、ヨハンは微笑した。

「そう、だな。そうだよな。……今考えてみれば、【レーゼが戦争を引き起こすように国王をたぶらかした】なんて言葉は、ただの噂だったのかもしれない。いや、実際、そうだったのかもしれない。レーゼが白か黒か、……私には【確証】があったわけではなかった。——だが……っ、私はそれでも、妻と子どもを亡くしたこの【怒り】を、【憎しみ】を、何処かに、誰かにぶつけたかったんだ」
「ヨハン先生…………」
「だから、本当に——あんなことをしてしまったのは…………。後悔している、といったら嘘になるが、……けど、……けれどあの日——私はあの暗殺当時の日のことを、……今でも鮮明に覚えている。……夢にまで見る…………」
「だったら…………!!」

イズミはそこまで黙って耐えていたのだが、ついには抑えきれなくなった声を荒らげた。
剣を力任せに振るい、ヨハンの手から短剣をぎ払う。
カランカランと乾いた音を立てて、短剣は床に転がった。
刹那、剣をぴたりとヨハンの首元に吸い付けるイズミ。
周りのウェルリア兵たちが一気に身を硬直させて、イズミに対して剣と銃を構えた。
——が、それをヨハンは制止させていた。

「よせ、やめるんだ。お前たち。イズミに剣を向けるんじゃない」

その言葉に、兵士たちは静かに一歩退いた。
イズミは未だ、ヨハンに対する姿勢を変えない。
ひやりとした冷たい剣の刃が、ヨハンの首筋に押し当てられている。
しかし、ヨハンはゆっくりと、あくまで冷静沈着に呼吸を落ち着けていた。
そしてその口から、静かに言葉を漏らす。

「…………そうだな。いつかはこうなると思ってはいたよ」

ゆっくりと。
イズミの目を見つめる。

「けれど、怖くて言い出せなかった。……イズミ、すまない。確証が無かったと言い訳は出来るが、そんなことは、今はもう、どうだっていいな」

「けどな、」と言って、ヨハンが目元を細める。

「私にとってイズミと過ごした日々は本当に楽しかった。この気持ちは嘘じゃない。——妻と息子を亡くして途方にくれていた私を、……イズミ、君は癒してくれた」

イズミの表情は微動だにしない。

「…………私はな、イズミ。お前に殺されるのなら、それで良い。本望だ。お前に許してくれなんて、そんな軽々しいことは言えないもんな。お前の父親を、殺してしまったんだもんな。……イズミ、私が死ぬことでお前の気を晴らすことが出来たら、……せめてもの償いとなるのなら、私は殺されても…………」
「っ…………!!」

イズミの手に力がこもる。
と、そこへ——。

「待って!!」

いきなり、女性の声がとどろいた。

さて、ウィンクの初登場シーンからもう一度振り返ってみよう! ( No.158 )
日時: 2014/03/04 22:38
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: EVVPuNrM)


ウィンクであった。
ユメノがウィンクの横で不安そうにスカートの裾をギュッと握り締めている。

「イズミちゃん、やめて。……ね、お願い。……ねえ、……お姉ちゃんの言うことを、聞いて……」

ウィンクの目には薄っすらとだが、涙が浮かんでいた。
声を荒らげて、イズミを制止する。

「ねえ、イズミっ——!」
「アリス……姉さん……。でも、でもコイツはっ……!」
「イズミ、落ち着きなさい」
「でも——でも…………!」
「ちょ、ちょっとまて、待つのだ!」

そこでぐっと唇を噛み締めていたユメノが横槍を入れた。
その表情には、不安が浮かんでいる。

「ちょっと待つのだ。落ち着くのはお前たちの方なのだぞ! ……い、イズミしゃんっ! な、何を言っておるのだ。コイツは……ウィンクは、ユメノのお世話係だぞ、【アリス】ではない。【ウィンク】と言うのだぞ! ウィンクは……アリスなどでは、ないのだぞっ……!」

混乱して目を潤ませているユメノに、ウィンクはにっこりと微笑んだ。
向かい合って、膝を折って、ユメノの頭を優しく撫でる。
そして、ゆっくりと、

「…………ユメノお嬢様、申し訳ございません。私の本当の名前は、アリス=ファミリア。呪術師レーゼの長女で、イズミの実の姉です」