複雑・ファジー小説
- 第四話:姉弟 ( No.165 )
- 日時: 2014/03/10 20:56
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bh4a8POv)
【第八章 解決編】
〜〜第四話:姉弟〜〜
「あれは——。キリさんと城の中で二手に別れて逃げ出そうとしていた時でした」
ゆっくりと目をつむると、イズミはぽつりぽつりと過去の出来事を話し始めた。
————————
————
——
「キリさん。ここから先は、単独で行 動しましょう」
城内のとある一角、廊下で、イズミはキリにそう告げた。
「なっ、なんでっ……!?」
「静かに。声を抑えてください」
「だ、だってそんな……。私1人じゃ ……」
「落ち着いて下さいキリさん。兵士たちの狙いはこの僕です。おおかた、リークくんが僕を捕まえてSク ラスに上がるために、城中に噂を流し たのでしょう。その方が情報収集も早 いですしね」
イズミは冷静にそう言いながらも、周 囲への警戒態勢は崩さない。
「ですからキリさんは、僕とは別行動 の方が安易に脱出出来るはずです。さ あ、行ってください」
「でも……」
「今、城内では、前当主のファーン家 や呪術師レーゼの末裔がウィルア家に 対する仇討を計画しているとの噂で、 城はそちらの対処で手を焼いているよ うです。キリさんなら、警備のスキを ついて逃げ出せるはずです」
「い、イズミさんは……?」
「僕なら大丈夫です。……単独行動、 賛同してくれますか?」
キリはこくりと頷いた。
不安な表情は変わらない。
しかし、行動するよりほか無かった。
「それでは、落ち合う場所を決めま しょう。湖周辺の森の中、……先程ア スカ王子たちと話していた所で落ち合 いましょう」
「分かった」
強ばった面持ちで首を振るキリ。 音を立てずに立ち上がると、しゃがみ こんだままのイズミを見下げた。
「イズミさん、……気をつけてね」
「キリさんこそ」
キリはその声を聞くと、後ろを振り向 かずにそのままその場を後にしたの だった。
その後ろ姿を見てほうと一息つくイズ ミ。
さて——と腰をあげ、廊下の角を曲が ろうとして、
「————っ!?」
前方の気配に気づいた。 先程まで感じなかった気配。 見えない相手の足音が、徐々に近づい てくる。 息遣いからして、大人であることは確 かだ。
——ウェルリア兵か……?
引き返そうかとも思ったが、そうすれ ばキリと落ち合ってしまう可能性も考 えられた。
——どうするべきか。
イズミは思案していた。
このままここでやり過ごすか。 いや、それは危険ではないか。 けれど、ここで地団駄を踏んでいて も、結局どうしようもない。 ならば——。
ニヤリと唇を歪め、イズミは意を決し て角を曲がった。
敵方と落ち合ってしまった場合は、"強 行突破するしかない"。
些か手荒な手段であったが、今はそれ しか良案が思い浮かばなかった。
イズミは、慎重に角を曲がった。 隠し持っていた短剣を懐で強く握り締 める。
——と、
「…………!」
対面してしまった人物の意外な正体 に、イズミは目を見開いていた。
「————貴方は……!」
イズミの顔からは、笑みが消えてい た。
目の前に現れたのは、メイドだった。
それ以外に疑いようがない。
黒のロングスカートに、白いエプロン姿——正当なメイド服だ。
ただ、その表情は驚きに満ち満ちている。
「あ…………」
しばらくお互いにフリーズして、そうしてイズミは慌てて手に握りしめていた短剣を懐に直す。
「めっ……メイドさん……」
咄嗟に「どうも……」と会釈をする。
一方のメイドはと言うと、
「きっ…………」
声を上げそうになり、慌ててその口を自身の手で塞ぐ。
イズミはその不可思議な行動に、思わず疑問を投げかけていた。
「あの……メイドさん。僕、不審者なんですよ、……声を、上げないんですか?」
そう言われて、メイドはキョトンとした顔をして、すぐさま笑顔を浮かべた。
「まさか。…………こっちに来てください、【イズミさん】」
はい——と返事をしかけて、刹那、イズミの動作が止まる。
「…………どうして、僕の名前を?」
「有名ですよお」
そう言いながら、メイドはちょいちょいとイズミに向かって手招きする。
疑問に思いながらもゆっくりとメイドに近づいたイズミは、
「————っ?!」
直後、メイドに物凄い勢いで胸ぐらを引っ掴まれ、よろめきながら近くの部屋に入り込んだ。
- ドキドキ ( No.166 )
- 日時: 2014/03/12 01:47
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: bh4a8POv)
「何をっ…………!」
「シッ。静かにしてくだサイ」
静かに閉じたドア越しに、メイドは耳をそばだてながら声を潜めてそう言う。
察したイズミも同じようにドアに張り付き、態勢を立て直していると、ドアの向こう側から複数の怒声が轟いだ。
「イズミはいたかーっ?」
「いや、こっちにはいないようだ」
「捜し出せーっ!」
そうして、複数の兵士たちの声が足音と共にすぐそばを通り過ぎる。
しばらくして、何者もいなくなった廊下を確認し、イズミとメイドは大きくため息をついた。
「いやあ、なんだかよく分かりませんが、助かりました」
ありがとうございます、とイズミがお礼を述べると、メイドはくすりと笑った。
そして——。
「……やっぱり、気づかないの?」
「ハイ…………?」
ぐいっ————と。
再度胸ぐらを掴まれ、今度は首筋にひんやりと何かが触れた気がした。
——否、触れていた。
「め、メイド……さん…………?」
「…………」
黙りこくったまま、メイドはイズミの首筋に右手の人差し指を当てていた。
その唇が薄く微笑む。
「ここの小さなホクロ……」
「…………ハイ……?」
「昔から、変わらないんだから——」
思わずバッと身を引いたイズミは、その言葉に小さく息を飲んでいた。
「昔から、……って…………」
「久しぶりね、イズミちゃん」
目の前の女性は、確かににっこりと微笑んでいた。
「本当——大きくなったね」