複雑・ファジー小説

Re: 【最新話更新】ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.171 )
日時: 2014/03/15 08:35
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: hDIDYMPI)


【本編再開】



「姉……さん…………?」

目の前のメイドが、にっこりと微笑んでいる。
けれどその女性は、イズミにとっての——。

「アリス……姉さん、なの…………?」
「…………」

メイドは、なおも黙ったままだ。
イズミは大きく深呼吸をすると、今起きている出来事を自分なりに理解して、それからゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「え……だって…………。……いや、確か姉さんは10年前のあの日、僕を置いて行方不明に……」
「あの時は——本当にごめんなさい、イズミ」

メイドの表情が暗く沈む。
そうしてため息をついてから、近くの椅子に腰をかけた。

「あの日、私はファーン城の様子を見に行ったの」

燃え盛る炎——
倒壊寸前の建物——

『貴方は先に安全な所へ行きなさい。 お姉ちゃんはちょっと様子見てくるか ら』

10年前——小さな弟にそう告げ、アリスは1人、つい先日まで過ごしていた城に戻った。少し様子を見るだけだった。
なのに————。

「……農民たちの激しいクーデターのせいで、城は崩壊。私は崩れ落ちてきた城壁に押し潰されそうになって——気がついたら、どこかの民家のベッドの上だったの」

それは、現ウェルリア国王にあたるウィルア家の自宅であった。

「奥様のレミリアさんが傷だらけの私を拾ってくれたのよ。——丁度1歳になる我が子もいるし、面倒を見て欲しいって。その直後だったわ、ウィルア家の当主がウェルリア王国の国王になったのは」

アリスは当時の記憶をぽつりぽつりと語りながら、視線はどこか一点を見据えていた。
イズミは壁にもたれかかったまま、静かに話を聞いている。
アリスの話は続く。

「私はまだ10代だったけれど、レミリア奥様に言われてアスカ王子の遊び相手をよくしていた。それは可愛らしかったわよお、王子様。————それからユメノ様がお産まれになって……」
「…………」
「私はユメノ様のお世話係としてウェルリア城で正式に働くことになりましたとさ」
「それ、は……」
「でもその反面、私は密かに【別の目的のため】に動いていたんですよ」

それを聞いて怪訝けげんそうに眉をひそめたイズミに、アリスの視線が絡み合う。

「【別の目的のため】……?」
「そうよお。自分がレーゼの実の娘だとバレないように正体を隠してね」
「正体を……」
「そう。私があのレーゼの実の娘だってバレたらヤバイでしょう。だからあの日以来、私は【アリス=ファミリア】って名前は封印して、【ウィンク=モンテカルロ】としてずうっと過ごしてきたのよ。その時が来るまでね」

アリスはバッチリと片目をつむった。

「それでその目的っていうのはね、——まず1つ目、【ウェルリア大革命の真実を暴き出すこと】。これは、レーゼ父さんの遺言ゆいごんの通りね。【本当の歴史を、隠された真実を、必ず暴き出す】————ドジっ子メイドさんのふりをしていると、結構みんな油断して情報漏らしてくれたりするのよ」

そうして再度バッチリと片目を瞑る。
——女って怖いな。
アリスの話を聞いてイズミが率直に思ったのは、そのような感想だった。
そうとは知らない実の姉は、自己満足というようにしきりにウンウンと頷いて、

「そしてもう1つは——」

ぐっとイズミを見据える。

「【あの日生き別れになった実の弟を見つけ出すこと】よ」

イズミの目が大きく見開かれた。

Re: 【最新話更新】ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.172 )
日時: 2014/03/15 23:43
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: hDIDYMPI)



「僕を……」
「そうよ。これはすぐに任務を果たせたわ」

アリスの言葉に、それが何故なのかと聞こうとしたイズミであったが、すぐさま思い当たる節を自身で見つけ出して、思わずつぶやいていた。

「そうか……僕がウェルリア兵にいた時期……」
「そーよ、正解っ」

アリスの表情は、とても嬉しそうであった。

「【イズミ】って名前を聞いて、すぐにピンっときたの。とても優秀な兵士さんがやってきたって。メイドの間でも随分ずいぶん噂になっていたのよお」
「そう、なんですか」
「アナタ、幼い頃から器用だったもんねえ。【イズミ=ファウシュティヒ】、——ううん、【イズミ=ファミリア】だって、すぐに気がついたわ」

それから実の弟との接触を図ろうと試みたのだが、イズミが城から逃げ出してしまったことに触れ、「タイミングを逃した」とアリスは語った。

「けれどね——こうして久々に会えて…………お姉ちゃん、感激だわ!」
「それはこっちのセリフだよ……10年ぶりだもん……ね。なんだか、ビックリしてるよ」

はにかむように笑みを浮かべるイズミ。

「でも、——嬉しい。見つけてくれて、ありがとう」
「イズミちゃん…………!」
「姉、さん」

軽く抱擁ほうようを交わし、すぐに身を硬くする。

「イズミちゃん、追われているのよね」
「ハイ。まあ、【ある人物】のせいですけどね」

リークの姿を思い浮かべて、イズミは軽く眉をしかめる。

「脱出口でしたらお姉ちゃんに任せなさいッ! ここのことを調べてるうちに随分とお城に詳しくなっちゃったんだから!」

メイド服の両腕をくりあげ、声を張るアリス。
イズミは慌ててその口を塞ぐと、嬉しそうに顔をほころばせた。

「城からの脱出口……やっぱりあるんですか、隠し通路が」
「そうよお。お姉ちゃん、見つけちゃったんだから!」

そう言いながら、何故か部屋の奥へ歩を進める。
そしてしばらくして元いる場所にやってきたアリスの手に握られていたのは——。

「それは…………」
「ウェルリア兵の制服よ」

これを着て逃げなさい、と、アリスは半ば強引にイズミにそれを押し付けた。

「まあイズミちゃんのことだから、兵士さんたちに見つかることはないと思うけど。念には念を入れて、ね」

イズミはそれを受け取って、お礼を述べると、

「……姉さん」
「なあに?」

しばしの沈黙。
ひと呼吸のちに、

「また、……会える、かな」
「もちろんよ」

大きく頷いて、イズミの手を包み込むように自身の手で覆う。

「お互いに、別々ではあったけれど……ちゃんとお父さんのいう通りに真実を追い求めていた。もしかしたら、ここでこうして再び出会えたのも【父さんの予想範囲内】だったのかもね」

くすりと笑って、己が運命をあざける。

「そうだわ! イズミちゃん、——私、明日ね、城下町に買い出しに出かけるの。その時に、会いましょうよ」
「姉さん……」

イズミはゆっくりと頷いた。

「分かった。また連絡します」
「うん、またね。気をつけて……」

——
————

————————


「そうして————僕は兵士さんに紛れながら隠し通路を通ってお城の外に逃げ出したんです」
「なるほどお。だからイズミさん、濡れてなかったんだね」
「……その後に、僕はキリさんと一緒に時計店で一夜を明かして、翌日、改めて呪術師のお婆さんのところに向かったんです」
「そのあと……確かイズミさん、『用事が出来た』とかって言って、私に先に時計店に行けって…………」

そこまで言って、キリが「ああっ」と声を上げる。

「イズミさんの『待ち合わせしてた人』って、まさか、【お姉さん】……だったの?!」
「全く……相変わらず変なところで記憶力が良いんですから」

イズミは微笑して、ゆっくりと頷いた。

「そうです」
「そうなのよお〜。あの時イズミちゃんったらキリちゃんたちに見つかっちゃってね。結局会えなかったのよね。あの時は悔しくって、思わずくちびる噛んじゃったわよ、お姉チャンっ!」

ウィンクの妙に弾んでいる声が室内に響く以外は、再度水を打ったように静まり返っていた。
直後、ひそひそと兵士たちが影で話を始める。

「城の中に内通者がいたなんて……」
「どういうことなんだよ」
「つまりはファーン家の奴らで……」
「敵じゃないかっ!」
「どうするんだよ、城の中にこいつら野放しにしておくのかよ」
「アスカ王子も、まさかこいつらの仕業なんじゃあ……」
「さっきもヨハン先生を殺ろうとしてたんだよな」
「そうだよ! こいつら……」

「お前たち、仕事に戻れッ!」

ビリビリ——と。
ヨハンの声が室内全体を震わせた。
まさに鶴の一声と言えるか。

「イズミたちの処分はのちのち私たちでなんとかする。お前たちは目の前のことに集中しろ。良いな、無駄な私語は一切慎つつしめッ!」

兵士たちは一気に押し黙ると、即座にそれぞれの仕事に取り掛かっていた。
ある者はパソコンで土地の掌握を図り——
またある者は連絡があるまでその場で待機をする——
勿論、すぐにでも出動出来るように用意は万全だ。

ヨハンは、それらの行動を無表情のまま見届けると、隅の方で大人しく身を寄せているイズミに視線を投げかけた。

間違えて投稿しちゃってました(;´∀`) ( No.173 )
日時: 2014/03/17 00:44
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: hDIDYMPI)


「イズミ、」
「………………はい」

振り返ったその表情は、優しかった。

「イズミ。——ウェルリア大革命の【本当の歴史】を知りたいと、言っていたな」
「…………」

無言で頷くイズミ。
ヨハンは「そうか」とつぶやくと、そのまま言葉を続けた。

「イズミ、そしてお姉さんもついて来なさい。君たちに見せたい物がある」
「…………先生……」

イズミとウィンクはお互いに顔を見合わせていた。
ヨハンが先陣を切って歩き出す。
イズミはウィンクの横で俯くと——否、床を蹴った。
そして、ヨハンに駆け寄る。

「先生っ……」

イズミに声をかけられ、ヨハンが扉の前でゆっくりと立ち止まって振り返る。

「なんだい?」
「あの…………ありがとう……ございます」

ヨハンはイズミの言葉に拍子抜けしたような表情を浮かべたが、すぐに表情を曇らせた。

「すまない。……私には、これくらいしか出来ない」
「え…………?」
「イズミ、私は少しでも君の力になりたいんだ。私に出来ることは、……これくらいしか」
「罪滅ぼし、……ですか」
「許してほしいとは言わない。でも……。もう……私、は……」
「先生」

震えているヨハンの声を、イズミは語気を強めてさえぎる。

「確かに、許せませんよ。たった1人の大切な人を、貴方のせいで亡くしたんだ。——けど、…………過去を変えることは誰にも出来ません。僕にも、先生にも」
「…………」
「だから、もうしましょうよ。……先生、」

いや、と頭を振る。

「……ありがとう、【お父さん】」
「いず…………」
「僕の味方でいてくれて、ありがとうございます。……ね」

柔らかいその笑みは、イズミがこれまでのどの人にも見せなかったものであった。
ヨハンはそれを受けてしばらく黙り込むと、その両手で力一杯扉を開け放った。

「では、行くぞ。【地下の保管庫】に」