複雑・ファジー小説
- 最終章突入! ( No.174 )
- 日時: 2014/03/21 11:02
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 0.ix3Lt3)
【最終章 終焉編】
〜〜第一話:独白〜〜
両手を縛られ、強引に椅子にくくり付けられた。
現在、アスカは薄暗い部屋にぽつりと1人、閉じ込められていた。
これが独房というものだろうか——。
成すこともなく、ただ椅子に座って項垂れていたアスカは、そのようなことを思った。
それこそ、当初は何度もここからの脱出を試みたアスカであったが、灯り取りの小窓以外に窓は無いし、出入り出来る所は目の前に黒く重たく存在している鉄の扉だけであったため、「脱出するんだ」との強い想いを抱いていたアスカは、酷い虚無感に襲われた。
後ろ手に括られた麻の縄が擦れて、手首は焼け付くように痛い。
それでも悲鳴を上げなかったのは、既に受けた痛みよりもその痛みが生易しいものだったからだ。
——もう、どうにでもなればいい。
考えることを放棄して、アスカは何をするでもなく、ただ黙ってその時を過ごしていた。
こうやって大人しくしたほうが、自分も、誘拐犯も、楽であろう。
何も、しない方が、良い——。
冷たいコンクリートの床がぼやけて見える。
意識が朦朧とする。
——一体、今は何時だろう。
まだ数時間しか経ったていないのであろうが、アスカにしてみれば、半日と言われようが一週間と言われようが、納得出来得る精神状態であった。
と、不意に扉が乱暴に開かれた。
ゴトンと鈍く重たい音が密閉された空間に響いた。
現れたのは、先ほど己に暴行を振るっていた複数の輩であった。
「アスカ王子か」
主犯格の男が凄むようにアスカに詰め寄る。
アスカは黙ったままだ。
「——ッ答えろ」
髪の毛を引っ掴まれる。
もう感覚は麻痺していた。
無反応なアスカの様子に、男は舌打ちをすると、パッとその手を離した。
そして、乱暴に椅子を蹴った。
椅子が物凄い音を立てて軋んだが、アスカは項垂れたままである——既に半分、意識がどこかに飛んでいた。
そんなアスカの頭上に、凛とした声が降り注ぐ。
「しばらく放っておいてほうが、頭冷えるんじゃないかしら?」
「そうか? いや、しかしだな……」
「あら、『王子様も立派な1人の人間』よ。ただの"人間"——孤独でツマラナイ、ね。それにその子、まだ混乱していて、まともに会話が出来ないんじゃないかしら」
「…………貴様がそこまで言うのであったら……」
「ふふふ。リーダー、頭は賢く使わなくっちゃね」
女の言葉に、複数の足音のが遠のいていった。
直後、ガコンと扉が閉まる音が響く。
男たちが出ていったようだった。
「——アスカくん、ごめんなさいね」
そして、聞き覚えのある声。
アスカがハッと顔をあげると、目の前には整ったリィの顔があった。
——なんで……この人が、ここに?
「アスカくん。痛かったでしょ?連れてくるとき、なるべく軽く殴ったつもりだったんだけど。ごめんなさいね」
なんでこの人に殴られなくちゃいけないのか——霞みゆく意識の中で必死に心当たりを探し出し、自身が【小箱】を壊してしまった出来事に思い当たった。
そうか、それで、こんな仕打ちを……。
思わず納得してしまい、しかしそれだけでこんなに殴られなければならないのか——否、それほどまでに大切な物だったのかと、意味不明な自己解釈をする。
さて、迷走しているアスカの目の前でリィが微笑みながら落ち着いた声で話し始めた。
「キリの面倒みてくれてありがとう。あの子、馬鹿でしょう? でも、一緒にいると、なんだか元気になれるの」
まるで道端で世間話でもするように。
優しい笑みを浮かべて。
そのように当たり障りのない話をする。
そんなリィを下から見上げる形で、アスカは先程から疑問に思っていたことを口にしていた。
「なんで——リィさんがオレのことを誘拐したんだ?」
その問いに、リィがすかしたようにアスカを見返す。
「……『なんで』って?」
「だって——リィさんはキリの育て親で、ラプール島にずっと暮らしていて、……反政府軍の奴らと手を組む理由が見当たらない」
「それが大ありなのよ。ねえ」
にっこりと。
だが、浮かんだ笑みはとても冷ややかなものだった。
「…………アスカくん。私はね、貴方の【お父さん】が大っ嫌いなのよ」
「何……言って…………」
「——ううん。この【王国】自体、大っ嫌いなの」
- リィさん×アスカ ( No.175 )
- 日時: 2014/03/21 11:15
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 0.ix3Lt3)
訝しむアスカを前に、リィの口調はとても落ち着いたものだった。
「————そう。私はキリとウェルリア王国に降り立ったあの日、あの【小箱】がウェルリア兵の奴らに奪われたのを街中で見かけたの。その後すぐに喫茶店にいる反政府軍の彼らのところに行って、ウェルリア兵の奴らから【小箱】取り返すように頼んで————そのあと時計店にキリを迎えに行ったら…………アスカくんは、あの子がなんて言ったか覚えてる?」
問われたが、アスカは微動だにしない。
「『【小箱】を取り返しにお城へ行きます』——って。あの子、そう言ったのよ。私、本当にびっくりしちゃったわ。まさかあの子の口からそんな言葉が飛び出してくるなんてね」
何がおかしいのか、クスクスと笑い声を漏らす。
「……でも私はもちろん、キリに【こんなこと】に関わってほしくはなかった——【私がやろうとしていること】に。関わって欲しくなかったからこそ、私は今までキリに内緒で喫茶店に通って反政府軍の人たちと会っていたし……」
けどね、とリィは眉尻をゆっくりと下げた。
「…………けれどそれよりも、私は自分の『私利私欲』を優先させたのよ」
「私利私欲…………」
「反政府軍の彼らが【小箱】を取り返すことができる確率は100%ではない——そう考えて、私はキリがお城に行って【小箱】を取り返すことに賛成したの。保険としてね。 ——そのあと、キリにラプール島行きの船を見送ってもらったんだけど、私はその船には乗らずに、【反政府軍の彼ら】と落ちあった。そこで、ウェルリア兵士たちから奪ってもらった【小箱】を受け取ったわ。そして私は【小箱】を取り返してもらった代償に、反政府軍の彼らに情報提供するため、ウェルリア城にメイドとして潜入した。あなた達の言っていた『黒髪お団子頭のメイドさん』としてね」
『黒髪お団子頭のメイドさん』——何度もイズミが気にしていた人物だ。
アスカは思わず息を飲んでいた。
「でもお城の中で運悪くキリに2回も出会ってしまった。…………その時は本当に焦ったわよ、しかも出会ったのはよりによってキリよ。バレたんじゃないかってヒヤヒヤしたもの。もしも万が一バレていた時の保障として、ウェルリア兵たちに複数の不審者がいるって情報を流したりしたんだけどね」
「アンタは……一体…………」
アスカのつぶやきに笑みで返して、リィの話はなおも続く。
「そして、私と反政府軍の彼らは、私の潜入捜査に気づいてしまったある1人の兵士を誘惑したのよ」
しばらくして、アスカがゆっくりと口を開いた。
ここに連れてこられた時のことを、思い出しながら——。
「それは、Aクラスの、フィアルか」
リィは、「良く出来ました」と言わんばかりに笑みを浮かべている。
それを睨みつけるようにして、アスカはリィに言葉を放つ。
「けど、ウェルリア兵士たるもの、そんなやすやすとヤツを引き抜けるわけがないだろ」
アスカの言葉に、驚きで目を見開いたリィであったが、それも一瞬であった。
すぐに笑みをこぼす。
「それが彼には誰にも言えない【大きなヒミツ】があってねえ〜。それを餌にして何回も接触したら、彼、反政府軍に協力してくれたわよ〜」
「なにっ…………!」
「政府に仕えし者が、政府を非難する立場の者達に手を貸すなんて、ねえ」
リィは「ふふふ」と笑い声を漏らした。
アスカの鼓動が大きく跳ねる。
「そして彼には、今回アナタを誘拐するのにも、一役買ってもらったわ」
「っ…………」
息苦しく感じる。
——気分が悪い。
なんなんだ、この人。
なんなんだ……。
この人の考えていることが、分からない。否、分からないほうが正常なのだ——けれど、分からないことが、気持ち悪い。
それに、一体なにを考えているんだ、【反政府軍】とやらは。この【リィ】という人物は。
この人間たちの考えていることが、ワカラナイ——。
様々な想いが一気に渦巻き、嘔吐いて思わず口を押さえたアスカは、見下ろすリィの眼下でゆっくりと呼吸を整えて、それから気になった言葉を反芻した。
「フィアルの……【大きなヒミツ】、だと?」
「ヒミツはヒミツよ」
笑っているのだが、目は笑っていないように見える。
「リィさん…………大勢の他人を巻き込んでまでこんなことをして、…………アンタをそこまで追い込んだ要因は、一体何なんだ」
「…………」
「答えろよ。……大切に育ててきたキリまで巻き込んで……アンタは、一体、何者なんだ。【アンタのやろうとしていたこと】ってなんなんだ、……オレを誘拐した目的は、…………一体何なんだ」
「…………」
アスカの口から次々と吐き出される言葉を黙って聞いていたリィは、全ての質問に、静かに微笑してこう答えたのだった。
「ヒ・ミ・ツ、よ」
- キリ×ユメノ ( No.176 )
- 日時: 2014/03/23 10:33
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: J3GkpWEk)
+++++++++++
「誘拐犯から犯行声明です!」
イズミとウィンクの2人がヨハンに連れられて地下の保管庫に向かったあと、しばらくして、対策本部室の内部はめまぐるしい対応に追われていた。
ウェルリア王国第一王子アスカの誘拐犯から、犯行声明が送られてきたからだった。
『ライベル=ウィルアに告ぐ。王子を返して欲しくば、今すぐ王位を返還しろ。』
無機質に連なった印字からは、何の感情も感じ取れなかった。
けれど、相手の要求からして、国王に相当な反感を抱いていることは確かであった。
「やはり反政府軍の仕業か」
「しかし……奴らにしては手際が良すぎます」
「そうですな……。近年、我々と対抗してきた奴らは、どちらかというと体力勝負の連中だった」
「……新たに、頭の切れる何者かが協力している、ということでしょうか」
「それに関して間違いはない……ですな。うーん。これは厄介ですなあ」
「ソラリ先生! こちらに来てください……!」
そのようなやりとりを目の当たりにし、キリとユメノは片隅で静かに待機していた。
両名とも、身体を抱えるようにして、隅の方に体育座りで座っていた。
2人はイズミとウィンクの関係性が未だに理解出来ずにいた。
姉弟……なのは、先ほど詳しく説明してもらったので、疑いようのない真実であるといえる。
けれど、それでも……。
「キリ……」
ギュッとスカートの裾を掴まれ、隣を見ると、ユメノが唇を噛んでこちらを見上げていた。
「イズミしゃんと、…………ウィンクのことなんだが……」
掴んだ手が、小刻みに震えている。
キリは心の中で小さく頷くと、ユメノの手を握り返した。
「ユメノちゃん。イズミさんとウィンクさんの、こと?」
「そう、なのだ……」
「うん……」
キリは黙って、ユメノの次の言葉を待つ。
決して「大丈夫だから」「心配しないで」などの気晴らしの言葉はかけなかった。
「どうしたの?」とも。
どうしたもこうしたも、ユメノがそうして不安に思う原因は、すでに見当がついていた。
今のユメノには、どんな言葉をかけても、結局は重しにしかならないとキリは思ったのだった。
自分を赤ん坊の時から育ててくれた、どんな時も自分の味方であると信じて疑わなかったウィンクが、なんの因果か、よりによって敵対していた一族の側の人間だった——。
そうした事実を、若干6歳の少女が受け止められるわけがないのだ。
キリ自身が、そうであるように……。
「……ウィンクは、ユメノのお世話係なのだ」
「うん」
「アリスなんかじゃないのだ」
「……うん」
「イズミしゃんの、……お姉さんじゃあ、ないのだ」
「ユメノちゃん……」
無理矢理にでも、涙を我慢しているようであった。
人前では泣かない——泣けない。
本人ではないのでその本心は見当もつかないが、ユメノは唇を噛み締め我慢していた。
一国の皇女としてのプライドからくるものだろうか。
それにしても6歳の少女にとっては過酷な状況である。
「…………怖いのだ」
「怖いの?」
ユメノがキリの手をギュッと握り返す。
「怖い……ん。そうだな……。ウィンクが、ユメノから離れていってしまうのではないかと」
「そう……」
「よく分からんが、ウィンクは本当はファーンの奴らの仲間なのだろう? ウィルアが中心になってそいつらをやっつけたんだろ? ……そんなの、ウィルア家であるユメノのことなんか、……きっと、本当は嫌いに決まってる……」
「そっ、それはないよっ!」
キリは反射的に立ち上がっていた。
「ない! 絶対、ないっ!」
「キリ……?」
必死に否定するキリを、ユメノは呆気にとられて見上げる。
「だってさ、ユメノちゃんはユメノちゃんじゃん。ファーン家とか、家が敵対しているとか、そんなの、関係ないよ!」
「そ、そんなことキリには…………」
「確かに私には分からない。——でもさ、ウィンクさんとユメノちゃん見てたら分かるよ。なんだかんだで産まれた時からずっと一緒だったんでしょ。ずっと、面倒をみてくれてたんでしょ。その時2人の間にあったのは、嘘の関係性だったの? ウィンクさんと過ごした日々は、全部偽りだったって、言うの?」
「うっ……ウィンクの思ってることは分からんが、でも…………ユメノ、は……」
みるみる内に、ユメノの大きな瞳に涙が溢れ出る。
大きな声を上げ、ユメノは大粒の涙を流すと、ついに泣き始めた。
その声はわんわんと室内に響き渡る。
——と、水晶玉を持ってきたあとアスカの居場所を特定する情報員をアシストする作業に当たっていたノアルが、我慢が限界に達したのか、顔をしかめながらキリとユメノの元につかつかと近づいてきた。
「お前たち、うるさいぞ。ここから出ていけ」
「うるさいって、でも、この状況を……!」
キリが珍しく声を上げてノアルに食ってかかり、ユメノがそれを目で制す。
それからグスっと鼻をすすると、ユメノは口を開いた。
「……貴様は、皇女にそんな口聞くのか?」
いつものトーンで。
ユメノはあくまで平然を装って、そう切り返した。
ノアルは皇女の言葉を受けてウウンと唸ると、メガネを光らせ、しばらく黙り込んだ。
「…………」
そして、ひとしきり黙り込んで2人を見つめたあと、ノアルはキリとユメノに背を向けてその場を去っていったのだった。
「ユメノちゃん……」
即座にキリがユメノに声をかける。
ユメノは、バッとキリを振り返ると、キリに向かって「してやったり」と舌を出した。
そして、腰に手を当てて、こうつぶやく。
「全く、奴は失礼なヤツであるっ」
「……ふふふっ」
キリは思わず笑みを浮かべた。
良かった、いつものユメノちゃんだ——。
『キリ…………』
「ん?」
刹那、声がした。
辺りを見回すが、それらしき人物は見当たらない。
「……どうしたのだ? キリ」
「…………私のこと、呼んだ?」
「ううん。呼んでいないぞ」
『気づいて……キリ…………』
「やっぱり、誰かが私のこと、呼んでる!」
ユメノが眉尻を下げて、心配そうにキリを見上げる。
「キリ? どうかしたのだ……?」
どうやらユメノには声が聞こえていないらしい。
キリはそれには構わずに、ふらふらと歩き始めた。
——声のする方へ。
『こっちへおいで、キリ』
——そっちへ。
『こっちに来るんだ、キリ』
————そっちへ。
この声の主は、アスカでもイズミでもない。
別の誰か。男の人。
けれど、何故だか心地良い響き……。
「キリっ…………!」
ユメノの叫ぶ声が聞こえる。
でも…………。
キリは対策本部室の扉を開けると、おぼつかない足取りで声に誘われて歩を進めていった。
その先に何があるとも知らずに。