複雑・ファジー小説
- Re: 【最新話更新】ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.182 )
- 日時: 2014/04/02 23:14
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: AqXcO3ws)
【最終章 終焉編】
〜〜第三話:動機〜〜
つと、かび臭い匂いが鼻の奥をつき、キリは思わずぐぅっと唸っていた。
ちらりと斜め後ろを見ると、ウェルリア皇女であるユメノもウィンクのスカートの裾を強く握りしめて、わずかに顔をしかめている。
カツンカツンと冷たいコンクリートに反射する靴音以外に、建物内に響くものは無かった。
時折どこで漏れているのか、ぴちょんと水の滴る音が木霊しているが、人影はなかった。
「いつまで歩くんだろうね、イズミさん」
我慢ならなくなって、キリは隣を歩いていたイズミに声をかけた。
小声で話しかけたので聞こえているのかと少し心配になったが、ふとイズミが振り返った。
その表情には少しばかり翳りがみえた。
「さあ……分かりません」
イズミの心情は分からないか、同じように不安を感じていたキリはその言葉に黙って頷いた。
先頭はウェルリア兵の総司令官であるヨハン=ファウシュティヒが他のクラスの先生と共につとめ、常に辺りを警戒しながら歩を進めていた。
アスカのペットであるシマフクロウが、警察犬さながらに飼い主の居場所に向かって飛んでくれているため、彼らはこうして廃墟に踏み入ったのであった。
40人弱の誘拐対策チームの面々が廃墟に踏み入って、あっという間に小一時間が過ぎていた。
だが、先頭が立ち止まる気配はない。
「疲れたのだ……でも、頑張るのだ」
兄のために、と、まだ6歳のユメノではあったが、唇をかみしめて、ユメノはウィンクにくっつきながらも頑張って兵士たちについて歩いていた。
そんな中で、少ししてある異変に気づいたのは、元ウェルリア兵のイズミであった。
「……僕たち、さっきから同じところをずっと歩いている気がします」
その言葉に、周りの兵士たちがざわめき始めた。
そうして、すぐにそれはヨハンの元に伝わり、彼らは一旦その場に立ち止まることになった。
「……これは、どういうことだ」
ヨハンが半分独り言のようにぼやき、周囲の兵士たちがううんと唸る。
キリも同じようにううんと唸りつつ、この建物の全体像を思い浮かべた。
ここに入る際に見た全体像の大きさは、それなりに大きいと感じた。
いうなれば、軽く国民の半分を収容出来るくらいの大きさだ。
しかし、このくらいの規模であれば小一時間で隅から隅まで調べられるはずだ。……多分。
それなのに、一向に目的地に辿り着かない。これは——。
「……やっぱり、フクロウに頼るのが間違いだったんじゃないか」
誰かがぼそりとつぶやいた。
と、それを皮切りに、次々あちらこちらから不平不満が湧き出る。
「そうだよ。飼い主の居場所が分かりそうだってフクロウ飛ばしたら案の定見知らぬ建物に辿り着いたってさ、……そもそも、出来過ぎなんだよ」
「誰だよ、こんな案を出した奴は」
ざわめきは、建物内に響き渡った。
ヨハンはぐっと目の前を見据え、ソラリやミメアといった他の先生たちは困ったように顔を見合わせている。
「…………」
しばらく、膠着状態が続くか——。
そんな中、イズミは1人、静かにその場を離れていた。
落ち着いて、この現状を把握するためであった。
集団パニックに陥ってしまったら、冷静な判断が出来なくなってしまう。
そもそも自分たちがここに来たのはシィを追いかけてだよな、と前置きをしてから、イズミはゆっくりと息を吐いた。
シマフクロウのシィは、確かに賢いフクロウである。
今まで経験から、イズミはシィがアスカの言うことを聞いて自分たちの様子をうかがいに来ていたことを思い出していた。
となると——。ここにアスカ王子がいる、というのは、ありえないことはない……か。
「私、ここにアスカがいると思うの」
耳元で、囁かれた。
思わずその場で飛び退いて、イズミはいつの間にか自分がその場に座り込んでいたことに気がついた。
そのままバランスを崩して、コンクリートの床に尻餅をついてしまった。
「あ……ごめん、イズミさん。びっくりした?」
あはははと困ったように笑い声を上げながら引っ張り上げてくれたのは、キリであった。
「キリさん……」
「イズミさんがどっかに行っちゃいそうだったからさ。ついてきたの」
何故だか知らない間に物凄く懐かれてしまったらしい。
イズミは「そうですか」という言葉に留めておき、少し離れた場所にいる
兵士たちを見やった。
「彼らは、どうすると?」
「しばらく休憩だって。どうするべきか対策たてるんだってさ。『いるか分からないけど』って否定派も現れてるみたいだけど……」
「だけど……?」
「あのシィが連れてきてくれたんだよ。いるよ、絶対」
そう言って、キリは口を尖らせてみせた。
苦笑するしかない。
イズミは「そうですね」と言って、再度考え込んだ。
同じ場所を小一時間ぐるぐる歩き回っていた、何故だ……。
「…………る」
不意に、キリが何事かぼやいた。
「え?」
イズミに対して出た声ではなかった。
独り言のように、その言葉は、紡がれる。
「聴こえる…………」
「キリさん?」
「こっち……なのね」
様子がおかしい。
薄暗い建物内なのでよく見えないが、言葉を紡ぐ唇が乾いているのが分かる。
「キリ……さん。どうしました?」
「行かなきゃ……」
ふらり。
おぼつかない足取りで、キリが歩き出す。
目指す場所は分からなかった。
けれど、イズミは自身の鼓動がいつも以上に高鳴るのが分かった。
嫌な感じがする。
「キリさんっ……!」
もはや、彼女には聞こえていなかった。
——【彼女】を、追いかけなければ。
少し離れた場所に立ち尽くしていたキリとイズミを気に留める者は、誰もいなかった。
2人は、そのまま、見知らぬ建物内を徘徊することとなる——。
キリの短剣にはめ込まれている紅いルビーが、鈍く光った。