複雑・ファジー小説
- Re: 【鬱展開…】ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.197 )
- 日時: 2014/05/19 18:43
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: xZ7jEDGP)
「キリさん……?」
イズミは反射的にキリの名前を呼び、それから、思わず愕然とした。
キリの表情ーーそれは、よもや今までのキリでは考えられないものであった。
いつも前向きで笑顔を絶やさなかった少女。だが、どうだろう。今のキリの表情、それは、なんの感情も持たない「無」のものであった。
「イズミさん……私、……ここにいるよ。リィさんの側にいとく。私、この場所にずっといる」
まるで虚空をさまようがごとく、キリの声はその場に散漫した。
誰に言うでもなく、つぶやくようにーー。
「リィさんの側にいる」ーーキリの言葉がどういう意味合いなのか、それを聞いたイズミは瞬時に理解していた。
「キリさん……何言ってるんですか、死にますよ?!」
早く脱出しなければ、この建物は倒壊してしまう。
「キリさん。ほら早くっ……!」
「嫌だよ……」
「何ワガママ言ってるんです!」
「ほっといてよ! だってさあ……」
垂らした前髪の下で、キリの薄い唇が歪む。
「私はこの世にいちゃ駄目なんだってさあ」
先ほどのウェルリア兵士の叫び声が、いやに耳に媚びりついている。
『ファーン家の奴らは、……ウェルリア王国の、敵なんだ……! 滅亡させたはずなのに。お前らは×××だぞ……!』
頭の中に反芻する、怒鳴り声。
そうか、私たちはーー。
『お、おれは……ふ、ファーン家の奴が生きてたから……殺さないと、いけなくて……さ……』
生きていては、駄目なんだってーー。
「そうだよ……。前に、イズミさん、言ってたじゃない」
ぽつりとつぶやくようにキリは言った。
その今にも消えそうな儚い声に、イズミは思わず「えっ……?」と首を傾げた。
キリはじっとイズミの目を見据えたまま、言葉を続ける。
「所詮この世は、【勝者によって紡がれてゆく世界】だって。……そうなんだよね?」
その目に、光は宿っていない。
イズミは背筋にぞわぞわとした冷たい感触を覚えた。
キリの言葉に、イズミはうんともすんとも言えなかった。
それは、否、キリは果たして返答を望んでいたのだろうか。
「私も、……リィさんも、そう。私たちは【歴史の敗者】なんだよ。だから、いらないの。そう……生きてても、意味なんて無いの」
生きててもーー。
「だって、ファーンの生き残りなんだもん」
私は。
「それに、私のせいで……リィさん死んじゃった」
もう、何も考えたくない。
気持ちが悪い。
「だから私、いなくなった方がいいの。ここにいる。サヨナラ、イズミさん」
気持ち悪い……。
塞ぎ込むように自分の身体を折り曲げる。
刹那、イズミが大きな腕でキリを抱きとめていた。
- というか、早くここから逃げなさい(汗) ( No.198 )
- 日時: 2014/06/23 23:31
- 名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: 0qbHtJn6)
きつく、強くーー。
イズミが抱き締めた小さな身体はかたかたと震えていた。
「イ……」
熱が伝わってくる。生きた人間の体温。
それは、目の前に横たわる空っぽの女性には無い、生身の温もりであった。
「…………【らしく】、無いです」
そう言ってから、先ほどよりも一層強くイズミはキリの身体を抱き締めた。
突然のイズミの行為に、キリは思わず浅く息を吐いて身を強張らせる。
「ねえ、キリさん……」
呼吸をする度に、イズミの白衣に染み付いた薬品の匂いがキリの鼻をつく。
「今のキリさん、……あなたらしく無いです」
耳元でそう囁かれた途端ーー。
キリは思わず軽くイズミを押し返していた。
その顔は、強張ったままだ。
「【私らしい】って、何……?」
困惑したような、嘲るような、どっちともつかないトーンで、キリはつぶやいた。
否、掠れて声が出なかったのだ。
建物が倒壊していく中、砂埃が細かく舞っているせいであろう。
「だって、私は私じゃなかったんだよ……?」
その言葉の真理を問う前に、キリは自身で言葉を続ける。
「私は私だと思ってた。ラプール島の、ただの平凡な女の子だって。……なのに、なんなのよ。……私、私は一体、なんなのよ」
「キリさ…………」
「自分のことが、わかんないよ。誰? 私はファーン家の生き残り? 国民から非難されて滅亡したはずの、王族の生き残り……?」
「…………」
「あげく、そのせいでリィさんが、死んだの。……そうだ。…………やっぱり、リィさんが死んだのは、私の、せいなんだよ」
「それは……」
「イズミさんだって、きっと思ってる。私が生きてたせいで自分たちもきっと酷い目にあうんだって。私に関わったせいで、知りたくないことを知ってしまったもの……だから私は、リィさんを殺してしまったんだし、もうこの世に…………」
「…………」
「だから消えてしまいたい。ここから、私は、リィさんと…………」
「もう、やめてくださいっ……!」
イズミの絶叫に、キリは不意をつかれたようだった。
しかし、それもつかの間、再度へらっと笑いをこぼした。
その目に生気は無い。
「だって、本当のことじゃん」
「っ…………!」
イズミは思わず再びキリを抱き締めていた。
今度は、一生その手から抜け落ちないように、しっかりと抱きしめた。
怖くなったのだ。
この少女が、今すぐにでも消えてしまうのでは無いかーー、と。
目の前に確かに存在している少女が恐ろしくなって、イズミは思わず強く抱き締めたのだった。
2人は崩れゆく建物の内部で抱擁を交わしてーー正しくはイズミの一方的なものであったが、当人であるキリは、ただされるがままに黙ってそれを受け入れていた。
拒絶することもなく。
ただ、突然のことに驚いて反応が出来ないでいるだけなのだろうが。
しばらく抱擁をかわし、不意にイズミが口を開いた。
「もう……やめてください…………」
ぽつりと呟いて。
今度は言葉を選んで、ゆっくり、丁寧に、優しく。
「……リィさんはキリさんを庇って亡くなった。それは紛れもない事実です、……でもそれは決してキリさんのせいではない。リィさんはキリさんだからとっさに庇ったんでしょう。キリさんだから……君がファーンであろうとなんだろうと、リィさんにとってキリさんはキリさんだ。そのことに変わりはない……」
小さな肩に手を置いて、イズミはキリの顔を直視する。
「……違うかい?」
「…………」
返事はない。
キリは変わらず黙ったままだ。
肩を掴むイズミの手に、より一層力がこもった。
イズミは深く息を吸って、無感情な少女の顔を覗き込む。
そうしてから。
自身にも言い聞かせるかのように、イズミはゆっくりと言葉を紡いだ。
「リィさんは、君に命を繋いだんだよ。……生きるんだ、キリ。君は。リィさんの分まで、生きるんだよ。そうすることが、君が出来る唯一のことだよ」
何故だか突然、涙が頬を伝った。
その涙は誰のために流したものなのか。
キリ本人でさえ、わからなかった。
——もう、充分だ。
キリの目から涙がとめどなく溢れる。
止まらなかった。
拭っても拭っても拭っても。
拭っても、拭っても——。
「気が済みましたか?」
イズミが優しい声で問いかけてくる。
「さあ。外に出ましょう」
ひたすらに号泣するキリを軽々抱き上げて、イズミはそう告げる。
こくりと小さく頷いたキリはそうして、イズミに抱っこされて、倒壊寸前の建物をあとにしたのだった。
別れを惜しむがごとく、燃えるような紅の服を目に焼き付けて——。
++++++++++++++
ガラガラと崩壊の音が響く中、近くの野原に集まった人々は皆崩れゆく建物を見つめていた。
「リィさんは……私にとってリィさんは、お母さんであり、お姉ちゃんだった……」
虚ろな目つきでキリがぽつりとつぶやく。
「でも、感謝してるよ。私、リィさんに拾われて、良かった。ありがとう」
『あら、こんな素直なアナタ、何年ぶりかしら』
どこかでリィの笑い声が聞こえる。
「私はいつでも素直ですうー」
「分かってるわよ、キリ。こちらこそ、ありがとうね」
「……さようなら。【カノンさん】」
そうして俯いた瞬間、キリたちの目の前で別れを告げるように建物が倒壊した。
…………………………………………………
【最終章について。作者の独り言】
てかリィさん死にかけてるのに質問攻めにしてるアスカ……。自分のされた仕打ちに対する報復ともとれるんだけども、、鬼畜だ(;´Д`)止血したげてよう……。←
というか、執筆途中で間違えて文章を全削除してしまうという大失態をやらかし。しかも2回も(-。-;バックアップとってなかったし、もう(T ^ T)という感じで、書き直しました…なので展開的に少し変わったとかそんなことはないと信じたい。ウン。展開が展開だけに、せっかく推敲して完成してたはずが、3回も書き直しとかうへえ……。でした(⌒-⌒; )
感想いただけるとありがたい……です。
ちなみに最後のキリとリィのやりとりは、プロローグ(序章>>002)のリフレインです。。……ハイ。
次回更新でエピローグとなります。
長い間お付き合いくださり、ありがとうございました。
最後まで、どうぞよろしくお願い致します。