複雑・ファジー小説

あと少ーし、続きます(^^;; ( No.201 )
日時: 2014/05/30 09:50
名前: 明鈴 ◆0UYtC6THMk (ID: bFB.etV4)

【エピローグ:再び始まりの場所-restart-】


そして、少女は目を開いた。

ぼんやりとした頭で上半身だけ起こし、しばらくベッドの上でぼんやりと一点を見据える。
そうして、少女は立ち上がった。
目の前の窓を開け放ち、次いで、枕元に置いていた短剣を素早く右手で掴みとり、胸の前で強く握り締める。

「…………私、生きてる」

開け放った窓の外には、変わることのない町並みが広がっている。
吹き込むそよ風が少女の前髪を揺らした。

「おはよう、キリ」

短剣の柄にはめ込まれた紅い宝石が、朝陽を受けてキラキラと輝いた。


++++++++++++++++++++

「キリ君はまだ起きてこんのか」

ウェルリア王国のとある時計店の一室で、クラーウ氏がぼやいた。
その言葉を受けて早めの朝食を済ませたイズミが軽く肩を揺らす。

「ええ、多分……」
「アンタらが尋ねてきて3日……その間、彼女は一向に目覚めん」
「僕も1階に降りてくる前にキリさんの容体を確認してきましたが、まだ眠っているようですね」

イズミの言葉を聞きながら、クラーウ氏はその隣で黙って壊れた鳩時計をいじり始めた。
イズミはイズミで、食後の紅茶を優雅にたしなんでいる。
2人の間に沈黙が続く。
それからしばらくして、クラーウ氏がふとその手を止めた。
それは、まるで独り言のように呟かれる。

「どうなんだろうか……」

止まった手が、再び作業を開始する。

「ワシは、アンタらが何処で何をして来たのか知らん。いや……知らなくても良いと思っておるから、ワシはアンタらから何も聞いてはおらん。ただ……」

イズミはティーカップを手にしたまま、左隣の老人をちらりと一瞥いちべつした。
そして、

「イズミ君。君は、"後悔"しているかね?」

突然の問いに、イズミは豆鉄砲をくらったかのような表情を浮かべた。
しばらくして、薄っすらと笑みを浮かべる。
その流れで、イズミはコトンと乾いた音を立てて、空になったティーカップを机の上に置いた。

「僕は……。はっきり言いますけど、…………後悔、しています」
「ほお」
「キリさんたちに関わってしまったせいで、僕は、僕の今後の人生を大きく左右する羽目になってしまった。けれど……」
「ねえ、イズミちゃーんっ!」
「…………これで、……良かったのかもしれない」

微笑むイズミの視線の先に、寝間着から普段着に着替えたアリスの姿があった。
アリスは寝起きだというのに、朝から騒々しいテンションでイズミに近寄る。

「おはよう、イズミちゃん。今日も良く眠れたかしら?」
「おはよう姉さん。うん、良く眠れたよ」
「そう、良かった。じゃあお姉ちゃん、朝食の準備してくるわね」
「今日はパンとスープとサラダじゃぞ」
「あら。おはよう、クラーウのおじいちゃん。分かりましたわ!」

ひたすら1人で喚き散らしたあと、上機嫌でキッチンに姿を消したアリスを目の端に、イズミはクラーウ氏に向かって苦笑した。
そうして、困ったように首をかしげる。

「………………多分」

そのイズミの一言に、クラーウ氏は豪快に笑うのだった。

+++++++++++++

アリスが、先ほどクラーウ氏が作業をしていた机で朝食をとっている間、イズミは真向かいの席で思案の表情を浮かべていた。
家主であるクラーウ氏は、やっと直し終わった鳩時計を届けに、外出していた。

「あら、……どうしたの? イズミちゃん」

不安そうにしているイズミを覗き込むようにして、アリスがパンを頬張りながら尋ねた。
イズミは、ああ、と顔を上げて、抑えた声で告げる。

「姉さん、これで本当に全て終わったんでしょうか」

エピローグ、長くなっちゃう…(^^;; ( No.202 )
日時: 2014/06/06 23:49
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: n1ZeCGPc)

「…………?」
「今回の一連の首謀者は捕まった。それに加担した反政府軍のやかららえられた。そして、僕らの求めていた歴史の真実もーーまだキチンとした裏付けは出来ていませんが、辿り着くことができました。……けれど、1人、忘れているんですよ」

アリスがごくりとつばを飲み込んでそれに言葉を繋げる。

「そう……ウェルリア兵士の、彼ね」
「そうです」
「結局、彼、あの後からずうーっと行方不明なんでしょ。何者なのかしらね、あの兵士くん」
「それが気になって、直接会っているアスカ王子にあの後聞いたんです。彼のことを。そしたら王子、興味深いことを教えてくれましたよ」

何? とアリスが首を傾げる。
イズミは一呼吸おいて、目の前のアリスに向かって言葉を続けた。

「彼が首謀者に加担する羽目になったのは、首謀者に【とあるヒミツ】を握られていたからだって」

「ヒミツ、ねえ……」ーーそう呟いて、アリスはトマトを1つ頬張った。

「ヒミツって、何かしら」
「さあ…………でも、そのヒミツを知っていた唯一の人物も、もうすでにこの世にはいないですし……その件に関しては分からずじまい、ですね」
「それでもって、その兵士くんは行方知らずって訳ね」

アリスは最後の一口であるパンをゴクリと飲み込み、

「……まあ、ひとまず一件落着ってことで、ね。父さんのことに関しても一応は決着がついたし、なにより、イズミちゃんともこうして久々に会えたし」

その場の空気を変えるかのようにあっけらかんとした口調でアリスはそのようなことを述べ、それから目の前のイズミを笑顔で見つめた。

「姉さん……」

姉の気持ちを察し、イズミは思わず微笑した。
と、そのように場が和んだところへ、

「イズミしゃんはいるのだーっ?!」

またしても甲高い声が割って入ってきた。
玄関先のドアを乱暴に開け放ち、その声の主はズカズカと勝手に店内に入り込む。
そのような傍若無人な態度に、イズミは思わずひきつってしまった顔を無理やり笑顔にした。

「ゆ、ユメノ様じゃあないですか……」
「イズミしゃーん! 久しぶりなのだーっ」

だあっと飛びついて、ユメノはイズミの首元に腕を絡める。
イズミはその反動で思わず椅子ごとひっくり返りそうになり、慌ててユメノを受け止めた。
しばらく沈黙を挟み、イズミが確かめるように目の前のユメノを見つめる。

「で……。ウェルリア王国の皇女が、どうして城下町なんかにいるんですか」
「イズミしゃんに会いに来たんだぞ」
「答えになってません」
「それにな。ーーアリスにも、……会いに来たのだぞ」
「お、お嬢様……!」

いつの間に隣に立っていたのか、アリスが涙ぐみながら潤んだ目でユメノを見下ろしていた。
ユメノがイズミの上からぴょんっと飛び退き、アリスに抱きつく。
その光景は感動の再会そのものであるのだが、イズミは割れそうにうずく頭を抱えて、恐る恐るユメノに尋ねてみる。

「ユメノ様は、どうやってここまで来たんですか?」
「モチロン、父上や兵隊さんたちにバレないように抜け出して来たのだぞ!」


…………何てことだ。

イズミはついにはうめき声に近い声を上げ、ユメノを恨めしそうに見やる。

「ユメノ様。……それって、もちろん黙って来たんですよね」
「そうだな。ユメノたちは今、外出禁止令が出されているからな!」

胸を張ってそのように答えるが、イズミの気分は反対にズブズブと沈んでいた。
「外出禁止の皇女が城を勝手に抜け出して自分のところへやってきた」
それはユメノが勝手にやったことである。
ーーしかし、だ。

「そんなの、僕たちが罰せられるに決まってじゃないですかっ!」

突然立ち上がって咆哮を上げたイズミを、アリスとユメノは目を瞬かせて見つめる。
何事かと、お互いにぽんわりと顔を見合わせている。
イズミはそのような雰囲気を振り払い、自身の身に既に降りかかっている災難を言葉にして表した。

「外出禁止令が出されている皇女と一緒にいるだなんて、国側から重罰受けますよ?!」
「それは違うな」
「どう違うんです!」

これ以上、自分の身に災いは降りかからないで欲しい。
イズミの魂の叫びは、次に発せられたユメノの言葉で粉々に砕かれたのだった。


「ユメノだけではない。ウェルリア王国第一王子、アスカも一緒だぞ!」

笑顔全開のユメノの後ろから、翡翠色の髪を揺らしてアスカがひょっこり顔を出した。
イズミの胃がキリキリと痛んだ。

Re: 【エピローグ】ウェルリア王国物語-紅い遺志-【銀賞受賞】 ( No.203 )
日時: 2014/06/19 23:51
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: up0sn.la)



「えっと……アスカ王子も、ご一緒だったのですね」
「悪いか」

アスカの言葉に、イズミはぶるんぶるんと己を全否定する勢いで大きく首を振る。

「そんなっ……とんでもございませんよ、王子。王子こそ、どうしたんです。お久しぶりですね。まあた、キリさんのことが心配でいらっしゃったのでしょう……」

ーーと。直後、イズミの顔面に大きなクッションが飛んできた。

「っ…………」

唸って、顔面に当たったものを引き剥がす。
イズミの目に、荒い呼吸を繰り返すアスカの姿が飛び込んできた。
肩で大きく息をしながら、アスカはまるで威圧するかのようにイズミに告げる。

「そんなことは、ない。ユメノの、おりだ」
「はあ……」
「まあでも、……アイツのこと、気になってないことは無いんだ。……イズミ、…………キリは?」

アスカの言葉に、イズミは軽く微笑した。

「相変わらずの傍若無人っぷりですね……」

つぶやいて、困ったように眉尻をさげる。

「アスカ王子、そのことなのですが……」

申し訳なさそうにイズミが口を開いた、まさにその時であった。

「あっれー、アスカじゃない。それに、ユメノちゃんまで……!」

数日ぶりに聞いたその声は、すでに明るさを取り戻していた。
ふっと声のした方を振り向くと、そこに、身支度を整えたキリの姿があった。

「キリ……さん」
「おはよう、イズミさん」

にっこりと微笑んだその表情には、まだ少しかげりが見えたがーーそれでも当人は満足そうに鼻を鳴らした。

「うんうん。そろいもそろってーー全員集合って感じだね!」
「キリさん、お身体の調子は……」

イズミの言葉に、キリは目を大きく見開いて、それからくしゃっと表情を崩す。

「……もう平気だよ。ありがとうイズミさん」
「キリさん……」
「あ、それで、みんなに相談したいことがあるんだけどね」

突然の切り出しに、イズミを含めた全員が目をしばたたかせた。

「何ですか?」
「あ、ああ……ウン。いやあ、起きて早々なんだけどさ」

恐縮したように頭をかき、キリは出し抜けにこう切り出した。

「私、帰ろうと思うの。ラプール島へ」


++++++++++++++++++++

ーーいつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた。
否、誰もがそう思っていただろう。

1日に数本しかないラプール島行きの連絡船に乗るために、一行いっこうは近くの港に来ていた。
もちろん、出張から帰ってきたクラーウ氏に事情を説明し、クラーウ氏も見送りに来てもらえるよう頼んだのだが、あいにくまだ仕事が残っているらしく見送りには来なかった。ただ、もう一度店を出る前にクラーウ氏はしっかりとキリの両手を包み込むように握り、しっかりとした目線をキリとかわした。

「また、いつでも帰っておいで」
「ありがとう、おじいちゃん」

今にも溢れそうな涙を堪え、キリとクラーウ氏はそのような言葉をかわす。
クラーウ氏は満足そうに頷くと、そのまま出張に出てしまった。
そうして、今に至る。
周囲には同じようにラプール島行きの連絡船を待つ人々で意外とごった返していた。
その多くはラプール島から出稼ぎに来た者たちで、数少ない連絡船を逃すまいと1時間前には既に多くの人々が港に集まっていた。

「本当に。ありがとね、みんな」

キリが提げている短剣の紅いルビーが太陽の光を跳ね返す。
キリは鼻をすすってイズミたちを見回した。

「キリぃ…………ぐすん。ユメノ、哀しいのだああ……」

ユメノがキリとの別れを惜しむようにして目を潤ませた。

「ユメノちゃんっ……。……ほら、可愛いお顔が台無しだよ?」
「こっ、こんな…………の、……か、関係、無いのだ……」

ぐずぐずと鼻をすすりながら大粒の涙を溢すユメノに、キリは苦笑交じりにハンカチを差し出した。
それを受け取ったユメノは、そのハンカチで勢いよく鼻を咬む。
アリスが慌ててユメノの手からハンカチを奪いとり、その持ち主であるキリに使い物にならなくなったハンカチに対しての謝罪を全身全霊を込めておこなった。
イズミは一連の流れを見て声をあげて笑いはじめ、キリは困った表情でイズミに視線を向けた。

一見、何でも無いような日常風景。
アスカは1人、ぼんやりと蚊帳の外で4人のやり取りを見つめていた。

「キリ…………」

思わず口をつく。
誰も気づいてはいなかった。
それほど微かにつぶやかれた、名前。

ーーオレ、お前がさ、


そう言いかけて、慌てて口をつぐむ。

否、自分は一国の王子、そして彼女はーー。


「なるほどね」

何が「なるほど」なのか。
刹那、イズミはそう呟いたかと思いきや、いきなりユメノを背後から抱え込んだ。
不意をつかれて、ユメノは思わず「ふおっ」と素っ頓狂な声を上げる。

「さ、ユメノ様は僕とこっちに行きましょうか」
「突然何をするのだイズミっ! こらっ、抱きあげるなっ、かかえるなっ! まだキリと話したいことが沢山っ……!」
「なるほどお、そういうですよねえ。そういうことですよねえ。ハイ、イズミちゃん、ユメノ様、行きましょう」
「あっ、アリスまでっ……。なあにが『そういうこと』なのだっ、全くもって、意味がわからんっーー!」
「ハイハイ、お子様はこちらです」
「お子様ではなあいっ!」

イズミとアリスがユメノを連れてその場から離れる。
キリは突然の出来事に何事かと目を瞬かせ、残されたアスカと2人、その場にしばらく立ち尽くしていた。

「キリ。…………実はオレ、お前に、言いそびれていたことがあるんだ」
「え?」

そうしてやっと口にしたその言葉は、キリにとっては全くもって先行きの見えないものであった。

「……何?」

キリにそう聞き返され、アスカは思わずぐっと言葉に詰まる。
ここで返さなければならないのだがーー頭が真っ白になって、次に言うべき言葉が出てこないのが現状である。

「アスカ?」

キリが不安そうになおも聞き返してくる。
ここは、何が何でも、行き着くところまで行かなければならないようだ。

「…………お前、さ。オレと一番最初に出会った時に言っていたことを覚えてるか?」
「最初に?」
「そうだ。最初にだ」

キリはアスカとの最初の出会いを必死に思い出そうと記憶を掘り起こしーー。

「……なんだっけ」

「…………はあ」

思わず拍子抜けするアスカだったが、否、まだまだ予想内の反応である。
気を取り直して。いざ、ゆかん!

「『アンタがあんなところから飛び出してこなければ』って。お前、そういったよな」

ーー未だにキリは首をかしげている。が、今良いところなんだ。構うことは無い。そのままにしておこう、続けよう。

「オレ……オレはあの時、…………お前に出会えて良かったと思ってる」

ざああっと辺りの木々がざわめきを上げ、潮風の匂いがキリの鼻をかすめる。
突然そのような言葉を吐かれ、キリは思わず乾いた笑い声をたてた。

「…………な、何、改まっちゃって、……あははは! アスカらしくなーい」
「ちゃんと聞いてくれ」

がっとキリの華奢な肩を掴むアスカ。

「大事な、話なんだ」
「え……?」

大事な話と聞いて、キリが神妙な顔つきになって口をつぐむ。
周囲のことなど、2人はとっくのとうに気にはしていなかった。

そして、その言葉は、唐突に告げられた。

「キリ、好きだ」