複雑・ファジー小説

〜最終回 ( No.206 )
日時: 2015/09/10 02:41
名前: 明鈴 ◆kFPwraB4aw (ID: PFFeSaYl)

「…………」

ざあっと風が吹く。
木々がざわめき、黒のプリーツスカートがバタバタとはためく。

陰でこっそり聞いていたイズミとアリスは、しきりにうんうんと頷いていた。ユメノはイズミに抱えられて、その様子を愕然とした様子で見ている。
一瞬、時が止まったかのように思えた。

「……えと」
「………………」

己の言葉に、今更ながら赤面するアスカ。
もう、どうにでもなれという心境であった。
取り返しはつかない一言の重みを、アスカは今、身を持って実感していた。

「それ、は……つまり……」

絞り出すように。
キリが恐る恐る言葉を紡ぎ出す。

「……私も好きだよ」
「えっ…………!」
「そりゃあ、出会った時は最悪最低だあ〜って思ったよう。自分勝手だし、強引だし、ワガママだし、ぜんっぜん喋ってくれないし。でも、……ちゃんと最後まで付き合ってくれた。約束通り。…………結果的には、残念なことになっちゃったけど……」
「キリーー」
「でもね。だから、これからも、その、……私がラプール島に帰っても、仲良くして欲しいな! なんていうか…………【お友達】としてっ!」

満面の笑顔を浮かべて、キリは勢い良く言ってのけた。
同世代の友達がラプール島にはいなくてさー、エヘヘへなどと笑顔を浮かべてアスカを見つめ返す。キリのその目は、曇り1つ無い、澄んだ眼であった。



ーー予想はしていた。

キリに色恋沙汰など1ミリのかけらも無いことを。けれど、しかしーー。


ーー違うっ……そうじゃないっ……!そういう意味で言ったんじゃない…………っ!

アスカは思わず肩を震わせていた。
キリがアスカの異変に気がついて、場違いな声をあげる。

「……あれ? どうしたのアスカ。震えてるけど」
「…………」

思った以上に、キリのお友達宣言はアスカにとってダメージとなったようだった。
しかし、ここで諦めたらウェルリア王国第一王子の名がすたってしまう。
アスカは大きく深呼吸をした。そして、

「…………まあ、お前のことだからこうなるとは予想はしてたけどなあ……」
「……ん?」

ーーと。
アスカは刹那、ガッとキリを抱きしめていた。

「へっ……? あ、あのあのアスカっ……?」
にぶいッ!」

しばらくぎゅうううっとキリを抱きしめる。力一杯ーー。この少女が、この手をすり抜けていかないようにーー。

つと、耳元で囁く。

「キリ、……結婚しよう」
「…………はいいい?!」

間近な距離でアスカはキリを見つめる。キリは大きな目をさらに大きくしてアスカを見返していた。突然の出来事であった。

「お、オレはお前がいないとダメだし、……お前もオレがいないとダメだろう!」

それにしても、なんという強引さであろう。

「あ、あの、私……は……」
「………………」

もはや、されるがままの状態であるキリは軽くパニックを起こしていた。
否、この状況下では誰もがパニックになるであろう。

だってーー。
この人は、私にーー。
ーーーー。


と、その途端、辺り一面に汽笛が鳴り響く。
出港直前の合図である。

その音で我に返ったのか、はたまたびっくりしたのか、2人は慌てて離れていた。

「あ、い、行かなくちゃ」
「…………キリ!」
「…………ん」

慌てて船内に向かうキリの背中に、アスカが声をかける。
キリは反射的に自分の頬を両手で包み込んで、振り返った。
視線の先に、真剣な眼差しでこちらを見つめるアスカの姿があった。

「返事は、まだ、聞かないから。告白だけ、受け止めてもらったら、それで良いから
「ん………。んー。……っアハハハ」

思わず頭をかく。

「うん。……って言っても、私、まだ色々と頭の中整理出来てないんだけど……」
「分かってる。……オレ、お前のそういうところに惚れたんだ」

「……。うん」

『ボーッ』
再度汽笛が鳴る。出航の合図だ。

「ーーお前は、お前のままで良いんだ」
「うん」
「血筋なんか関係ない。オレがウィルア家で、お前が敵対するファーン家だったとしても、関係ない。オレは、【キリ】が好きなんだ」
「…………ン」

「碇をあげろー」と何処から聞こえてくるのか検討もつかないほどの怒鳴り声が辺りに響き渡り、ガコンと大きな音を立てて、船と港を繋いでいた桟橋が跳ね上がった。
キリは手すりに掴まって、アスカの姿を追いかける。

「また迎えに行くからな。必ずだぞ!」
「うん。……待ってる!」

必ず会おうと……。

「……あ!」

遠ざかってゆく港の上では、物陰からユメノを抱えたイズミとウィンクが出てきてアスカをキリに向かって手を振っているのが見えた。

キリも大きく手を振り返す。

これからどうなっていくのかーー
これから先のことなんて、誰にも分からないけれど。


——お前は、お前のままで、良いんだ。

キリは、アスカの言葉を頭の中でもう一度反芻した。

——【何者】でも良い。血筋なんか関係ない。……私は、キリ=マルカート=ファーン、その人なんだ。


世界に一人しかいない。

この世にたった一人しかいない【私】。その存在を、認めてくれた、その人にーー。


手すりから身を乗り出して、キリは大きく叫んだ。

「みんな、またねーっ!」

キリの声をかき消すようにもう一度大きな汽笛を鳴らした船は、桟橋を離れ、いよいよラプール島を目指して出航するのだった。

Fin