複雑・ファジー小説
- Re: 【アンソロ】コワレモノショウコウグン【投稿開始】 ( No.19 )
- 日時: 2013/10/19 15:29
- 名前: 陽 ◆Gx1HAvNNAE (ID: ixlh4Enr)
- 参照: http://crazy1030love.blog.fc2.com/
アンソロジー企画【この種を孕んで】
こんなに探してるのに、どうして見つからないの。
私のなかで、息もできないほどに大きくなったこれを与えたのは、間違いなくあなたなのに。
どうして、あなたはその欠片すらも持ってないの。
どうして、私があなたに与えることはできないの。
流石に腕が上がらなくなってきたので、手を休めて夜空を仰ぐ。
繁華街の光を反射しているせいで何色なんだか分からない曇天。好きだとも、嫌いだとも思ったことはなかったけれど、今夜はひどく馴れ馴れしいものに思えて、嫌悪感がじわりと広がった。
私とあなたさえいれば、この世界には空だっていらなかったのに。
あなたの瞳に他の何も映したくなくて、私は慌ててあなたの顔を覗き込んだ。
ああ、と思わずため息がこぼれる。
街灯に白く照らされたあなたの顔に、漆黒の瞳がうつくしい。
じっと見つめると、そのなかで私が私を確かに見つめ返していた。
でも、知っている。
私から見たあなたの瞳には私が映っているけれど、本当は私を映してなんかいないこと。
今まで一度だって、あなたの瞳に私が、私の望むように映ったことなんてなかった。
この瞳も、私のためのものではないの、それなら。
私の右手から、血と脂でべとべとした鉈が滑り落ちる。
乾いた音を立てて地面に横たわったそれをほったらかしにして、私はあなたの瞳に手を伸ばした。
ここにも、私は根付けない。
眼球の周りの繊維が離れるのを拒むように邪魔をしたけれど、無理やり引っ張ると視神経がぶつりと切れる。
思ったよりも重くて硬いあなたの左目を手のひらにのせると、あの感情がまた膨らんで、軋んだ音が聞こえた気がした。
この瞳を、愛していた。
この瞳が、私にこの感情を孕ませたのに。
あなたの瞳には、私にこれを植え付けた痕跡なんてどこにも見当たらない。
どうして。
この恋情を見ようともしなかったの。
私が摘み取ってしまいたかったこれは、涙と嗚咽を吸い上げて見事なまでに大きく育って。
実を結ばないとわかってたのに、私にはこれを消す術がなかった。
そしてあなたは、散るだけの花があるなんて思いもつかなかったのでしょう。
私は言った、あなたを愛していると。
あなたのなかに、少しでも私を残そうと必死で、これ以上ないほどの激情をのせて。
あなたは言った、私を愛していると。
多すぎる友人のうちの一人に対する社交辞令として、私の望んだものを何一つ含まないただの言葉として。
私のなかに収まりきらなくなった感情が、私の両目から溢れ出した。
濡れた頬の冷たさを拭い去ることも、瞬きさえもせずに、私はあなたを見下ろす。
他の人が今のあなたを見ても、あなただとはわからないかもしれない。
私を想って高鳴ることのないその心臓も、私に愛を歌わないその喉も、私と絡まることのない腕も。
残しておいても無駄だから、ぜんぶ壊してしまった。
私の全身にあなたは枝を伸ばして、こんなにも激しく広がっているのに。
あなたのどこを探しても、私は種さえ植える場所を見つけられない。
この恋情は徒花そのもの。
芽生える前から散るだけとは知っていたけど、それでも花は開いてしまった。
どうして。
私は、こんな愛しか知ることはできないの。
私はゆっくりと足元の鉈を拾い上げた。
こんなに変わり果てた姿でも、私はあなたがいとしい。
そして、この場所だけは、あなたに私の欠片さえ残せないとわかっていたから、いちばん最初にまっぷたつにしてしまった。
けれど、今になって別の思いが湧き出してくる。
これがあるから、だめだった。
私は両手で鉈をしっかりと持つ。
手が震えたけれど、取り落とすことはなく、それを振り上げた。
最初から、他の奴のための場所。
私の為にはつくられなかった。
もっともっとぐちゃぐちゃにして。
男とか女とか、なかったことにしてしまえば。
***
第一発見者は、近くの店の若い従業員の男だった。
清々しく、よく晴れた早朝。
繁華街を少し外れた裏路地で、その死体は見つかった。
彼が通報する前に現場にまき散らした吐瀉物は捜査に大いに支障をきたすこととなったが、駆けつけた捜査一課の刑事たちは無理もないことだと思った。
それほどに悲惨な光景だったからだ。
四肢はばらばらで、血とともに臓器の断片が辺りに飛び散っている。
殊に下腹部——ちょうど子宮のあたりはもはや原形を留めていなかった。
被害者の身元がわかるまで、それが女性だとは判別しがたいほど、その死体はひどく破壊されていた。
彼女の交友関係を洗い出さないことにはわからないが、男女関係のもつれが原因に違いないとその場にいた誰もが思った。
まもなく、いつもは静かな早朝の繁華街は、捜査員とマスコミで恐ろしく騒がしくなった。
どのように見出しを付けて報道しようかと、カメラを片手に現場に近づこうと頑張る記者の薄汚れたスニーカーが、
風に吹かれて落ちた小さな薄い黄色の花びらを、音もなく踏みつぶした。
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一般的にはナスの雄花を徒花と言うそうですが、雄花だって自分の遺伝子を残せるんじゃないかと。
雌花だって種子を残さなきゃ徒花でしょうよと。
そんな感じです。
とっ散らかった文章ですみません;