複雑・ファジー小説
- Re: コワレモノショウコウグン【R-12〜18】 ( No.2 )
- 日時: 2013/12/26 10:35
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: Z9bE6Hnf)
【きみにあげる】
可憐なきみに何をあげよう? 美しいきみに何をあげよう? 愛おしいきみに何をあげよう?
何をあげれば、きみは僕を見てくれる?
僕は今、とても悩んでいます。 可憐なきみに、何をあげよう。
僕の知っている綺麗な物は、どれもこれも他愛ないものばっかりで、とてもきみの可憐な姿の前では美しくは見えないんだ。
綺麗な絵が彫られた角砂糖も、きみの肌によく似た純白の陶器に金細工のティーカップも、瓶詰めの柔らかく輝く細かな砂も、淡い色で画かれた天使たちの絵も、何もかも他愛なくて。
きみの気を引くには何をあげれば良いだろう?
違う、わかってる。 思わせ振りなきみは、僕なんかにはこれっぽっちも気がないこと。
大人びたきみが、他の子にそう言うように、ただ僕をからかいたいだけだと言うこと。
狡いきみが、他の子達にそうさせるように、きみに手渡される煌やかな品々を求めているだけだと言うこと。
それでも良いんだ。 きみが少しでも僕に微笑みかけてくれるなら、それで。
「貴方の宝物、私にくれる?」
僕を試すようにそう言ったきみ。
良いよ、きみが欲しいなら。 何でもあげる。
だからね、少しだけ僕を見て、少しだけ笑って。
——だけれどもどうせきみにあげるなら、きみが何時もの子猫みたいな作り笑いじゃなくて、驚いて、本当に喜んでくれるものをあげたい。
僕の宝物は決まっているけど、それは僕の物じゃないからあげられないし。
学校から帰ってきて、ずっとその事ばかり考えてたら、何だか少しだけ疲れちゃったな。 今日は夜更かししないで早く寝よう。
僕はそう思って、自分の部屋を出る。 真っ暗なリビングに降りて、誰もいない家の中で冷たくなった残り物を頬張るのも、いつの間にか慣れっこ。
相変わらず大きなお風呂に一人は怖いけど、お風呂上がりに目が合った。
大きな鏡に映る僕の顔。 クラスの子達には「女みたいだ」なんて笑われるけど、僕はちっとも嫌いじゃない。
確かに自分でも女みたいだと思うけど、少しお母さんに似てる自分の顔を眺めてると、中々帰ってこないお母さんと一緒に居るみたいで少しだけ安心する。
そんなことを考えてたら、急に思い付いたんだ。 僕の宝物。
僕は急いで部屋に戻って、さっきまで眺めていた砂の入った小瓶を手に洗面所に戻る。
少し前、もう顔も思い出せない、でも大好きなお父さんが買ってきてくれた異国の香りのする砂。
少しだけ躊躇ったけど、僕は瓶に詰まった砂を流しに零す。 瓶を丁寧に洗って、もう一度自分の顔を眺める。 良いんだ、きみにあげる。
鏡の僕が寂しそうに笑うと、ぷつん、と言う音が聞こえた。 物凄く痛い。
だけど泣き疲れた目はちっとも涙を流してくれない。 それが少し悲しかったけど、僕は心に決めた宝物をそっと瓶に入れて、リビングに戻った。
コルク栓を閉める前に冷蔵庫から綺麗な水を取って、少しだけ瓶に流し込む。
お母さんは「この水は体に良いのよ」って言ってたけど、僕には違いがわからない。 だけど、瓶の中で浮かぶ宝物は、水に浮かんでる方が綺麗。
僕は満足した。 明日学校できみに会ったら、きみに誰かが声をかける前に渡そう。 そう決めたら何だかとっても眠くなった。 ラッピングは、早起きしてやろうかな。
ベッドへ行く途中で血が出てる事に気づいて、慌てて救急箱を取りにリビングへ逆戻り。 怪我の処置なんてやったことが無かったけど、何となく見様見真似で。
痛いのには慣れてるけど、血は怖いんだな、何て少し可笑しな自分に苦笑いをしたら、何だか眠気がずっとひどくなった。 良いや、今日は此処で寝よう。
翌朝、僕はラッピングした小瓶を手に学校へ行った。
折角だから綺麗にラッピングしたかったけど、中身がわからなきゃ受け取って貰えなさそうだから少しリボンを飾っただけなんだけど、僕にしては上出来だなって自分で思う。
すれ違う人達の好奇の目、周囲で聞こえる陰口、避ける様な仕草。 毎日の事だから気にならないけど、今日は露骨に駆けて何処かへ行く人も多い。 何だろう?
そして漸く僕はきみを見つけた。
丁度玄関口で靴を履き替えているきみ。 今日もすごく可愛いよ。
きみを呼び止めて、小瓶を差し出す。
「はい、僕の宝物。 きみにあげる」
僕の持っている物はどれも他愛ないものばかり。
そんな僕の宝物は? って訊かれたら、迷わずにきみだ、って答える。
だけど、きみにきみはあげられないから、僕は悩んでいたんだ。
だからね、すごく悩んでこれを選んだんだよ?
きみを見つけられなくなっちゃうと手渡す時に困るから、ひとつだけ。 本当はふたつあげたいんだけど、ごめんね。
いつも僕にきみを見せてくれる、きみを映してくれる、僕の宝物。
「お母さん似の綺麗な青だね」
なんて、よく誉められるんだ。
僕の一番の、大事な宝物、きみにあげる。
笑顔で瓶を差し出した僕の前で、きみは口に手を当てるのも忘れて叫ぶ。
気に入らなかったかな?
だけどそれを確かめる前に、僕の足は重力に負けた。 空っぽになった眼窩から生暖かい液体が流れてくるのがわかる。
思いきり地面に倒れ込んで、力の抜けた手から瓶が転がる。
目が合った。
瓶の中で水に浮かぶ青い目に映った僕は、何だかとても幸せそうに笑っていた。
* * * *
fin.