複雑・ファジー小説
- Re: 【少年】コワレモノショウコウグン【採集2】 ( No.26 )
- 日時: 2014/02/06 03:55
- 名前: たろす@ ◆kAcZqygfUg (ID: 9ez.6nxF)
【少年採集Ⅱ】-飼われた兎は偏愛者に恋する夢を見るか-
そこは熱帯魚や、爬虫類の水槽を大きくして、内容物さえもそのまま大きくしたような部屋だった。
じっとりと湿った様な空気、鮮やかと言うよりは濃すぎる緑晶の大きな葉、結露した石の上を滑り落ちる冷水。
いつ腐ってもおかしくない、木と真鍮で造られたアンティークチェア、輝く陽光を受け入れる天井一面の窓。
部屋と言うよりも、温室の様な、湿度が鬱陶しいけれども、不思議と心地よい空間。
木板を繋いで作られた小道、石の上を流れ落ちた水が作る小さな池、遡れば、小さな冷泉。
温室に相応しい亜熱帯の木々、色付く果実、それらが植わるしっとりとした黒土、それを囲う小石。
水の流れる音ばかりが聞こえるその部屋に、少年は居た。
白い無地のシャツ、膝丈のハーフパンツ。 もしもその衣類がもっと手の込んだ品だったなら、少女に見えたかもしれない。
重力に逆らう素振りなど僅かも見せない黒髪が、目元に届き、肩でゆれる。
少しだけ鬱陶しそうにその髪を耳にかけて、少年はぺたりと一歩踏み出した。
生暖かいであろう湿った小道を、真っ白な素足が踏みしめる。
曇りガラスの様な壁に、物思いに耽るような眼を向けて、少年はもう一歩、やはりぺたりと踏み出した。
僅かな間を挟んで、部屋に一つしかない、これまた曇りガラスの様な戸が開く。
少年の視線が、そちらを向いた。
入ってきたのは、小奇麗な身なりの男だった。 手には銀のトレーを持っている。
少年が、静かに近づいた。
男は少年にそっと微笑んで、トレーを手に持ったまま、空いた手で少年の頭をそっと撫でた。 少年が、小さく首を傾げる。
だけれど男は、少しも気にした風も無く、普段と同じようにその質素ではあるけれども、何処か上品なお料理を少年に与えた。
少しずつ、ゆっくりと、男の握る銀食器が、少年の口に運ばれる。
随分と時間をかけてその奇妙な食事が終わると、男はトレーの端に載ったハンカチで、少年の口元を丁寧に拭った。
一通り男の手が休まるのを待って、少年はその可愛らしい小さな鼻先を男の腕に押し当てる。
無言で、少しだけ微笑みながら。
応える様に男も口元に笑みを載せ、それから優しく、少年の唇に自分の唇を重ねた。
それは見た者が思わず赤面し、それでも無意識に微笑んでしまうような、簡潔に表すならば『初恋』の様な接吻だった。
二つの唇が離れると、少年はまた、小さく首を傾げた。
そうして男が入ってきたときと同じように、優しく少年の頭を撫でて、静かに部屋を後にすると、少年はぺたりと小道へ腰を下ろした。
男が戸口を潜って戸を閉めようとする頃には、少年は無防備に転がって、静かな寝息を立てていた。
* * * *
男は温室を出ると、外で待っていた数人のうちの一人にトレーを渡して、その数人のうちの中で一番年配と思しき男を手招いた。
「銀を溶かしておいておくれ。 悪い菌がつかないように、閉じ込めるから」
男がそれだけ言うと、年配の男は折り目正しく一礼して、何処かへ消え去る。
残された男は温室の脇、同じくいつカビが生えてもおかしくないような、しっとりとした暗い部屋へと向かう。
そこには大きな棚がいくつかあって、その棚には銀色の装飾品が並んでいた。
どれもこれも、人の顔を模したもので、下のほうに、日付と名前が刻まれている。
「僕の可愛いコレクション。 今夜仲間が増えるから、みんな仲良くするんだよ」
誰に言うでもなく呟いて、男は手近な銀細工をそっと撫でる。
「嗚呼、きみたちは幸せだね。 美しいまま、一生で最も可憐な瞬間を、永遠に維持できるのだから」
虚しく響く男の声に、応えるものは誰も居ない。
ただ、銀色の、無数の美しい少年の首だけが、男の恍惚とした表情を見守った。
ヴィクトリア朝のウォードの箱の様な、愛に蒸れる温室の少年は、微笑み方さえ知らず、男の偏愛も、きっと知らない。
純粋培養された少年は、いずれその銀細工の並ぶ棚に。
その時、果たして、少年は微笑むだろうか?
男の空虚な笑いは、もしかしたら、その行き着くべき結末を、既に知っているのかも知れない。
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Fin.