複雑・ファジー小説
- Re: 神様の戯れ事 ( No.14 )
- 日時: 2014/01/13 00:24
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: TcM2SN2X)
彼が建物に入ったのは、歩き始めて数十分、それほど遠いところでもなかった。
洒落た雰囲気のこの街であるが、道を一本裏に入ると一気に空気が悪くなるのもまたこの街である。私が彼に拾われた貧民街というのも、この町の片端であった。貧富の差が激しいのか。それでいてなぜ、貧民が富豪の街を襲わないのか。私はあまり、この街を知らない。
この建物も、そんな路地の中の一角にあった。
「これから会う人は、ちょっと……何というか、きっついから。覚悟してね」
私は素直に頷いた。
御影は扉に手を掛けると、また思い出したようにこちらを振り返り口を開いた。
「滅多なことは言わないように」
言われなくともこちらから何かを語るつもりはなかったが、とりあえず、頷いておいた。
扉の先には長い廊下が続いており、どこか不気味な雰囲気があった。
コツコツと歩く音が響く。私はあたりを見回した。
紫色の布が壁に、等間隔にかけられている。オレンジ色の証明が天井からいくつも、無秩序にぶら下がっている。コンクリートの床には埃が溜まっている。
私は顔をしかめる。趣味が悪い。
どこまでも続くかに思われた廊下が終わり、私たちはだだっ広い部屋に出た。部屋の真ん中に、壁にかけられていた布と同じ柄のテーブルクロスがかかった、大きな丸テーブルと椅子がいくつか置いてある。
御影は足を止め、大きな声を出した。
「吉祥天!」
はぁい、と、どこか遠くから声がしたかと思うとその女性は既に、そこにいた。
私はひどく驚いた。
私がいつテーブルから目を離しただろうか。キッショウテンと呼ばれた彼女は、私の目に映ることなく、手品のようにそこに現れた。こめかみから汗が、不愉快な感覚が伝った。
美しい女性だった。黒い艶のある髪が首から肩に垂らされていた。薄いピンクやオレンジの色をした、絹の布を纏っていた。綺麗だと思った。
景色がぐるぐる歪み、足元が波打ち、揺れた。視界に映る色が混ざり合って、渦になる。
肩に手を置かれ、私ははっと冷たい空気を吸い込んだ。
「だから言ったでしょ」
彼が小声で、こちらに目を向けずに呟いた。
目が合った彼女は、テーブルの上で足を組み、煙草を片手に紫色の煙を吐き出して、にっこりと笑った。私は怪訝な目で彼女を睨み返した。機嫌を酷く損なわれ、私は怒り、恐怖、不安と、負の感情で一杯だ。
「その子があの、例の?」
「そうだよ」
彼女は舐めるように私を眺めた。不愉快以外の何物でもない。
私がじっと耐えると、彼女は眺めるのをやめ、また煙を一息吐きだした。
「……かっわいいわね、信じられない。こんな子供が!」
「そうだろう」
彼は上機嫌に手を広げ、言った。
私に理解できない話をされるとまた、一層不快である。私が彼女から床へ、目を落とすと、私の意思を汲んだのか彼は話を切り替えた。
「ところで、今日は君に聞きたいことがあってきたんだけど」
「何かしら?」
彼女は足を組み替えて応えた。