複雑・ファジー小説
- Re: 神様の戯れ事 ( No.2 )
- 日時: 2013/11/29 18:18
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: TcM2SN2X)
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男は目の前の青年にとても腹を立てていた。
なめくさった態度、だらしない服装、喋り方。こちらが何か言おうとすると、
「だから俺は、言われたことを言ってるだけなんだっつってんだろ」
と、これの一点張りである。
青年の主張は曖昧であった。
*
生ぬるい風が強く吹いていること。重たい雲が空を隠してしまっていること。どこかの屋上らしき場所に、今いるということ。
男にはそれくらいしか分からなかった。昨日までのことも、自分の顔すら思い出せないようである。
ある日突然、記憶を失くすなんてことは本当にあったのだと思う反面、これは夢か何かだろうと信じたくない気持ちもあったけれど、しばらく考えてから、残念ながらこれは紛れもない現実だと諦めた。
それにしても、困った。
この屋上には一つだけ古びた両開きの扉があるのだが、押しても引いても、どう頑張っても開かないのである。周囲を見渡してもここから移動できるような、突破口はこの扉しかないのだ。
フェンスは有刺鉄線が張られているものの、室外機を踏み台に扉のある屋根の上に移れば、運がよければ引っかからずに飛べるような高さだった。
故に無論、隣のビルへ飛び移ることや飛び降りることも考えた。
しかし駄目なのだ。
錆びたフェンスに指をかけ、下を覗いてみると、無いのだ。飛び移れるようなビルはおろか、眼下に、世界が無いのだ。
目に映る景色は下へ行くほど霧のように白く、曖昧になっていくばかりである。
そんな馬鹿なことがあってたまるか。
意図せず、深い溜息が溢れた。
途方に暮れ、動かぬ室外機の上に座り込んで悟りを開き始めた頃。
悟るにあたって神の存在は重要なのではないかとふと思い、もしかしたらと淡すぎて見えないくらいの期待を込めて、神頼みをしてみた。
神様、どうかこの状況に打開策を。
するとまあ、
「お前か?」
と、後ろから声がした。
あまりにも簡単に蜘蛛の糸が降りてくるものだから、お礼に神を信じようかと思った次第である。
「お前が露木か?」
「さあ?」
青年は男がとぼけているとでも思ったのか、舌打ちを一つした。神様がよこした突破口は全く嫌な感じだ。ポケットに手をつっこみ、口の中でガムか何かをくちゃくちゃとやっている。
「いや、自分の名前が分からないんだよ」
「お前は露木だろうが」
少し腹が立ってきたけれど、ここは自分が折れるべきだろうとため息一つで諦める。この場所から出るためにも、会話を終わらせてはいけない。
「わかった、俺はツユキだ。で、何だ、俺に何か用があるんじゃないのか」
「そうだ、いいか? 喜べよ、神様からの伝言だぜ」
「はは、そいつはすごいな」
面白くもない冗談にも笑ってやれる余裕が出てきたようである。
青年はにやけた口元で、
「今日からお前は露木様だ」
と、言った。
訳が分からず、ただ溜息が出るばかりである。俺の幸せが、この男といるばかりにどんどん逃げていくと思うと、また溜息が溢れた。