複雑・ファジー小説
- Re: 神様の戯れ事 ( No.22 )
- 日時: 2014/03/15 00:11
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
「……おい、どういう事なんだよ」
「君には彼女が見えないの?」
金堂は随分困惑している様子で、どうやら本当に見えないらしい。
「どういうこと?」
彼女に尋ねたつもりだったが意図せず金堂から暴言が帰ってきた。俺は呆れ、彼女は困ったように笑う。
「今の私は……そうね、幽霊みたいなものなのかもしれない。普通の人には見えないのだけど、露木くんはちょっと特殊だから」
「……よく分からないな」
こんなにも初対面であるということは忘れがちなことだっただろうか。俺は、自分の名を絹の布のように自然と口にする彼女に本来聞くべきことをすっかり忘れ、違和感なく飲み込んでしまっていた。
イツキは彼女のことが見えているようだった。さっきまで一方的に聞こえていた会話がすっかり筋を通している。イツキは俺が彼女を見ることが出来ると聞くと、嬉しそうに笑った。
先ほど彼に覚えた既視感は、彼女のものだったのだろう。同じ血を分けている訳である、顔立ちが似るのも納得がいこう。実際、並んでいる彼と彼女はよく似ていた。
「なあ、説明をしてくれよ説明を。俺はおいてけぼりか? 冗談じゃねえ」
金堂がきいきいと喚き立てた。自分が理解できないことを説明しろと言われても無理な話だ。
俺は彼女に尚の言葉を求めるがしかし彼女は、俺が特殊であるという事以上の情報は与えてくれなかった。仕方なく不十分に噛み砕いた話を、金堂に向かって語る。
「彼女は俺とイツキには見えるが、君には見えないんだ。何故かは知らない、聞かないでくれ」
金堂は気を悪くしたようで、彼女の制止も虚しく吐く言葉が一層汚くなった。不平不満をこぼす彼に、俺は少し強めの口調で沈黙を強制した。静かになった部屋の中、彼女は切り出した。
「それで。……私はお願いをしたい」
「俺にできることなら」
「私の病気を、治してほしいの」
薄い笑顔は消え、どこか悲しげな表情を浮かべる彼女を見て、イツキも雰囲気を察したようで、彼女と同じ表情をした。
彼女はイツキの綺麗な髪を撫でながら続ける。
「ある日突然、誰からも見えなくなってしまった。見えるのは樹と、露木くんだけみたいね」
輪になり腰を下ろしたコンクリートの冷たさが嫌に染みる。うるんだ目を落として、彼女は小さく言った。
「誰とも目が合わない。叫んでも誰にも聞こえない」
「わかった」
彼女の言葉を遮るように言ってしまったことを、言ってしまってから気がついた。彼女と話をしているとこちらの冷静さが音を立てて削れ、なくなっていくようだ。
「なんとかする。俺が」
慎重に言葉を選ぼうと時間をかけた言葉を発し、また少し後悔する。子供の約束のような、なんてか細い言葉だろう。それでも彼女は顔を明るくしてくれた。
「……嬉しい。私には確証があるのよ。貴方なら必ず治してくれる」
「どうして?」
「なんとなく、としか言いようがないのだけど」
自嘲気味な笑顔が俺を照らした。
「そう、思うのよ」