複雑・ファジー小説
- Re: 神様のジオラマ / 設定集みたいなの追加 ( No.30 )
- 日時: 2014/03/23 18:00
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
彼は気を良くすると、チーズケーキを運んできたウエイトレスにコーヒーを二つ注文した。彼はケーキを含めて奢ると言う。なるほど、保険のはした金。コーヒーよりも紅茶を注文しておけばよかったと遅い後悔をする。
貧乏学生のような風貌には似つかわしくない、随分と良い気前だ。金に困ってはいない様子だ。
「本題に入ろうか」
青年は腕をテーブルに乗せ、軽く身を乗り出した。しっとりとしたスポンジを切り終えたフォークが皿に当たる。
「僕は……その、ある理由からこんなふうに勧誘をしなくちゃいけなくなったんだけど」
美味しい。口の中でふわっと溶ける主張しないチーズの香りが良い。さすが看板メニューだ。
「あんまり疑わないで聞いて欲しいんだ。まあ、疑わしいって、僕も最初は思ってたんだけど……そんなこともないんだ。いい話だから」
「いいよ、話して」
十分な予防線と臆病な語り方。そして何より直接的だ。彼は勧誘には向かないように思う。チーズケーキが胃に落ちきって砂糖を三本入れた私のコーヒーも半分姿を消そうとしており、しびれを切らしてつい、口を出してしまった。
「ああ、すまない……。ええと、そうだ、これ読んでよ」
彼はごそごそと手に持っていた大きなバッグの中をまさぐり、端が折れた薄い冊子を取り出した。禍々しい、昔のホラービデオのパッケージのようなフォントで大きく『微言葉』とある。……びことば?
「御言葉。それ、読んで、もし興味が出たら、次の月曜日の夜そこに来て」
ああ、御言葉。わざとだろうか。青年は冊子の裏、地図と場所の名前を指した。
台本も、断られる前提で作ってある様子だ。踏むべき手順があるのなら、時間なんて置かないですぐについていくのに。あんまり焦っても不信感を煽るだけだろうと思い、私は冊子を受け取った。
「じゃあ、今日はこれで……。あ、お金、払って帰るから。ゆっくりしてってね」
青年はなみなみ残ったコーヒーを一気に流し込み、バッグと伝票を持って席を立った。君こそゆっくりしていけ。
私は残ったごく微量のコーヒーをゆっくりと飲みながら、暮れゆく街とせわしない人々を眺めていた。