複雑・ファジー小説
- Re: 神様とジオラマ / 第二章進行中 ( No.35 )
- 日時: 2014/03/26 20:13
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
病室を出ると、狐面を付けた青年が立っていた。先ほどよりも更に輪をかけて生気のない佇まい。
どうしたのかと尋ねると、彼は心底嬉しそうに笑って、呂律の回らないふやけた口調で応えた。辛うじて聞き取れたのは、「昇格」「あとひとつ」「やった」である。随分と恍惚としている。薬でもキメたのか? どこまでも怪しい仕組みだ。
青年は私をあやしい足取りで出口まで案内した。多くの人とすれ違った。その大半が、学生。
春にしては冷たい風が私の頬を掠めた。更けた夜の光を狐面が妖しく映している。
「帝釈天様が願い事が決まったらまた来いとおっしゃっていました」
彼は言った。私は無言で頷き、逃げるようにその建物を去った。
*
「それで、その帝釈天ってのはもう一度君を招いたんだね?」
御影は尋ねる。見てきたものを洗いざらいすべて話したあとだった。
「そう。……もう一度行くべきなの?」
本心だった。心の底から出た言葉だった。奇妙な信仰が帝釈天という少女を取り巻いている。たかが女子中学生の言葉を信じきって。あそこにいた人々は、帝釈天が死ねと言えば、きっとそのまま死ぬだろう。
彼は笑った。
「行くべきだね。仕方ないじゃないか、仕事は仕事だよ」
「……嫌」
「僕も行くからさ」
洗いざらいといったが、私は古本屋のことは口を噤むことにした。
この街に古本屋はあるか、と問うと、顔色を変えて無いと答えたからだ。どう伝えていいか分からなかった。唯一、彼が知らないことだ。そう思う。
夜も遅かった。御影は寝るように私に言ったが、奇怪なことが多すぎて、快眠が得られるはずもない。ベッドの中で溜め息を吐いた。
*
「決闘だ」
御影は深緑色のネクタイをきっちり締めて言った。
「は?」
「決闘だよ。夢は持ったかい?」
それはあまりに唐突で、寝起きにはきつい。
いつも通りの黒いシャツに、ネクタイ、お堅いベスト。ネクタイの質が良い。随分とよそ行きだ。
「はは、冗談さ。駒に夢なんか要らないね」
まだ日も出ていない、眠れぬ夜に終止符を打とうとベッドから出て、階段を下りてきた次第である。まったくもって理解できない。これから行動だって?
「まずはその眠気を覚まそうか? コーヒーを淹れよう」
私はきっとこの世の終わりのような顔をしている。