複雑・ファジー小説
- Re: 神様とジオラマ / 第二章進行中 ( No.38 )
- 日時: 2014/04/27 23:57
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
白々しいほどエレベーターは正常で、事故の気配は微塵もなく階の数字は増えていった。間の抜けた音で扉が開く。最上階だ。
一歩を踏み出そうとした足を、思わぬ声が止めた。
「ねえ、ねえ……ああ、その、僕が分かるかな?」
青年だ。私を帝国へ案内した、あの。不健康だった顔を仮面で隠してしまっているが、声は間違いなくそうだ。
「やった……やったんだよ、ねえ。君のお陰で、僕の願いは」
しかし、おかしくないか。呂律の怪しい口調と恍惚とした仕草。私の腕を掴んでいる、半そでのシャツから覗く青白く細い腕は力など入っておらず、震えている。
「叶うんだ。叶ったんだよ。きっと、今、外に出れば……ああ! なんて幸せだろう!」
悪寒、鳥肌。彼のそれはもう、救いようもなく、気味が悪かった。
「帝釈天様が。帝釈天様に授かったんだ……ああ、君もこれから行くんだね。君にもきっと良い結果があるよ、そう、帝釈天様はお優しいから」
私はどうしようもなくて、彼の弱々しい腕を振り払って彼に傘を向けてしまった。それでも、彼に何を与えてよいのか私には分からなかった。痛みだろうか。衝撃だろうか。それとも慈悲か。
私は結局、足元のおぼつかない話を続ける彼を置いて、奥の病室へ走った。神の名の冒涜である。そして何より、彼を壊した。同じように、少年少女を。
許せない。
病室の扉、取っ手を掴んで思い切り開いた。
彼女はまた、閉め切ったカーテンの薄暗い病室の中、同じ格好でベッドの上に座っていた。髪をかき上げて、狐面の下で笑っていた。
「やあ、夕月、願いは決まったかい?」
私は体の中で血が沸騰を始める音を聞いた。
「ええ、決まったから来た」
「言ってみな、愚かな少女。君の願いは何だ?」
埃っぽい空気を小さく吸う。
「貴女の更生ね、不良少女」
帝釈天はにやけた狐の口元に手をやって、声高に笑い、指を立てて私を指した。
「宣戦布告ってわけ。悪いけど、その願いは聞き入れらんないね」
「ご心配なく」
息をするたびに肺に落ちる汚れた空気が煩わしい。この病室には悪い空気が流れている。
「自力で叶えられるもの。そうやって、人間を甘く見ないでほしい」
傘が震えを起こし始める。連動して私が足をつけたこの病室の床も震える。怒りだ。私は窓ガラスを叩き割った。
カーテンが大きく翻る。朝日を弾いて破片が美しく散る。部屋に、冷たい空気が流れ込む。
「やめてくれよ、あたしが何をしたって?」
なおも彼女は笑うのをやめなかった。私は地震は止めた。