複雑・ファジー小説
- Re: 神様とジオラマ / がんばってます ( No.43 )
- 日時: 2014/05/04 12:02
- 名前: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y (ID: 06An37Wh)
薬をやっている様子や、怪しい宗教に嵌っている様子もなかった。彼は心から、自分の幸福を信じている。どうしてそう思えるのだろう、俺には理解ができなかった。
世にも奇妙な生き物を見るような顔になってはいまいか。なるべく表情を殺して平静を装った。
「ありがとうな」
金堂は自然に礼を告げた。慌てて俺もお辞儀をすると、老人は笑い、軽く挨拶をして去った。
金堂は気にもとめない様子だ。彼に洞察力を求めるのは無謀かと、軽く落胆しつつもなんとなく安心する。露骨に奇妙でない限り、自然と会話ができるのは彼の良さでもあるだろう。俺には無理だが。
「すげえ綺麗な娘だってよお」
彼は弾んだ声で言いながら、飴玉を手渡した。
「会えるといいな」
心にもないことが飛び出した。
再び、歩きはじめる。
太陽は真上に昇り、汚れ、ひび割れた道路に短い影を落としている。安らかな顔で眠っていた人々が起きはじめる。それでもまだ眠っている人間を、死んでしまってはいないかと心配になる。俺だけだ。人々はまわりのことなど目にも入れず、歩いている。
彼らにもあの老人と同じような考えがあるのだろうか、俺は考える。そうだとしたら、彼らの晴れ晴れとした表情も説明がつくだろう。どこで教育を受けたわけでもないのに、彼らの心には、共通の幸福感がいつでもふてぶてしく居座っているのだ。それはどうして?
共通の理念を植え付けるのにはいくつか方法があるだろうが、一番安易で現実的なのは教育だろうと思う。小さい頃から親に言い聞かせられる。教師や、長の立場にある人間に何度もすり込まれる。
彼らの場合はどうだろう。彼らには誰か、語り部が居るのだろうか。
直接聞いてみたい。しかし……彼らを前にして、顔を歪めない自信は無かった。どうしても彼らを対等の立場で見られないのだ。仕方がない。それなら、会話もしないほうがいいだろう。彼らのためでなく、俺が自己嫌悪に陥らないために。
拠点に戻ったら、音無に聞いてみよう。御影でもいいが、彼はどちらかというと俺に近い存在に思える。
「なあ」
しばらく軽い上り坂が続いていた。
「あれさ、ぽくねえ?」
「何っぽいって?」
彼の視線の先を追うと、坂の上に人影が見えた。オレンジ色の布が光を浴びて、透き通って。
「ほら、あの爺さんが言ってた綺麗な娘」
「ああ……」
坂を上る。彼女の姿がより鮮明に見えてくる。
音無を彷彿とさせるような佇まい。だが、彼女は音無とは、どこか決定的に違う。
彼女が遠い街並みに向けていた視線をこちらへくれた。
「…………まじで」
隣で小さな声が漏れた。まあ、確かに、老人の言葉通りであった。
まさか本当に出会うとは。俺は預言者か。これからは言葉に気をつけなくてはいけないか?