複雑・ファジー小説

Re: 鬼世姫〜KISEHIME〜 第七話更新【コメ欲しいです】 ( No.42 )
日時: 2014/05/19 14:25
名前: 結縁 ◆hj52W3ifAU (ID: wPqA5UAJ)

第八話【鬼王村の歴史・後編】

 皆で食事を終えた後、笠間さんと九条さんが食器を洗ていて、茨木さんは気が付いたらいなくて、黒宮さんと酒呑さんは言い争ってて、私はと言えばどうすることも出来なくておどおどしてたんだけど。
 そんな私に声を掛けてきたのは暇そうにしていた久留乃君だった。

「姫ちゃん、姫ちゃん、もしかして退屈だったりする?」

 ニコニコと笑顔でそう聞いてくる久留乃君はとても楽しそうな表情で何だか悪巧みをする子供みたいだなって思った。

「うん、少しだけ退屈かも……?」

 だからかは分からないけど、久留乃君の考えていることが気になって、気が付けば退屈だと答えてしまっていた。

「そっか! それなら俺の家に行こうよ!」
「久留乃君の……?」

 私の言葉を聞くなりパーッと明るい表情を見せた久留乃君は息つく間もなく私の手を取ると部屋を出て屋敷の外へと向かった。
 外に出てから十分も経たない内に連れてこられたのは鬼王村には似つかない洋風な造りの一軒家だった。
 どうやら、此処が久留乃君の家らしくドコからか取り出した鍵で久留乃君がドアを開けると中へと通された。

「俺、何か飲み物を持ってくるから部屋で待ってて!」

 言うなり、久留乃君は目の前からいなくなってしまう。……飲み物を運ぶくらいなら一緒にしたかったな。
 そう思いつつも待っててと言われたので大人しく通された部屋で待つことにする。
 多分、久留乃君の部屋だとは思うんだけど……何て言うか笠間さんの屋敷が鬼王村の雰囲気に合っていたのもあってか、久留乃君の家は私達の……人間の家というか現代人らしがにじみ出ていた。
 
 そこらかしこに積んで置かれたファッション雑誌やゲーム機。それに色とりどりの服。まるで年頃の男の子の部屋みたいだなって思った。

「それに……ちょっと意外かも」

 蔵で読んだ書の内容を知った後だと人間が鬼族に酷いことをしていたのは一目瞭然だし、鬼族も人を憎んだだろうし嫌ったんだろうって思えたから。
 だから、久留乃君の部屋を見たとき驚いたし、多分、少しだけ安心した。人間をただ憎んでるだけじゃないんだって。嫌ってるだけじゃないんだって。
 私も人に良い思いがそんなにある訳じゃないけど、ホットした気持ちも確かにあって……悲しい訳じゃないのに涙が頬を伝った。

「姫ちゃーん、飲み物、麦茶でよかったー?」
「っ……!」

 涙がポロポロと溢れて止まらないでいると、久留乃君が戻ってくる。
 ドアの開く音を聞くなり、慌てて涙を手で拭った。だけど、そんなことをしても無意味だとでも言うように、後から後から零れてくる涙に久留乃君が気づかないはずもなかった。

「姫ちゃん?! ど、どうしたの!? 俺、なんかしちゃった?」

 焦ったような声がしたと思ったときには目の前に久留乃君がいて、心配そうに私を見ていた。

「っ……違う、の……久留乃君は、悪くない。ただ……みんなが、みんな、人を嫌ってたんじゃないって思えたら……涙が出て……」

 やっとの思いでそう伝える。悲しい訳じゃない。きっと嬉しいからこその涙。だけど、声が上手く出なくて、情けなくてそこまで伝えられなかった。
 それが歯がゆくて苦しくて、拭っても拭っても出てくる涙が嫌になって……こんな自分が嫌になりかけたとき、温かな温もりが優しく体を包み込んだ。

「よしよし、大丈夫だから落ち着こうか姫ちゃん。ほら、目を閉じて耳を澄ませて……?」

 優しく撫でられた髪に、安心させるかのような優しい声。そして優しい温もり。それらのおかげで少しだけ平常心が戻ってくる。
 少し落ち着いた自分を認めてから言われたとおり目を閉じ耳を澄ませる。すると、驚くほど早く力強い鼓動が一定のリズムで聞こえてきた。

「どう? 心臓の音聞こえた?」

 ゆっくりとした手触りで髪を撫でられるのが心地よくて……聞こえる鼓動が安心できて、気が付けばあんなに止まらなかった涙は止まって、私自身も落ち着きを取り戻していた。

「……久留乃君……ありがとう」

 目を閉じたままそう伝えると、「どういたしまして」そう久留乃君が言った気がした。
 だけど、それを確認する前に温もりの心地よさからか眠気に襲われて意識を手放していた。

◆ ◆ ◆

「あれ、姫ちゃん? おーい?」

 ありがとうの言葉を聞いた後、全く動かなくなってしまった姫ちゃんに焦る俺。俯いていて表情は見えないし、もしかしてまだ泣いてる? そう思ったりもしたけど、それなら何となく分かるから違うと思う。
 でもそれなら、どうして動かないんだ? そんな疑問を抱えたまま五分以上は抱き合った体制なんだけど……。
 正直、俺はもう限界だった。あ、姫ちゃんが重いとかじゃなくて、理性的に。さっきは無意識に体が動いたから気にならなかったけど……姫ちゃんの、その胸が当たるっていうか。
 とにかく、これ以上、このままでいると襲っちゃいそうだった。

「姫ちゃーん、そろそろ離れない? 別にくっついてるのが嫌とかじゃなくて、むしろ嬉しいんだけど!」
「……」

 何を言っても無反応な姫ちゃん。ちょっと傷ついたり。うーん、でもこのままだと本当にマズいしどうしよう。
 黙々と考えていると姫ちゃんが何か言った気がして慌てて耳を澄まして聞いてみる。
 すると……「すー……すー……」聞こえてきたのは小さな寝息だった。

「……はぁ……」

 それを聞いたとたん、肩の力が抜けて息が漏れる。何だ、寝ちゃっただけで無視されてたんじゃなかったんだ。
 それが分かっただけで安心して、同時に、この状況に再び頭を抱えた。

「無理に起こすのは可哀想だし……」

 でも、せめてベッドで寝てもらおう。そう思い立ち、そっと姫ちゃんの体を抱き上げる。
 羽のように軽い体。細く脆そうな四肢。そして安心しきった寝顔。全てが甘い誘惑のように思えたけど、何とか理性を保ち、ベッドまで姫ちゃんを運ぶ。
 そして、無事、ベッドに寝かせると姫ちゃんの頬に顔を近づけて口付けを落とした。

「姫ちゃんが悪いんだからね。俺の気も知らないで無防備に寝ちゃうんだから……でも、おやすみ。ゆっくり眠ってね」

 そう眠る姫ちゃんに告げて、無断で屋敷を抜けてきた言い訳を考えつつ部屋を後にしたのだった。