複雑・ファジー小説

Re: 鬼世姫〜KISEHIME〜 第八話更新【不定期更新中】 ( No.52 )
日時: 2014/05/19 14:33
名前: 結縁 ◆hj52W3ifAU (ID: wPqA5UAJ)

第九話【目覚めの傍らに】

ーー姉さん、元気出して! 皆が姉さんを嫌ってもあたしだけは味方だよ
 だから、笑って? 姉さんせっかく美人なのに笑わないなんて勿体ないよ
 どうして、泣くの? ……そうだ、あたし姉さんに言いたいことがあったんだ
 あたしね……本当は、ずうっと……

「んん……」

 頬を伝う冷たい感触に誘われるように私は目を覚ました。

「私……今のは、夢……?」

 夢、そう分かると胸がギュッと締め付けられるように痛んだ気がした。
 夢に出てきたのは、私の妹……あの時、私が手に掛けた家族の一人。もう二度と会うことの叶わない相手。

「舞葉……」

 妹の名を発せば、身体は軋むように震えだし、もう泣かないとそう決めたのに、あの日の光景を思い出して嗚咽が漏れた。
 辛くて、怖くて、自分が嫌で、何でこんな私だけが生きているのかそんなこを考えてしまう。
 私は、私は、生きる価値のある人間なのだろうか? ……そもそも人間ではないか。

 そこまで考えて、いっそ死ねたら楽なんだろうか、と、そんな考えが頭をよぎる。
 だけど、その考えとは別に先ほど夢で会った舞葉の言葉も脳裏に浮かんだ。

「笑わないと、ね……」

 辛く苦しい、でも逃げることは許されない。そんな思いがあって、だけど私は生きていて。
 独りぼっちなら、死という選択をしていたかもしれない。でも、私には出会ったばかりだけど支えてくれる彼等が居て、今はそれだけで幸せなんだと、そう思えた。

◆ ◆ ◆

 それから何分かが過ぎて、大分落ち着きを取り戻したとき、今自分が何処に居るのかが気になって辺りを見回した。
 夢を見ていたってことは寝てたってことだよね? そう思い、眠ってしまう前、自分がしていたことを思い出すことにする。

 確か、蔵で書を読んで、その後、久留乃君の家にお邪魔して……それでその後どうしたっけ?
 駄目だ……その後の記憶が途切れてて、此処が何処だか見当もつかない。それに外も日が落ちて真っ暗だし。

「……皆はどうしてるんだろう?」

 心配してくれてるかな? それとも寝ちゃったかな。
 そんな風に考えて、暗闇の中動けずにいると襖がスッと音を立てて開いた。そして部屋に入ってきたのはーー。

「笠間さん?」

 灯りを持って入ってきたのはニコニコと笑顔の笠間さんだった。

「姫君、目が覚めましたか?」

 カチャリと、持ってきた灯り、蝋燭をテーブルの上に置くと、笠間さんは私の隣に座る。

「えっと、はい、よく眠れました」

 上半身のみを起こし、そう伝えると、笠間さんは「それは良かったです」と告げた後に、私が眠ってしまった後のことを話してくれた。

「姫君が久留乃の家で眠ってしまった後、一人で屋敷に戻ってきた久留乃に皆で何処に居っていたのか問いつめたんですよ
 そしたら、暇だったから姫君を連れて遊びに行っていたというものですから、まぁ、その後はお説教です
 そして、久留乃から姫君の居場所を聞き、元々今日の夜は、僕が姫君の担当だったこともあり、屋敷まで姫君を運ばせて頂きました」

 と、そこまで話してくれた笠間さんに私は結論を言ってみることにする。

「つまり、此処は……笠間さんのお屋敷の一室ってことですか?」

 そう訪ねると、「そういうことですね」と肯定の言葉が返ってきた。
 肯定されてしまうと、話すことが無くなってしまい、無口になってしまう。
 これではいけないと、そう思うのに、意思に反して口は動いてくれず、室内にはゆらゆらと揺れる蝋燭の火だけが動きを見せていた。

 無言になってしまった私に、笠間さんは優しく話しかけてくれた。

「フフッ、どうしました姫君? 二人きりだと知って緊張してしまいましたか?」

 和やかな笑みを見せながら、紡がれた言葉に私は逆に意識してしまった。
 そっか……私、今、笠間さんと二人きりなんだ……。
 意識してしまえば、驚くほどの早さで全身の熱が顔に密集してくる。鼓動も早くなって呼吸も荒くなる。
 そして、視界に笠間さんが映ったとき、発作的にその血を貪りたいとそう思う自分に気がついた。

「私は、違う……要らない……欲しくない」

 そう思っているのに、身体は勝手に動き、笠間さんとの距離を詰めていく。
 嫌、嫌なのに、どうしてっ! 言うことを聞いてくれない身体に恐怖と苛々が混ざったような感情が芽生え、また涙が零れる。
 だけど、そんな私に笠間さんは手を差し伸べ言った。

「姫君が泣く必要はないんですよ? 思うままにしていいのです。怖がる必要もありません。僕はそのために居るんですから」

 そう言った笠間さんの瞳に、一瞬影が過ぎった気がしたけど、それを問う間もなく、言葉を聞き終わると共にその首筋に牙を立てていた。

◆ ◆ ◆

 首筋から溢れ流れる鮮血を啜ってから、私の身体はようやく私の言うことを聞いて動くようになっていた。

「笠間さん……ごめんなさい」

 身体が言うことを聞いてくれるようになり、最初にしたのが謝罪だった。
 私が血を啜ったせいで、笠間さんの顔からは血の気がなくなり、着物も血で赤黒く汚れていた。

「気にしないで下さい。噛み跡は自然治癒でもう殆ど無いですし、着物は新しい物に着替えれば済むことです」
「でも……」

 それでは、私の気が済まないというか、申し訳なくて顔をまともに見れないというか。
 そんな思いが伝わったのか、笠間さんはある提案をしてくれた。

「では、姫君に一つだけあることをしても良いでしょうか?」

 ニッコリと笑い手を差し伸べてくる笠間さんに、YESの意味を込めて、手を差し出す。
 すると、グイッと手を引かれ、そのまま笠間さんの胸の中へ閉じこめられた。
 動揺した私はすぐ離れようとするけれど、大人の男性の力でぎゅっとされては身動きがとれない。
 動きを止め大人しくすると髪を撫でられながら、優しい声音でこう言われた。

「姫君、たまには僕を頼って下さい。辛いとき泣きたいとき、姫君は独りで耐えなくてもいいんです
 そういう辛いことや苦しいことを共に背負うのが六鬼なのですから。あまり抱えず頼って下さいね」

 温かく力強い胸の中、改めて実感する。独りでないことの有り難さと心強さを。
 頼って欲しいと、笠間さんは言ってくれた。頼ってもいいんだ……甘えてもいいんだ。
 そう言ってくれたことが、とても嬉しくて小さく呟いた。

ーーありがとうございます。

 と。でもきっと聞こえていないかな? そう思いながらゆっくりと離れていく温もりに寂しさを感じてた。

「まぁ、その僕だけでは頼りないかもしれませんが、姫君には仲間が居ます。そのことを覚えていて下さいね」

 咳払いをしながら、そう慌てて言う笠間さんの姿は新鮮で、自然と笑えるような気がした。
 そんな私を見て、笠間さんが「もう大丈夫そうですね」と呟いたことには気付かなかったけれど。

 そんな事をして話しているうちに日が昇り始め、また一日が始まることを告げていた。