複雑・ファジー小説

Re: 鬼世姫〜KISEHIME〜 ( No.7 )
日時: 2016/03/06 19:02
名前: 結縁 ◆hj52W3ifAU (ID: PUqaVzEI)

第一章〜鬼族〜
第一話【鬼世姫の覚醒】

 陽がすっかりと落ち、代わりに月明かりが姿を見せる頃、鬼王村で動きがあった。
 それは150年に一度選ばれる鬼世姫の迎えを準備するためである。

「こんなものでいいですかね」
「いいんじゃねぇか?」
「随分と綺麗になったことですし」
「早く姫ちゃんを迎えに行こうよ!」
「姫ちゃんって……どうなんだそれは」
「早く向かおう……手遅れになる前に」

 各々が好き放題言っているが彼等は歴とした鬼であり、その中でも力ある六鬼なのだ。
 今は連れてこられる鬼世姫のために部屋を片づけていたのだが、結構な時間が掛かり陽が落ちてしまったのだった。

「それもそうですね……」
「被害がでてからじゃ遅いってことか」
「それはそうだろう」
「いいから急ごうよ。それでなくても遅れてるんだし!」
「……同意……」
「それでは参りましょうか姫君を迎えに」

 それを最後に彼等は鬼王村を出てこの度の鬼世姫ーー妃世憂葉の元へと向かったのだ。

◆ ◆ ◆

 そして憂葉の家に付いた彼等は息を呑んだ。辺り一面に広がる血の臭いと真紅の中に立つ、銀髪で紅目、一本の紅い角を持つ美しい鬼に。
 返り血を浴びたその姿を見て不覚にも見惚れる者、間に合わなかったと後悔する者、表情一つ変えない者など反応は様々だった。
 だが、彼等を通り越し街へ向かおうとする憂葉を見て動いたのは無表情な鬼——茨木夾であった。黒く無造作な髪と瞳を月光が美しく照らす。

「……失礼する……」

 そして、一瞬の時で彼は憂葉お懐へ飛び込むと腹に重い拳を一度入れた。
 直後、憂葉の意識は手放され体は崩れ落ちる。だが地面に倒れることがなかったのは咄嗟に駆け寄り支えた——九条蝶羽のおかげである。

「っ……危なっ」

 何とか憂葉を支えることに成功すると九条は茨木を眼鏡越の紫の瞳で睨みつけた。
 だが、睨まれた茨木はと言えば無反応で興味なさそうにしているだけだった。
 二人を見かねて口を開いたのは——笠間楓梨。この六鬼の中で一番年上に当たる鬼である。

「まぁまぁ、二人ともその辺にして。まずは姫君を連れて鬼王村へ戻りましょう……姫君も起きれば混乱なさるでしょうし」

 二人を落ち着かせるように言う笠間に最初に同意したのは六鬼で一番年下の——久留乃柚葉だった。

「そうだよ。こんな血なまぐさいとこに姫ちゃんを何時までもいさせらんないよ」

 生き込んで言う久留乃に根負けしたのか、呆れたのか九条も同意してくれた。

「そんじゃあ、戻るかぁー」

 こんな状況でも当然のように酒を飲みながら話すのは——酒呑大蛇だ。黒い長髪を靡かせ酒を飲む姿は絵になったりするから困る。
 その様子を嫌そうに睨んでいるのが——黒宮竜。女好きで通っている六鬼の一人だった。

「そうだな……」

 誰のものか最早定かではない呟きが風に流れて消えた後、彼等は鬼王村へと再び戻ったのだった。